秋に映える
神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)
第1話
願い事をするなら、秋が良い。
少し考えれば、すぐに解る。簡単なことだ。
皆がこぞって願い事をするのは、年の始まりの頃。神様だって、いっぺんに皆の願いを聞いてやることなんてできやしない。
だから、賢い神様は一年間をいっぱいに使って仕事をする。まだ新人の神様では、年初に頑張りすぎて、春には嫌になってしまうみたい。大人ぶらずに、先輩に助けてもらえば良いのにね。
今は、待望の季節。秋。はっぱの緑が落ちて、赤や黄が現れる。植物と言えば、なんだか青いような気がしてしまう。けれど、私、学校でちゃあんと習ったもの。本当は、赤いのよ。ほら、頭を垂れているのも黄金色。おいしいお米もキラキラの着物を召している。
そういう訳で、今、外に出ている。神社願へ行くわ。おっと、どうやら、いつもの人に尾行されているようだわ。いつもの人というのは、近所に住む学生のことよ。年が離れているのに、私のことを好いているみたい。阿呆らしいとは、まさにこの事ね。私、気になる殿方なら他に居るもの。
「
私、思い切って、振り向いてみた。もちろん、相手はぎょっとした顔をする。ほうら、学生帽のつばをつまんでみたり、自転車のベルをならしてみたりして。
「私、これから、神社へ参りますのよ」
「へえ、そんなら、こいつで君を乗せて行こうか。僕もちょうど神社へ御札をもらいに行くところだったんだ」
嘘ばっかり。あんたん所、キリスト教じゃあないの。でも、私、指摘しない。歩くよりは、随分、楽ちんだものね。これは、本当。下駄で砂利道を歩くのは、骨が折れるもの。お尻が痛いのも、ほんの少しだけ。これだけ我慢すれば、長い坂道だって、汗をかかずに行かれる。
「
「嫌だわ。こればっかりは、神様との二人きりの秘め事よ。何でもかんでも、
目を白黒させている。私より長く生きているくせに、何も知らないのね。ああ、それにしても、うるさい。英ヱさん、英ヱさん。そればっかり。話題のひとつも思い浮かばないのなら、黙っているほうが得策ではないかしらん。
「英ヱさん」
耳に馴染んだ声に、自転車からとびおりる。
「お兄さま!」
慌てた兄が、私を抱き止める。一方、いきなり軽くなったものだから、見事にバランスを崩して転がる間抜けがひとり。兄は私の無事を確認すると、学生に手を貸すため行ってしまった。
白衣姿の兄。きっといつもの往診の帰りに相違ない。往診かばんと一緒に野菜を提げているから。
「妹が失礼をしました」
「ああ、いえ…」
兄の美貌に目が眩んだと見えて、すぐに下を向いてしまう。兄が卒業した学校の後輩だから、先生のようすはどうだとか私にはよく解らない話が始まってしまった。お詫びにと、兄がお茶に誘う。学生がちらりと、私の顔を窺う。もちろん、私は家にまで来てほしくない。
「お兄さま。私、神社へ行くのだったのです。暗くならないうちに、行ってきますね」
「そうですか」
あからさまにがっかりする学生。去り際、あかんべえしてやった。少し進んで、振り返る。黄金の田んぼに、白衣と学生服の黒い後ろ姿。
「お父さまとお呼びできたら、どんなに良いことでしょうね」
ひとり、呟く。私は、踵を返した。
秋に映える 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho
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