機械人類は濃藍の夜の夢を見ない

独一焔

00 / 15

「さあ! 共に行こうじゃないか、二百八十七年ぶりの我が友よ! ──我等を縛るモノなど何もない、自由な夜の世界へ!!」



 開け放たれた窓の向こう側。

 夜闇よりも艶やかな黒のマントを翻しながら、吸血鬼かれは私に手を伸ばしてそう言いました。


 私と彼が出会ってから、十四日十一時間三十二分五秒後の出来事です。

 私には、なぜ彼が私にこだわるのか理解できません。

 その理由はきっと、私が『シンギュラリティ』に到達していないからなのでしょう──



──十五日前──


 現在、地球上の総人口は三十億人を下回っており、未だ減少傾向にあります。

 原因は諸説ありますが、人類は人口減少問題の解決よりも個々人の安寧を優先事項に定め、そのための技術を発展させる方向に舵を切ったのです。

 多くのリスクが生じる前時代的な妊娠・出産のプロセスは次第に望まれなくなり、子どもを欲する場合は、人口子宮を使用したデザイナーベビーか、あるいは私のような『チャイルノイド』が主な選択肢となりました。


『チャイルノイド』は、機械人類アンドロイドの一種です。

 一般的な機械人類アンドロイドとは異なり、チャイルノイドには機械学習の工程を経ていない人工知能と、乳児から青年期までを段階的に再現した複数のボディがあらかじめ用意されています。

 数年ごとに次の段階のボディに換装することで、外見上の成長を再現するのです。

 そして両親や友人、近所の人々や学校での交流を通して、内面の成長──すなわち『自我の芽生えシンギュラリティ』に到達するのが、私たちチャイルノイドの存在理由となります。


「──以上が、現在の人類と『チャイルノイド』に関する説明です。ご満足いただけましたか?」


 若干の語尾のイントネーションの変更と首を傾げるジェスチャーを用いて、私は疑問の意思を示しました。

 周囲からの指摘事項にある『喋り方が平坦すぎる』の解決法として、コミュニケーション解説ライブラリから学習した手段の一種だったのですが、今回はどうやら不適切だったようです。

 その証拠に、目の前の彼──自称『吸血鬼ヴァンパイア』のユーリ・ドゥ・オステルメイヤー氏は、眉間にシワを寄せて私を睨みつけていました。


「へえ、なるほど。私が二世紀半くらい眠っている間に、人間は益々傲慢さを増したようだね。不老不死にも届かないうちに繁栄を捨てるだなんて、生物として破綻しているとは思わないのか?」


「その質問にはお答えしかねます。私は機械人類アンドロイドなので、人類の生物的破綻についての意見を持ち合わせていません」


「あっ、そう。君は……ええと、何と言う名前だったかな?」


雪永桜ゆきながさくらと申します」


「サクラ。先程、君は『自我の芽生えシンギュラリティに到達するのがチャイルノイドの存在理由』と言っていたね。それで、君はそのシンギュラリティとやらには至っているのかい?」


「……いいえ。通常、チャイルノイドのシンギュラリティ到達は最速で六年、遅くても十二年ほどで達成されます。しかし、私は総稼働年数が十七年を超えたのにも関わらず、未だシンギュラリティに到達していません」


「なるほど、そこで最初の話に帰結するわけだ。……我が屋敷に不法侵入した挙句、無断で棺の蓋を開けたっていう話にね!」


 該当する行為については既に謝罪を済ませていますが、どうやら未だに彼の怒りは収まっていなかったようです。

 確かに、不法侵入も睡眠妨害も私の方に非があるのでしょう。

 しかし私のシンギュラリティ到達のために『肝試し』を提案してくれた彼女たちにとっても、その提案を受け入れた私にとっても、このような事態は想定外です。


「だから許せって? 君、存外図々しいじゃないか! いいかよく聞け、私の怒りが冷めやらぬ一番の理由、それは──」


 私の目前に迫った彼は、口を開けて自身の牙を見せつけてきました。

 ……私の首筋に噛み付いたせいで折れてしまった、左の牙を。


「象牙すらも遠く及ばぬ白さと鋭さを持つ誇りの牙が、君の鋼鉄の肌のせいで折れてしまったことだよ!!」


「ですが、その件に関しては私に予告なく噛みついてきた、あなたの方に非があるのでは?」


「だって仕方がないだろう!? 突然無遠慮に起こされたと思いきや、目の前に君のようなもの凄く好みの処女がいたんだぞ! 吸血鬼として血を吸いたくなるのは当たり前だ!!」


「申し訳ございません。言っている意味が理解できません」


「唐突に機械じみた返答するな!」


 それから三十分ほど議論を重ねた結果、私は彼の牙を破損してしまった責任を取るために、毎日この屋敷に特選牛乳を届けることになりました。

 彼曰く、「血が与えられないなら、せめて君が出せる最良の物を差し出したまえ」とのことです。

 特選牛乳のデリバリーの他に、約二百八十七年分のブランクがある彼に現代の情報を提供することも約束に含まれました。

 そしてそのリターンとして、私は『感情』とはどういったものなのか、彼の観察を通して学ぶこととなったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る