第7話 俺とアイツと少しばかりの勇気

 さっきから片頭痛がする。きっとあいつのせいだろう。


 街道を猛スピードで馬を走らせながら、俺はそんなことを考えていた。


(まったくどうしてこんなにもせっかちななんだ)


 近くにいれば、鼓膜が破れんばかりの声量であいつは話しかけてくる。うるさいなどと口にすれば、俺自身が不審者に間違われる。そりゃあ、そうだ。アイツの声は他の人には聞こえない。


 今、俺の側にアイツはいないから、そのうるさい声をきくことも無い。


 だけれど、それは間違いだった。アイツから発せられる念波のようなものが、脳内で微弱な音として鳴り続けている。例えるなら、モスキート音が連続して、聞こえるような感じ。正直、気分も悪いし、なんだか頭も痛い。


 こんなことなら、まだ、アイツを手元においておく方が良い。まあ、お節介なところに腹を立てる時も多いため、どっちもどっちという感じだと思っている。


(もう少しか)


 俺の脳内で響いているモスキート音が大きくなる。音の大きさ、音の鳴る間隔で、アイツが今いる場所の方角と距離を示してくれている。根拠は無いが、直感でそう理解していた。


(近いな)


 俺は街道を少しそれた物陰に馬を停止させて、周囲を確認しつつ、馬から降りた。


(後は歩きか)


 舗装されていない土がむき出しの地面に俺はリュックを降ろす。


 俺は食料のパンを食べながら、周囲の山々と沈みかけている太陽の方角を確認する。この世界でも、太陽という存在と太陽に対する人々の認識が同じであることは、この世界に溶け込むのに手助けとなったことは言うまでも無い。


 おそらく、ここはシード連峰の麓ふもとあたり。


 俺は地図を広げて、羅針盤を見る。これらも奪われなかったことは非常に運が良かった。なにせ、まだここら辺の土地勘は把握しきれていない。


 すぐ側には、馬が通れるほどの林道が目的地の方へ伸びている模様だった。すでにアイツからの念波とされる音は非常に強い。ひどい頭痛レベルである。過去の経験から、周囲5キロ圏内と言ったところだろう。


(もうそろそろアイツの声が聞こえてくれると……)


 水筒の水を飲みつつ、周囲を少し歩く。すると、念波の音が砂嵐のような音に変化し、かすかに人の声が聞こえるようになってきた。


『……お……聞こ……か』


 アイツの声だ。俺はあいつからの声を受信するため、目的地の方へより接近する。


『おい……きこ……えるか?』


 やはり聞こえる。俺はさらに接近する。


『オマエが近づいているのを感じ取れる。聞こえるなら、返事をしてくれねエか?』


 俺は鮮明に聞き取った。その声は粗暴を体現したような野郎の声だった。


「聞きとれたよ」


 まったく、5キロも離れていて、聞き取れるってどんな赤い糸だよ。いや、今回はこれのおかげで盗賊を見つけられたのだから、感謝をしないといけないのだろう。いや、そもそも論として、あいつが目を覚ましていれば、盗賊に遅れを取ることはなかった。


『奴らがオマエに気付く前に話せて良かったわ。ところで、失礼なことを考えてねエか?』


「いや、気のせいだよ」


『いや、ぜってエ考えているはずだ……まあ、今はそんなことを話している場合じゃねエ。地図は持ってンのか?』


「持ってるけど、周囲に人がいないか確認して……」


『それは大丈夫だ。オレが感知を行っているが、お前の周りに敵はいねエ。あと、地図を眺めつつ、こちらに向けて歩いてきてくれ。コッチは移動中だ。オマエが止まっていると、距離が離れて声が乱れちまう』


 さらりとアイツは感知について触れたが、この世界でこのレベルの芸当ができるのは、国でも指折りの実力者である。例えるなら、騎士団長や大魔導士、最上位の冒険者クラスだ。正直、化け物ばかりである。


 俺は地図を広げつつ、少しずつ移動を開始した。


「指示通り、地図を広げて、歩き始めたよ。ちなみに、この移動速度で問題ない?」


『問題ねエ。コッチは馬でゆっくり移動中だ。路面も獣道みたいになっていて、サクサク進められねエんだ』


「なるほど。それと、そっちが持っている情報を話してくれないかな?」


『敵の盗賊は全部で9人。うち、見張りの2人が姿を消した状態で移動している。今日はここからさらに数キロ移動した先の山奥でテントを張り、野宿を行うようだ。ソッチはどうなんだ?』


「こちらは俺1人だけ」


『そうか。そうならざるを得ねエか。ガシスのおっさんも、あのアインって男も戦闘に関しては門外漢だもんな。オマエにしては意外な行動だと思ったぜ』


「自分でも無謀なことぐらい、理解しているさ。本来なら商会から援軍を出して、制圧するのが理想だと思ってる。でも、かなりの手間がかかるから、その間に奪われた武器が転売されて終わりだろうと思って……」


 俺がそう言った瞬間、耳元で男の高笑いが聞こえてきた。


「何がおかしいんだよ」


『オマエがそれほどの勇気ある者とは知らなくてな』


 その言い方に、俺は内心でイラッとした。なぜなら、その言葉がいろんな意味を含めているようにしか聞こえなかったのだから。


「別にそんなんじゃない。俺を救ってくれたガシスさんが困っているなら、俺のできる範囲で助けたいと思っただけ。それに、あんたがいれば、こんなトラブルだって問題無いだろ?」


『当たり前だ。オレは強エんだ』


「はいはい。分かってますよ。それよりも、これからのことについて話がしたい。どうやって武器を奪還するのかを」


『つれねエ返事だが、今はいい。まずは潜伏しているオレと合流して、一緒に盗賊どもを制圧する。これがお決まりだろう』


 潜伏。俺はその言葉にまず引っかかった。はたして、あの状態を潜伏と言えるのか、定かでは無い。


「合流…… 警戒の薄い夜に盗賊へ襲撃して、あんたと合流するってところ?」


『わかってんじゃねエか。オレの感知能力があれば、警戒の薄い夜において、必ず穴は見つけられるはずだ。オマエはその警戒網の隙を狙って、オレの元まで合流しろ。もし、オレの近くを見張りが居るようなら、ソイツを無力化するんだ。見張りは1人か、多くても2人だろうし、オマエでもできるだろうよ。やり方は任せる』


「分かった。それで行こう。やり方は夜までに考えておく」


『そンじゃあ、後で本日の盗賊の寝所を伝えるから、それまでは待機だ』


「了解」

 ひとしきり相談を終えた後、俺は奇襲時の戦法を考え始める。


「盗賊1、2人の無力化か。たぶん、大丈夫……だよな」


 心は少しだけ靄がかかっており、どこか安定しない。自分の力量にわずかな疑念を抱いているからなのだろう。しかし、そんな自分に俺は言い聞かせる。


「いや、大丈夫だよな」


 これでも、半年くらいは英才教育ってやつをうけていたことを。その時、たくさんの魔法や武技を学んでいた事を。自分を奮い立たせるのだが、ふとした瞬間に、アインがガシスに言っていた言葉が脳内によぎる。


「……勇者が世界の命運から逃げ出すことって、よほどのことが無いとありえないと思うんですよ。きっと、よほどの落ちこぼれなのか、性格に難があるのか」


 俺はフッと鼻息を鳴らして、目を閉じて呟く。


「アインさん、正解だよ。俺は落ちこぼれだった」


 この世界でなら、勇者として選ばれたなら、自分は特別になれる。そう思っていた時期もあったが、所詮、ただのでくの坊だった。今もあいつがいなければ、盗賊を1から2人、相手するので精いっぱい。現実は甘くない。


 でも、俺を拾ってくれたガシスさんに、俺がこの世界で生きられるように手配してくれたあの人を裏切るような真似はしたくない。


 だから、俺は立ち向かう。


「せめて、このくらいの勇気はあってくれよ。元勇者!」


 俺はそう自分に言い聞かせて、夜に向けて準備を行うのだった。


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