第11話 2人で1つ

(分かってるよ、リツ。久しぶりに良い相手だったもンだから、つい……)


 今、この青年の肉体には、リツとブライの二つの魂が共存している状態である。


 肉体の主は元勇者のリツ。一方のブライという男は、元々、剣に封印されていた魂であり、剣を触媒として、剣を握っている人間に寄生していた。


 そして、リツがブライの魂が封じられた剣を握り、肉体の主であるリツの許可が得られれば、ブライはリツの身体を借りて行動することが可能であった。


 そう。今の彼らは二人で一つなのである。


(悪いな、リツ。久しぶりに良い相手だったもンでな。つい……)

 ブライは盗賊達の攻撃に対応しつつ、心の中でリツに謝罪した。


『いくら俺があんたに助けを求めたからといって、あまり好き放題しないで欲しい』


 一方のリツは、自分の肉体を間借りしている相手に、不満の声を漏らす。ブライに肉体を借している間、彼は魂だけの存在になっている。


(分かってる。お前さんはこの盗賊達を懲らしめて、奪われた武器を奪還したい。忘れてねエぜ)


『だよね? まさか相手が強くて、倒せないとか無いよね?』


(オレを誰だと思ってるんだ?)


『なら、よろしく』

 脳内に聞こえてくるリツの声は、妙に圧が強い。


(やれやれ。うちの坊ちゃんには……)


 ブライの魂が乗り移った青年は、構えていた剣をそっと、地面に向けて、瞼を閉じる。肩の力は抜けきっており、剣を握る掌に意思が感じられない。傍から見れば、負けや死を受け入れる所作であった。無論、その隙を盗賊達は見逃すわけも無い。


 盗賊達の武器の穂先が四方八方から迫ってくる。それはまるで、青年という電灯に、寄せ集まる無数の虫のように、刃物の光がブライに向けて放たれた。


 一方のブライにとって力を抜くことは、最大火力を放つための溜めである。瞼を閉じたのは、視界に惑わされず、気配で相手を感じとるためのもの。


 それらの行為は、戦況が今まさに変わる瞬間を意味しているものである。


叉多義マタタギ!」

 ブライが慟哭したと同時に、盗賊達の視界に映っていたブライが消えた。


 盗賊達は自分達の標的が忽然と消えたことに思考が追いつかない。


 盗賊達は一瞬、自分達と同じ透明化ゼオス・サイハルトかと思ったが、すぐに間違いであると気づく。


 盗賊達の時の流れが急激に遅くなり、肩や腕、武器を握っている手が非常に熱く感じられた。加えて、身体がぐらつき、視界も傾き始め、視界の端では赤い液体が飛び跳ねていた。


 その時、盗賊達の思考が追いついた。自分たちが青年に斬られたことに。消えたのではなく、目にも止まらぬ速さで攻撃されたことに。


 攻撃を仕掛けた盗賊達の周囲を、ブライが燕のようにすり抜けると、盗賊達がバタバタと倒れていく。倒れた盗賊達の肩や腕、手からは流血していた。


「腕が動かない……」


「まだだ!」

 倒れていく盗賊達の中で頭の中年の男だけは攻撃を仕掛ける。彼は寸手のところでブライの攻撃を受け流していた。


「やはり、オッサンはやり手だな」

 仕留めたと思ったところでまだ、戦闘を継続できる。

 ブライはそんなボーナスステージに少しだけ心を躍らせていた。


 それから二つの刀身が闇夜を舞い、甲高い金属音と火花が無数に飛び散る。剣を振るってはそれを交わし、いなし、受け流す。足元の草木がカサカサと音を絶え間なく経てている。


 その果てにブライは中年の男へ胴に一閃、一振りを与えた。


 盗賊の頭は胸から流血し、苦悶の表情を浮かべる。それは臓器を深く刺し込むほどの致命的な一撃では無かったが、ブライの一振りが浅いと思われるほど、軽くもない一撃。


 ブライは痛みで生じる少しの反動の隙を見逃さず、渾身の正拳突きを溝おちに放り込み、頭の男の動きを完全に封じる。


 頭の男は気力で立てるかどうかの境目であるが、これまでの戦闘での細かい傷や、体力の消耗でその場に膝をつかざるを得なかった。


「くそっ、武器を握る力が……」


「あんたたちは負けたンだ。観念しな」

 ブライは盗賊達を見下ろしながら、優しく語りかける。すでに盗賊達から受けた傷は回復していた。


「……なぜだ?」

 動かぬ身体で痛みに耐えつつ、盗賊の頭である中年の男は問いかける。


「何が?」

 ブライは中年の男の側に来て、尋ねる。


「なぜ、殺さない? なぜこんな回りくどいやり方を行う?」


「そりゃあ、あいつがうるせえンだ。俺の身体で人を殺すなって」

 ブライに答えに中年の男は目を丸くする。


「何を……言っている?」


「あとは、俺があんたたちより強いことも理由の一つだな。同じくらいの力量なら、殺さざるを得ないし。でも、オッサンはマジで強い方だぜ。相手が悪かっただけだ。そんじゃあ、後のことはあいつに頼むンで……」

 青年はそう言うと、瞳を閉じた。


「頼む? 一体何のことだ?」

 中年の男が青年に問いかけるも、青年からの反応は無い。男は次の言葉を待っているが、何も音沙汰が無い。


「おい、どういうつもりだ? 返事ぐらい……」

 男が呼びかけていたその時、青年は目をぱっと開いた。


 青年は周囲をキョロキョロとしたのち、中年の男に近寄ってくる。


「今から、商会に連絡を取って、あなた達を商会に引き渡します。そこで、裁きを受けてください」

 青年はこれまでの粗暴な口調から一転して、丁寧な言葉に切り替わっていた。それはつまり、ブライからリツへ切り替わったことを意味している。そのことを何も知らない中年の男は眉間に皺を寄せて、首をかしげた。


「二重人格……なのか?」

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