第7話

Lupinus に戻り、瑠璃が淹れた紅茶を飲んでちょっと一息つく。


「瑠璃ちゃんは、どんなチョコレートを食べたことがあるの?」

「青王様がこっちの世界で買ってきてくださった、色々なお店のタブレットやボンボンショコラですね。でも、コンビニとかで売っているものは食べたことないです」

「それじゃあ、青王様はどんなチョコレートがお気に入りかわかる?」

瑠璃はしばらく考えこんだあと、紅茶を一口飲んでから話し始めた。

「青王様はチョコレートの酸味が苦手っておっしゃってました。色も濃くないものがいいって。あと、まん丸で中に色んなガナッシュが入っているものと、穂香さんがいたお店のボンボンショコラがお好きでした」

ハイカカオチョコじゃないほうがいいのかな。まん丸のチョコって言ったらあのブランドのものよね。自由が丘の店のチョコレートはすべて私が作っていたのだから、どれでも同じように作ることができる。青王様本人に一番好きなのはどれか聞いてみようかな。

「今作っているのは酸味が少ないカカオを使っているから大丈夫だと思うわ。明日、自由が丘の店で作っていたものの中からいくつか作ってみるわね」

「イチゴジャムが入ってるボンボンショコラと、オレンジピールのタブレットは絶対作ってください!」

「瑠璃ちゃんはその二つが好きなのね」

「はい!」


その二つは作ると約束をして瑠璃を帰らせたあと、私はイチゴジャムを作りはじめた。

そのほかにクルミのカラメリゼやキャラメルソースを仕込んでいると、深夜0時を回っていた。そろそろ休まないと寝坊しちゃう...


「おはようございまーす!」

翌朝元気にやってきた瑠璃は店内中に広がる甘い香りに気づくと、一目散にキッチンへ向かう。

「穂香さん、昨日わたしが帰ってからこんなに仕込んだんですか?」

調理台の上に並ぶジャムたちを眺めながら、言ってくれればお手伝いしたのにと唇を尖らせている。

「ほら、そろそろテンパリングに移るからそんな顔しないで」

「だって...」

だいぶいじけてるな...

「瑠璃ちゃん、先に少しテンパリングするから、それを使ってチョコレートケーキを作ってくれる?」

「はい!がんばっておいしいケーキ作ります!」

あっという間に機嫌を良くした瑠璃は、どんなケーキを作るかはチョコレートの味見をしてから決めると言って、必要な材料だけ先に準備を始めた。


コンチングが終わったチョコレートをケーキ用に少しボールに移し、あとはテンパリングの機械に入れる。

ボールでテンパリングをしたチョコレートを渡すと味見をし、すぐにケーキを作り始めた。

「このオレンジ使ってもいいですか?」

「材料はなんでも使って。でも無くなりそうなものがあったら教えてね」

「はい!」


私はさっそくボンボンショコラを作る。

丸型はクルミ、四角はキャラメル、それからハートはイチゴジャム入り。

そのあとオレンジピールを入れたタブレットチョコを二枚作ると、チョコレートだけが少し残ったからプレーンの小さなタブレットにした。


「チョコレートケーキ、できました!あとこれも」

「パウンドケーキ?」

「チョコレートケーキにはオレンジの皮をすりおろして使ったので、実のほうは絞ってオレンジケーキにしました」

瑠璃は紅茶を淹れなおし、ケーキを切り分けた。

「これおいしい。オレンジの香りがさわやかだし、蜂蜜のやさしい甘みがいいわね」

「よかった。チョコのほうはどうですか?」

「甘すぎずチョコの苦みも感じるし、かすかなオレンジの香りがいいアクセントになっているわ」

どちらもこのまま商品として採用しようと思う。自由が丘の店のものより、瑠璃ちゃんのケーキのほうが好きだな。


「チョコレートもいただきまーす!」

ハート型のチョコを一口で頬張ると、本当に幸せそうな顔をして味わっている。

「うーん、やっぱり穂香さんが作るこのチョコ、おいしすぎる!」

「ありがとう。でも青王様に持って行くぶんまで食べちゃだめよ」

瑠璃はハッとした顔をしながらチョコレートをラッピングし始める。持って行くぶんを先に取っておくらしい。


「そろそろ王城へ行かない?」

「あっ、青王様はカカオの森にいらっしゃるので直接行きましょう」

「わかったわ。お菓子は持ったわね。それじゃ『カカオの森』」


カカオの森では青王様がカカオポットを持ち、じーっと観察していた。

「青王様、こんにちは。なんだか不思議そうな顔をしていますがどうかしましたか?」

「穂香よく来たね、待っていたよ。...こんなにゴツゴツした実からどうしてあんなになめらかなチョコレートができるのかと思ってね。そうだ、設備の準備はできているから確認してくれるかい」

すごい!こんな立派な設備を一日で作っちゃうなんて!

「ありがとうございます。これでしっかりカカオの処理ができます」

「それはよかった」

「青王様!今日もお菓子持ってきましたよ。まずはお茶にしましょう」

瑠璃はそう言いながら王城のほうへ走っていった。また転ばなければいいけれど...


瑠璃が戻ってくるまで、私は青王様と一緒にカカオポットを収穫することにした。

「ここで発酵と乾燥をしたら、次は Lupinus でチョコレートを作ります。もしよかったら見にいらっしゃいませんか?カカオがなめらかになっていく過程が見られますよ」

青王様は驚いた顔をしながらも私に笑顔を見せ

「穂香に誘ってもらえるとは思わなかった。うれしいよ。ぜひ見せてもらおうかな」


「おまたせしました。今日のお菓子は穂香さんが作ったチョコレートです!」

「瑠璃ちゃんのケーキもあるじゃない」

「どちらもおいしそうだね。さっそくいただくよ」

青王様は四角いキャラメルソースが入ったチョコレートを一口かじり、やっぱりこれが一番だとつぶやいている。

「青王様はそのチョコレートがお好きなんですか?」

「そうだね、これが一番好きだよ。でも穂香が店を辞めてからは食べられなかったからね。久しぶりに食べられてうれしいよ」

「Lupinus がオープンしたら毎日作るので、いつでも持ってきますよ」

「ちゃんと買いに行くよ。ほかのお菓子も見たいからね」

「青王様、甘いもの好きですよね。穂香さんを見つけてからは自由が丘のお店にもしょっちゅう行ってましたもんね」

「こら、瑠璃!まったく...」

青王様は耳を真っ赤にしながら紅茶を啜っている。

私は店頭に出ることはほとんどなかったから、青王様が来店していたことをまったく知らなかった。もちろんその時は青王様を知らないのだから気づくはずもないんだけれど...


「さて、そろそろカカオの処理を始めましょうか」

「はい!わたしは何をすればいいですか?」

瑠璃にカカオの処理方法を説明していると、青王様もやらせてほしいと言ってきた。王様にそんなことをさせてもいいのか迷っていると、瑠璃が近づいていき

「青王様、一緒にやりましょう!」

と、カカオの実を渡している。私は苦笑いするしかなかった...


三人でカカオの実を割り発酵を始めた。そのあと少し休憩をし持ってきたお菓子の感想などを聞いたあと、数日後にカカオの様子を見に来ることにして Lupinus へ戻った。

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