第3話 勇者として
「こ……こちらこそ、よ、よろしくお願いいたします。ゆっ、勇者の新山律です」
我ながら言っていて、恥ずかしくなる。無理も無い。目の前の美女に、自分は勇者と名乗り、言い淀んでいる姿は滑稽そのものだから。
「リツ殿ですね。お待ちしておりました。こちらの席でお待ち頂けないでしょうか?」
一礼した際、顔にかかった髪を左手でそっと耳にかけたアマネさんは、俺に席を案内する。
「失礼……します」
俺は彼女にうまく目を合わせられない状態で、彼女のはす向かいに着席した。俺が着席したことを確認すると、彼女も着席する。
「リツ殿、申し訳ありません。お話にあたっての資料を取り忘れていたので、少しだけアマネと共に待って頂けないでしょうか?」
「……へっ? あっ、はい」
俺は気の抜けた返事をしてしまう。しかし、神父は何か反応することなく、部屋を出て行った。
二人が取り残された部屋は静まり返った。俺は視線を落とし、テーブルの木目をじっと見る。初対面の、しかも異世界の人と、何を話せば良いか分からずにいたのだ。
(にしても、綺麗な人だな。俺と同い年くらいか?)
時折、チラリと彼女を見ては、テーブルの木目に視線を戻すことを繰り返す。彼女も視線を落としているため、目と目があうことは無いが、何となく、自分の行動が気持ち悪く感じられた。
だが、仕方ない。シャープな輪郭でありながら、頬は大福のように柔らかそうであり、背筋を伸ばして座っている姿は気品を感じさせる。しかし、その容姿を自ら主張するような装飾品で着飾っている様子は無く、小さな耳飾りが時折、わずかに揺れるくらいである。
(薬指に指輪をはめていないけど、こちらでもそういう意味だったりするのかな?)
俺はアマネさんと挨拶した時の左手を思い返す。彼女が左手で髪を耳にかけた際、左手の人差し指に青い指輪、中指に緑の指輪、小指白い指輪をはめていることを瞬時に記憶してしまったのだ。
そこに意図はない。ただ、俺の本能がそうさせてしまったことにとても痛さを感じてしまう。
(いや、でも、指輪をあれだけはめていたら、きっと恋人くらい……いや、そもそも神官って恋人とかオーケーなのだろうか?)
「あのう……」
そんなしょうも無いことに逡巡している時、アマネさんの方から声をかけてきた。
「はい!」
俺は背筋をピンと伸ばして、声を裏返しながら返事をしてしまった。俺の気持ち悪い妄想を見透かしてしまったのかもしれない。
「そんなに緊張してなくても良いですよ。ここはあなたからすれば、得体の知れない世界かもしれません。ですが、ここに住んでいる人々のほとんどは、リツ殿が住んでいた世界と同じ人間ですので」
そっちの方か。どうやら俺の気持ち悪い妄想はアマネさんには届いていなようだ。
俺はその言葉に安堵する。
「お気遣い、ありがとうございます。安心してください。さっき、神父さんと話した時の感じで、そんな気はしていましたので……」
「それなら良かった。正直、いきなりこんなところに放り出されて、不安になっているものかと……」
「不安ではありますけど……なるようにしかならないかなって」
俺は微笑みながら答えた。なんだか、ちょっとだけ、かっこつけてしまった。
「そう言ってもらえるなら……」
その時、彼女は始めて少しだけ微笑んだ。その控えめな笑みは、さらに男心をくすぐってしまう。やばい、ここから何か始まってしまうのか。
勇者と勇者を支える神官。なんとなく、RPGゲームの王道のような出会いを彷彿とさせる。
そうだ。彼女を守れるような男に、俺は……。
そんな淡い期待と、やる気をみなぎらせ始めたその時、ドアをノックする音が聞こえる。
「お待たせしました。資料を持ってきましたので、勇者様の今後のことについてお話したいと思います」
ガチャリと扉を開けた神父は紙束の資料を抱えて入室してきた。
「はい、よろしくお願いします!……んっ?」
俺は神父の方を振り向き、明朗快活に答えたその時だった。神父の後ろに人影が見えた。
「にしても、カリオスさん。寝室も食堂も立派っすよね。本当に俺、使っていいんすか?」
けだるそうに神父と話しているのは、ジーパンにTシャツの、茶髪の青年であった。
「ん?!」
俺は目を擦った。明らかにこの世界の人間とは異なる風貌。
何度目をこすっても、頬をつねっても、彼の存在が消えることは無い。幻覚では無かった。
「ちわっす。おっと……カリオスさん、目の前にいるのが、もしかして……」
茶髪の青年が俺とアマネさんを交互に見ながら、尋ねた。
「ええ、この方が勇者の一人であるリツ殿。そして、向かいに座っているのが、神官のアマネです」
聞き間違いか。今、勇者の一人と言っていたような……。
俺は言葉の意味に混乱している間にも、アマネさんは立ち上がり、茶髪の青年に挨拶した。
「お待ちしておりました。タカヤ殿ですね。アマネと申します。勇者様のサポートをさせて頂きます」
「こちらこそ、よろしくっす。にしても、アマネさん、随分と綺麗で、驚いたっすよ」
茶髪の青年に言われて、アマネさんの頬が少し赤らんでいるのが見えた。
「いえ、そんな……」
戸惑っているアマネさんを見て、俺は混乱する。これは一体、どういうことなのだろう。
その時、茶髪の青年の背後に更なる人影が見えた。
「異世界にきて早々、神官をナンパするってどういう神経なのかしら」
茶髪の青年に抗議しながら、入室するのは茶髪のロングの女性。猫のような顔に、細身のジーンズ、黒のハイネックTシャツを着こなす様はクールビューティ―だった。
「ごめん、カナエちゃん。でも、もう少し言い方をソフトにしてもらえると……」
「そのちゃん付けもきつい」
そんな二人の小競り合いを聞いていると、さらに奥から長い髪を束ねた青年が現れた。
「まあまあ。お互い思うところはあるかもしれないけれど、勇者同士、仲よくしようよ。俺達はこれから協力して厄災に立ち向かうんだし」
涼やかな声に、女性と見間違うほどの中性的な顔。白シャツに、茶色のチノパンという清涼感の塊みたいな美青年だった。
(今、勇者同士って言ったよね?これは一体……)
俺の理解が追いつかず、その場で棒立ちになる。その様子を見た茶髪の青年が首をかしげる。
「つーか、リツ君だっけ? なんかポカンとしちゃってるけど。もしかして、カリオスさん、ちゃんと説明した?」
愕然とする俺を見た茶髪の青年が、神父に尋ねた。
「……あ! 申し訳ございません。私としたことが……説明不足でした! いかんせん、こんなにも恵まれたことは無くて、つい浮かれてしまい……」
神父は急いで頭を下げた。
「これは一体……」
俺はそこで、やっと声にすることができた。
「説明が遅れましたね。リツ殿。先ほどから、入ってきた、タカヤ殿、レイ殿、そして、ミズキ殿も、あなたと同じく勇者になります!」
俺、新山律は愕然とした。そう、勇者としての俺の始まりは波乱の幕開けだったのだ。
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