第33話

翌日の営業は、すべての接客をほまれ寿ひさに任せてみることにした。結果、二人はしっかりと商品の説明もできていたし、ラッピングや会計なども安心して任せられるまでになっていた。

「来週からふじをオープンしましょう。開店して数日間はとても忙しいと思うけれど、私か瑠璃ちゃんがお手伝いするから安心してね」

「わかりました!」

「がんばりますっ!」

さっそく今夜から藤の店内設備を整えていくことにし、瑠璃とは生産体制についても話し合った。


Lupinus の営業、仕込みと商品作り、藤の開店準備と、とにかく忙しい日々を乗り越え、やっと開店の日を迎えた。

朝からたくさんのあやかしが、初めて食べるチョコレートを楽しみに、そわそわしながら列を作っている。

「私たちもお手伝いするし、研修でやっていた通りにすれば大丈夫だからね」

「はい!ではオープンにしてきます!」

誉がドアにオープンの札をかけると、妖の姿のままだったり人の姿になっていたり、様々な見た目のお客様が次々と入ってくる。

寿と瑠璃は、チョコレートに興味はあるけど味がわからないと買いづらいと言うお客様に、試食用の小さなチョコレートを配ってまわる。


列の最後に並んでいた猫又の女の子に「いちごが入ってるのはありますか?」と聞かれた寿は、いちごジャムが入っているものをすすめている。

そのやりとりを聞いていた私は、あることを思いついた。あとで青王様に話しに行こう。


お客様が途切れることなくずっと忙しかったけれど、目立ったトラブルもなく、無事に初日の営業を終えた。

「疲れたけど、試食をした人たちがおいしいって言ってくれてなんだかうれしかったな~」

「そうだね。でも、苦くてあんまり食べられないって言う人もいたよね」

「うん。もうちょっと甘いのがいいって言ってたよ」

「それなら明日の試食用には、今日と同じものともう少し甘いものの二種類を用意するわ。両方食べてもらって、どちらが好みかがわかればおすすめしやすいでしょ」

人間と妖では味の好みが違うし、まして初めて見るものを口にするのは勇気がいることだと思う。安心して購入してもらうためにも、先に味を知ってもらうのは大事なことだろう。ほかに気づいたことなども話し合っていると、仕事を終えた青王様がやってきた。

「今日は珍しく忙しくて、初日なのに様子を見に来られなくてすまなかったね」

「いえ、お疲れさまでした。特にトラブルもありませんでしたし、二人ともしっかりしていて頼もしかったですよ」

「それならよかった。母上が夕食を準備しているから、片付けが終わったらみんなで戻っておいで」

そういうと青王様は茜様の手伝いをするからと、一足先に戻っていった。

「早く片付けましょう。もうおなかペコペコですぅ」

寿はおなかがすくと、わかりやすく元気がなくなる。

「もう少しがんばってね」

厨房がないぶん片付けも楽で、四人で分担すればあっという間に終わる。


「ただいま戻りました」

「おかえりなさい。みんなお疲れさま。さぁお食事にしましょう」

ダイニングにはホカホカの湯気をあげる衣笠丼きぬがさどんが並んでいる。

おあげと九条ネギを甘辛く炊いて玉子でとじたこのメニューは、私の大好物だ。しかも茜様の得意料理なだけあって、彼女が作る衣笠丼はお出汁がきいていてやさしい甘さでいくらでも食べられる。


おいしいご飯をいただいておなかが満たされたら、もうなんにもしたくない。このまま眠ってしまいたいと思う。でも「仕込みが待ってますよ!」と瑠璃にむりやり立たされた。

茜様も「穂香ちゃん、片付けはわたしがするから大丈夫よ」と背中を押してくる。

「はい...ではお願いします」

「ではわたしも一緒に行って手伝おう」

「あ、そうだ青王様。店に戻ったらお話ししたいことがあります」

「ん?もしかしてあのことかな?」

え?あのことってなんのこと...?私が首をかしげていると

「ほら、王城でお菓子作りをしてほしいっていう」

あっ、忘れてた!まだ瑠璃ちゃんに相談してないよ...

「それはもう少し時間をください。とりあえず戻りましょう」


青王様とボンボンショコラを作りながら、営業中に思いついたことを話した。

「青王様の畑で、いちごやミニトマトを育てることはできますか?」

「大丈夫だよ。どちらも一週間もあれば収穫できるようになる。ほかに欲しいものはあるかい?」

「あとは種なしの巨峰があるとうれしいです」

「わかった。さっそく明日植えておこう」

「よろしくお願いします」

それにしても一週間で収穫できるなんて、あらためて青王様の力ってすごいなぁと思う。


仕込みが終わって青王様たちが王城に戻ると、やっと一日が終わる。結構疲れが溜まっているし、明日は瑠璃に藤のお手伝いをお願いしてあるから寝坊するわけにはいかない。

アラームを大音量でセットしたスマホと目覚まし時計を、歩いて行かないと止められない場所に置きベッドに潜り込んだ。

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