第4話 勇者の噂

 地球とは異なる世界、『ユニヴァース』。


 その世界では数十年に一度の厄災が起きて、人類の存続の危機をもたらしていた。


 しかし、そんな危機を救うのは、地球という異世界からやってきた勇者と呼ばれる存在。勇者は少年から老婆まで、その時々で全く異なる風貌をしていた。


 幾度も勇者が世界を救っていく中で、厄災が起きる前に勇者が現れたのは7代目が始めてのことであった。いや、厄災が起きる前に勇者の召喚に成功したというのが正しい表現である。


 召喚に成功させたのは、『アルバス』、『カエルレウム』、『ルーフス』、『フラーウム』、『ロセウス』という5国。『ユニヴァース』の全人口の9割を占め、5大国と称されている。

 そして、現在進行形で、勇者の教育や世話をしているのも5大国である。


 5大国ではそれぞれに役割が与えられていた。『アルバス』は勇者が居住する土地や生活を、『カエルレウム』は召喚術者と召喚陣を、『ルーフス』は勇者が作成する武器や道具を、『フラーウム』は勇者の育成を、『ロセウス』は勇者の護衛を。


 そして、5大国は世界に向けて3つのことを公表した。


 1つ目は7代目勇者の事前召喚に成功したこと。


 2つ目は7代目勇者が4人であったこと。


 3つ目は1年半後に起きると予測されていること、それまでに勇者の育成を完了すること


 世界は熱狂の渦に包まれた。無理も無い。勇者が4人という衝撃は大きい。勇者というのはこれまで1人しか現れていないからだ。


 とある者は言った。4人もいれば、厄災など吹けば飛ぶ綿毛のようなものだと。


 その一方で、とある悲観的な者は、4人も現れるほどの厄災など、どれほど恐ろしいものなのだと嘆いたものだった。


 それほどまでに注目を浴びた勇者というものに、人々の好奇心が注がれるのは必然であった。だからこそ、5大国はその力をもって、勇者に関する一切の情報を遮断したのだ。


 すべては来たる厄災の日のためを考えてのこと。


 しかし、秘匿されたものに対する人々の、『知りたい』という欲求は人の性なのだろう。どこからともなく、噂は耳に入ってくるものだ。無論、人とのつながりで商売を行っている、行商人ならなおさらだった。


「なあ、ガシスさん。聞いたことありますか?勇者の一人が脱退した噂」


 大国『アルバス』と『ルーフス』を行き交っている行商人、ガシスの耳にも届いていた。


「……へえ。そうなのか」


 ガシスは、目尻を細めながら、呟いた。しわの多い指先で、剣の刀身を優しくなぞる。刀身には、角張った輪郭に、白髪の短髪、黒い肌の男が映り込んでいる。


「いやいや、そこは驚くところですよ。だって世界の命運をかける勇者の一人が脱落したんすよ!」


 ガシスに熱弁を振るうのは、同業の男であるアイン。細身で、30前後のおしゃべりな男である。小枝のように細い腕を振り回しながら、自分よりも2倍以上、年の離れた男に語っている。


「そういうものか?」


 ガシスは鼻をすすりつつ、アインに尋ねた。


「そういうものですよ。武具だけじゃなく、別なことを知っておくのも、良いと思いますけどね。行商人ってのは、人と話してなんぼのものですし。寡黙な行商人でうまくやれているのはガシスさんぐらいですよ」


 アインは両腕を上げて、身体を伸ばした後、上空を見やる。晴れ渡る空と緑の連峰。そして、視界にわずかに映る白い街並みは、アルバス領の中心都市、ホワイトセブルス。その街へと続いている道の途中で、アインとガシスは各々の荷馬車を停車させている。


「すまんな。職人時代の癖が抜けなくてな。そんで、勇者がいなくなった……だっけか?」


 シートの上で腰を下ろし、剣を念入りに確認する。職人時代からの癖だった。


「そうなんですよ。噂では半年前にはいなくなったとか……そんなこと、あると思います?」


「どうだろうな」


「勇者が世界の命運から逃げ出すことって、よほどのことが無いとありえないと思うんですよ。きっと、よほどの落ちこぼれなのか、性格に難があるのか。ガシスさんって勇者の訓練に使用する武具の供給を行っていますし、何か知らないですかね?」


「知らんな。俺はただ武具を供給するだけだからな」


「残念…… まあ、そりゃあ、そうか。なら、リッツ君なら知らないですかね?」


 アインはガシスの荷馬車の方を向きながら呟いた。ガシスは剣を眺める手を止めて、アインをチラリと見た後、荷馬車の方に顔を向ける。


「おい、リッツ! お前さんにアインが聞きたいことがあるみたいだ。こっちに来てくれ!」


 ガシスが大声で荷馬車の方へ呼びかけた。荷台に積まれている木樽や木のコンテナの隙間から、人影がコソコソと蠢いている。


「なんでしょうか?」


 控えめの声量でアインに尋ねるのは、黒髪の青年であった。細身で、茶色のモッズコートを羽織り、藍色のズボンに黒のブーツを履いている。


「リッツ君なら、勇者のうちの一人が半年前にいなくなったこと、知っているっすよね?それに関して何か情報を持っていないかなあと思っていやして……」


 青年はグローブをはめた手を顎に置いて、思案する。その傍でガシスは剣の確認を再開する。青年は目を細めて、数秒考えた後にアインに答える。


「あー、噂には聞いてますけど……詳しいことは分からないですね」


 青年が自信なさげに回答すると、アインはがっくりと肩を落とした。


「そっかあ。リッツ君がそう言うのであれば、間違いないかあ」


 その会話を傍らで聞いていたガシスは不満そうな表情を浮かべる。


「……悪かったな。情報に疎いジジイで」


「気にすることではないですよ……すみません、まだ樽の整理が終わっていないので、戻りますね」


 青年は再び荷馬車の奥に戻っていく。


「にしても、彼は本当に一生懸命ですね。護衛採用にも関わらず、行商人としての仕事も覚えたいなんて。始めて、まだ9か月ですよね? しっかりやってますよ。」


 アインはガシスに声をかける。


「ああ…… その通りだな」


 ガシスはリッツの後ろ姿を見ながら、目を細めた。


「そんじゃあ、おれらも仕事に戻りますかね…… んっ? なんだ?」


 アインは異変を感じ、耳をそばだてた。

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