第34話

「よかったぁ、間に合った...」

「ギリギリでしたね。まさかまだ寝てるなんて思いませんでしたよ」

「起こしてくれてありがとう。助かったわ」

「一人で大丈夫ですか?寿ひさをこっちに呼んだほうがいいと思うんですけど...」


瑠璃の心配はごもっともだ。

ベッドから出て目覚まし時計を止めたのに、その場で寝落ちしてしまった。その後も焦って階段を踏み外しそうになったところを瑠璃に支えられたり、厨房では何もないところでつまずいてお砂糖をまき散らしたりと、朝から散々だった。ペンダントが反応して青王様を呼ばなかったのが不幸中の幸いだと思う。

「たしかに今日は、大丈夫って言っても説得力のかけらもないわね...」

「それじゃあこれ置いたら寿を連れて戻ってきますね」

瑠璃は藤に並べるお菓子を持っていき、すぐに寿と一緒に戻ってきた。

「瑠璃ちゃん、ありがとう。寿、今日はよろしくね」

「はい!しっかりお手伝いします!」



「こんにちは。ボタンの型のハイカカオチョコってありますか?」

「はい、ありますよ」

「よかった。お友達からこれを食べ始めてから肌が綺麗になったって聞いて来たの」

「ありがとうございます。効果は個人差があると思うので、様子をみながらお試しくださいね」

チョコレートは発酵食品だし、カカオに含まれるカカオポリフェノールは食物繊維が豊富だったり抗酸化作用を持っていたりする。そのため腸内環境を整えたりエイジングケア効果もあるのだ。

一袋五枚入りの、直径三センチ弱の薄いボタン型のチョコを渡し、

「薬ではないので効果はすぐに出ないと思いますが、こちらを一日一袋、数回に分けて召し上がってみてください」

「ありがとう。それじゃあ三袋いただくわ」

ほかのお菓子もチラチラと気にしながら、またゆっくり見に来ると言って帰っていった。


今日はたくさん購入されるお客様が多く、夕方にはケーキもボンボンショコラも売り切れてしまった。

「早いけど閉店にして、片付けたら藤にいきましょう」

「はい。あの、焼き菓子一つ買わせてください」

「おなかすいちゃったの?それならちょっとこっちに来て」

寿を厨房に連れていき保存バッグに入れたクッキーやフィナンシェを渡すと、もふもふの耳と尻尾がぴょこんと現れた。

「こっちの世界ではそのもふもふ、出しちゃダメよ」

寿はハッとしてすぐに耳と尻尾を隠した。

「私以外の人がいるところでは気をつけてね」

「はい、ごめんなさい...」

「うん。それは割れたり形が悪くて商品にならないものだから、遠慮しないで食べて。食べ終わったら店の片付けよろしくね」

...って言い終わる前に食べ始めてるけど、まあいいか。


私は先に厨房の片付けをして、おやつを食べた寿と一緒に店のほうも片付けたあと藤にやってきた。

「あ、穂香さん。今日はもう完売ですか?」

「そうなの。こっちももうすぐ完売しそうね」

ショーケースの中に残っているのは、チョコどらやきが二つだけ。それも店内にいたお客様が焼き菓子と共に購入し完売となった。

「さあ、みんなでササッと片付けちゃいましょう」

「穂香さん、ちょっといいですか?」

瑠璃が店の隅から手招きをしている。

「どうしたの?」

ほまれが、開店して少しした頃に男の子が入ってきてすぐに出ていったって言ってたんですけど、それからさっきまでずっとその子が店の前をうろうろしてたんです。うまく化けててなかなかわからなかったんですけど、中身は鬼でした」

「鬼って...それは青王様に相談してみましょう」

それから片付けを終え王城にいくと「みんな、おかえり」と青王様が迎えてくれた。



「そうか。Lupinus に現れることはないと思うが、念のため両方の店に警備を増やそう」

ダイニングに入ると、まずは藤に現れた鬼のことを青王様に話した。

「ありがとうございます。明日は定休日で、明後日は私が藤に来るつもりです」

「だが明後日から数日、わたしは山形まで視察にいってしまうから、穂香はその間できればこちらに来ないほうがいいと思う」

「わたしが藤にいますから、穂香さんは Lupinus にいてください」

「わかったわ。そうする」

青王様も少し安心したような顔をしている。そこへ茜様がやってきた。

「あら~穂香ちゃん!来てるなら呼んでよ~。ねぇ、夕食一緒に作りましょう!青王、穂香ちゃん借りるわね~」

早く早く!と厨房まで私の背中を押していく茜様は、本当に楽しそうだ。青王様は困ったといった顔をしているけれど...

「今夜は煮込みハンバーグにしようと思ってるの。トマトソースで煮込むとおいしいのよね~」

「それでは私はハンバーグを作りますね」

「お願いね~」

ハンバーグを柔らかく仕上げるために、牛乳に浸した生パン粉とマヨネーズを少し混ぜる。よーくねて小判型にしたら真ん中をへこませて焼き目をつけ、茜様が作ったトマトソースで煮込む。

「もうおいしそう!ソースの中にお野菜やきのこをたっぷり入れたから、あとは玉子スープでも作ればいいわね」

「それでは玉子スープ、作りますね」

茜様が白様を呼びにいくと、青王様がやってきて仕上げを手伝ってくれた。

「相変わらず強引ですまないね」

「いえ、大丈夫ですよ。茜様と一緒にお料理するの、楽しいですし」

「そうか。ありがとう」


「あぁおいし~!おかわりしてもいいですか?」

「あっ、ずるい!わたしもおかわり~!」

瑠璃も寿もすごい食欲だ。誉はちょっと呆れている。

「二人ともたくさん食べなさいね。青王はどうする?」

「それではもう少しいただこうかな」


みんなおなかいっぱい食べて、誉と寿を帰らせたあと私は瑠璃と一緒に片付けをする。

「穂香さんは明日お出かけとかするんですか?」

「ええ、ちょっとお買い物にいこうと思ってるわ」

「のんびりしてきてください。あっ、ちゃんと懐中時計とペンダント持っていてくださいね」

「ええ、もちろん」


青王様は着物に合わせて帯の色を変えるから、組紐の色も合わせたらもっとおしゃれだと思う。だから今度は自分で作った組紐をプレゼントしたくて、宇治のお店へ道具を買いにいこうと思っているのだ。


部屋に戻ると、とにかく眠くてなにもしたくない。今日はもう休んで明日に備えようかな...

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