第16話

わたしとしたことが、穂香がさらわれる直前まであいつの気配に気づけないとは...


突然降り始めた前が見えないほどの豪雨で、買い物客は大慌てで避難し、商店は慌ただしく店じまいをしている。

商店街から妖たちの姿が見えなくなると同時に、二発の激しい落雷がおきた。すると辺りは目を開けていられないほどの眩しい光とともに、大きななにかが爆発したような衝撃に包まれた。

光が収まると、路地の入り口にうずくまる穂香と狐の妖の姿が現れた。青王は瞬時に穂香を抱きかかえると、狐の妖を大きな泡の中に閉じ込めその場を離れた。

「穂香、怪我はないか?わたしが一緒にいたのに、危険な目に遭わせてしまってすまなかった」

「青王様...私...怖かった...!」

はる、おまえはわたしがこの程度の結界を破壊できないとでも思ったのか。穂香にまで手を出すとはいい度胸だな。二度目はないと言ったはずだ。おまえには未来永劫、城内の牢にいてもらう。もちろん妖力も封印する!」

見るものすべてを震え上がらせそうな冷たい目をし、心まで凍り付きそうな冷たい声で話す。こんな青王様の姿を穂香はただただ見つめていた。

まもなくやってきた数人の鬼が、遥を泡ごと担ぎ城へと戻っていく。遥は泡の中でしばらく暴れていたが、逃げられないとわかると力なくうなだれた。



いつの間にか雨は止み青空が広がっていた。

「本当に無事でよかった」と青王様は私をギュッと抱きしめて離そうとしない。背中に当たる青王様の指先はとても冷たく、少し震えていた。

「青王様、私...前にもどこかで狐の妖に襲われ...」

腕の力を緩め私と向き合った青王様がとても悲しそうな目をしていて、それ以上は言えなかった。

「あ、あの、私もう大丈夫ですから。せっかく来たんだからお店の場所、教えてください」

「穂香...あ、ああそうだな。みんなもう一度開店の準備を始めている。せっかくだから見て歩こうか」


あんなに激しい雨が降っていたのに、私は全然濡れていなかった。あの時私を雨から守ってくれていたのはたぶん、青く輝く...龍...


「ここで和菓子を買っていこう。どれもおいしいが、わたしのおすすめはトロッとした干し柿が入ったようかんだよ」

「それではそのようかんにします。あ、でも三笠みかさもおいしそう...」

「両方買うといい。瑠璃にも土産に買っていこうか」

「はい!」


和菓子の詰まった袋を手に、着物屋、器屋、雑貨屋などを覗きながらしばらく歩くと、

「ここだよ。 Lupinus のように広くはないけれど、ここにチョコレートを作る機材を置かないのなら十分だろう。二階の部屋を休憩室として使えばいいし」

「素敵なところですね。あ、お店の名前はどうするんですか?」

「それは穂香と瑠璃で決めるといい。でも、和風の名前がいいだろうな。そのほうが京陽の妖たちには覚えやすいと思う」

「そうですね。瑠璃ちゃんと相談してみますね」

二階も見てみようと廊下を階段へ向かって歩いていると、突然ポンッと音を立てて目の前に瑠璃が現れた。

「穂香さん!大丈夫ですか?怪我はないですか?」

「びっくりしたぁ...」

「あれ?瑠璃。遅かったな」

「だって...なんか護衛の鬼たちが騒がしくて、何があったのか聞いたら遥が穂香さんに手を出したって言うからびっくりしちゃって」

「腰でも抜かしていたか」

「違いますよ!青王様がすぐに救出したって聞いたけど、なかなか王城に戻ってこないからもしかしたらここで休んでるのかもって思ってお茶を持って来たんです!」

瑠璃はぷくっと頬を膨らませて、まったく失礼な...とブツブツ文句を言っている。私はその頬をつんつんと突っつきながら声をかけた。

「瑠璃ちゃん、心配かけてごめんね。わざわざ来てくれてありがとう」

すると「わーん!穂香さんが無事でよかったよぉ」と私に抱きついて泣きだしてしまった。

「瑠璃は穂香のことを本当に大切に思っているんだよ」

と、青王様は私の耳元でささやいた。

私は瑠璃の頭をぽんぽんとなでて「もう大丈夫よ」と慰めた。

「せっかく瑠璃がお茶を持ってきてくれたし、二階の居間でおやつの時間にしようか。確かちゃぶ台が置いてあったはずだよ」

「青王様が買ってくれた和菓子もあるのよ。一緒にいただきましょう」

瑠璃は真っ赤になった目元を拭い「はい」と笑顔を見せてくれた。


「このようかん、おいしい!」

「三笠も、小豆がふっくら皮がもちもち、おいしーい!」

三笠を一つペロッと食べ終えた瑠璃はお茶を一口すすり、ふぅ、と息をつく。

「そうだ!あんことチョコレートって合わせられますかね?」

「チョコレートまんじゅうって言うものもあるし、近いうちに色々試してみましょうか。 Lupinus だとちょっと違うと思うけれど、ここのお店なら和菓子を置いてもいいかもね」

青王様は私たちの話を「二人が楽しそうでなによりだ」と笑顔で聞いてくれていた。


「そろそろ王城に戻るかい?」

「そうですね。私はちょっとカカオの様子を確認したいです」

「わかった。それではカカオの森に行こうか」

「今度は懐中時計使っていいですよね?」

青王様はこくんとうなずいて苦笑いした。


カカオの森では、騒ぎを聞きつけたお手伝いの妖たちが心配して待っていてくれた。

「おかえりなさい」

「穂香さん、無事でよかった」

「みんな、ありがとう。青王様が助けてくれたから私は大丈夫よ。さあ、カカオの様子はどうかしら?」

発酵箱と乾燥棚のところへそれぞれ移動し、私が確認するのを待っている。

「この棚のカカオ豆を回収して、こっちの箱のカカオを並べてくれる?その棚のカカオ豆は向きを入れ替えてね」

みんなが作業を終えるころ、瑠璃がアイスクリームを持ってやってきた。

「みなさーん、今日はアイスクリームを作ってきましたー!食べてみてくださいっ!」

アイスディッシャーですくった丸いアイスがシュガーコーンの上に乗っているビジュアルに、みんな興味津々だ。

おそるおそる舐めてみた妖たちは「冷たい!」「おいしーい!」と夢中になって食べ始めた。

舌の上でとろけるバニラアイスと、リボン状に混ぜ込まれたチョコレートのパリパリ食感が楽しい。

「おいしいな。これは初めての食感だ。これは苺やコーヒーのアイスでも合いそうだね」

「ありがとうございます。次は苺とコーヒーで作ってみますね」


チョコレートの入ったアイスクリームはとても好評で、瑠璃もうれしそうだった。

お店で出すとしたらシュガーコーンではなく紙のカップになってしまうけれど、きっと京陽の妖たちに気に入ってもらえるだろう。アイス用機材の導入をしっかり検討しようかな。


「今日は本当にすまなかった。次から商店街に行く時はきちんと護衛をつけよう。店にももう一人、力の強い妖を店番として置くことにするよ」

「...はい、よろしくお願いします」

「わたしは穂香さんと一緒に、一度 Lupinus に行ってきます」

青王様は「気をつけて」と言って王城へ戻って行った。


「ねぇ瑠璃ちゃん、京陽の店の名前、二人で決めていいって青王様に言われたんだけれど、どんなのがいいかしら?」

「うーん...ここと同じように花の名前とか...?」

「花かぁ...花...ふじ、なんてどうかしら。花言葉は歓迎。藤の花には魔除けの効果があるとも言われているみたいよ」

「歓迎...いいじゃないですか!それにしましょう。きっと青王様も賛成してくださいますよ」

今度青王様に会った時に話してみようと思う。


「あの、懐中時計にわたしの妖力を込めさせてください。もしまた何かあった時、青王様のペンダントみたいにわたしにも知らせてくれるように」

「ありがとう。心強いわ」

瑠璃が懐中時計に触れると、一瞬ふわっと光ってあたたかくなった。

「これで大丈夫です。穂香さん、まだ時間ありますか?」

「ええ」

「それじゃあ、和菓子の試作しませんか?」

二人で厨房にこもり、時間を忘れてレシピ考案と試作をくりかえした。

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