第2話 異世界での出会い

 異世界の人々からの大喝采に俺はたじろいだ。いかんせん、これだけの拍手をこれまでの人生に浴びたことは無かったからだ。


「こちらこそ……よっ、よろしく……お願いします」


 俺はその気恥ずかしさで、思わず、頭を掻きつつ、多方面にわずかばかり会釈し続けた。


 その姿を見ていた神父がゆるりと俺に近寄り、俺の肩に手を置いた。


「ふふ。人に気を遣うことも勇者の素質かもしれませぬが、ここは堂々としていらっしゃった方が良いですよ」


 神父が耳元で、コソコソと助言する。


「はあ、慣れないもので……一応、善処します」


 俺はそう言って、少しだけ背筋を伸ばしてみた。


「では皆さま。ここはひとまず、お開きにしたいと思います。勇者様にはこれから色々とお話したいことがございますので……」


 神父がその場にいるものにそう宣言する。すると、周りにいた貴族たちが一礼したのち、解散するのだった。


 貴族たちが談笑しつつ、その場を後にしていく中、神父は俺の側にやってきたのだ。


「リツ殿。早速で申し訳ないのですが、私についてきてくれませんか? これから色々と大事なお話がありまして……」


 かくして、俺は神父に連れられて、歩き始めた。俺は見慣れぬ場所をチラチラと見やりつつ、神父の後をついていく。


 そこかしこに豪華絢爛な装飾で、どこかの宮殿みたいな場所のようだった。


 俺は感嘆しつつ、歩いた。


「ここは、アルバスという国が所有する宮殿になります。現在、私らは宮殿を出て、すぐの勇者様の居住区に案内しているところです。そこで、この世界の現状および今後の方針について話しあいたいと考えております」


「居住区? それはどんなところなのでしょうか?」


「ご心配には至りません。勇者様にご不便をおかけするようなことにはならないかと思います。私どもとしては、できるだけの手配はしているつもりですので。実際に見てみるのが早いものかと。服も用意してあります」


「心遣い、ありがとうございます。そこまでしていただいて、恐縮です」


「いえいえ、大事な勇者様ですから」


「その……様なんて恐れ多いです……」


「謙虚な方なのですね。まあ、今はできないこともあるかと思いますが、伸びしろも含めてのことになりますので、あまり根詰めて考えなくてもよろしいと思いますよ……ともう出口ですね」


 光が差し込む出口のその先には、街並が一望できる広場に出た。白い石畳の眼下には白い建物が米粒のようにびっしりと並んでいる。また、その白い建物を際立たせるように輝くほどの日差しが街を照らし、奥では青い海が地平線の先まで広がっていた。また、白と青のコントラストの境目にはガレオン船とも思われる大型の木製の船が複数停泊している。おそらく、交易で使用しているものなのだろう。


「ここはアルバスという国の首都、ホワイトセブルスでして、この世界の中でも5本の指に入るくらいの大都市です。綺麗な街並みですよね?」


 キラキラと宝石のように乱反射する水面は、紺色、緑、水色と色を変えており、ずっと眺めていられる。


「……はい、とても綺麗です」


 俺は心地よい波風を感じながら、目を細めて呟いた。こんな気持ちになるのは、異世界に転移する前でも遥か昔のようであったと感じる。


「ふふ。そう言っていただけると、領主の皆さまも鼻が高いことでしょう……さあ、こちらになります」


 神父に先導され、俺は白い石畳の上をコツコツと歩いていく。


「もう、見えているかと思いますが、あの4階建ての一際大きい建物が勇者様の寝食になりますので、覚えて頂くようお願いいたします」


 周囲は2階建てのものが多い中で、明らかに高い建物が勇者とのことであった。


「大きい……」


 俺は4階建ての建物を前にして思わず、声を漏らした。目の前の建物は木材の柱と梁を骨組として、レンガが敷き詰められた、中世のヨーロッパ風の建築物。確か、何とか様式とか、何とか造りとか呼ばれていたものだったと思う。


「光栄です。では中に……」


 大きな木製の扉を神父が開けて、俺を中へ案内する。中のエントランスには銀の装飾が施されていた。俺にはそれがとても金がかかっていることだけは確信した。


「まずは、この世界に関することと、勇者の役割に関してご説明したいと思っております。このエントランスの右奥にある部屋に入って待機して頂けないでしょうか?」


 俺は神父が掌で指した方向に目をやる。エントランスの緋色のカーペットを超えた先にある扉を指しているようだ。


「分かりました」


 俺は了承し、指示された扉を開ける。扉を開けた先には、壁一面にびっしりと並んだ本棚と、部屋の中央に丸い木製のテーブルが見えた。それに人影も。


 誰だろう……。


 6脚の椅子が木製のテーブルを囲んでおり、その1つに人が着席していた。フードを深くかぶっており、どのような人かを確認できない。


 すると、フードを被った人がこちらの気配に気づいて、立ち上がり、こちらへ振り向いた。


 俺はフードの人物を見る。振り向いてくれたのは良いものの、フードを目深に被っているため、顔を視認できない。


「えっと……」

 俺が戸惑っていると、俺の後に入ってきた神父が急いで説明する。


「あっ……申し訳ありません。説明不足でした。そこにいるのは、私の部下の神官です。勇者様のサポートを担当するので、説明する際に同席してもらうことにしております」


 神父が説明すると、部下の神官が頭のフードを外した。フードを外すと同時に、さらさらとした黒の長髪がバサッと広がる。


「はじめまして。勇者様のサポートを担当させて頂きます、神官のアマネと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 知性と誠実、透明さを兼ね備えた女性の声が、すっと脳裏にまで届いてきた。大きな黒い瞳がこちらをちらりと見た後に、長いまつ毛をさらりと閉じて、一礼する。その時、髪がはらりと顔にかかるのだが、その合間に見える肌は雪のように白かった。


 その風貌を俺のいた世界で形容するなら、大和撫子。彼女の美しさに、目を奪われたのは間違いなかった。

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