第8話

それから三日間、二人でケーキや焼き菓子の試作をし、店内のディスプレイを整え、開店の準備をすすめた。



「キャー!」

カカオの森へ行き発酵状態を確認していると、足に何かがまとわりついてきた。おそるおそる見ると白いもふもふした塊が二つ転がっている。

「なにしてるの?なにしてるのー?」

「え...しゃべった?」

「こら、穂香を怖がらせたらいけないよ」

青王様がそう言って近づいてきた。

「穂香、これは『すねこすり』という妖だよ。この森にいるすねこすりは足にまとわりついてくる程度だから怖がらなくていい」

「びっくりしました...でもよく見ると子猫みたいでかわいいですね」

ここは妖の住む国と聞いていたけれど、青王様も瑠璃も普通の人間にしか見えないから油断してた。

こんなかわいい妖ならいいけれど、見た目が怖かったりものすごく大きかったりする妖もいるのかしら...

「これから穂香にも姿を見せるものが少しずつ現れるだろう。王城やこの森にいる妖たちは穂香に危害を加えたりしないけれど、わたしか瑠璃がいつもそばにいるようにするから安心していい」

「...はい」

すねこすりは五匹に増えて、私の足下をうろうろしながら興味津々でこちらを見ている。


「穂香さん、カカオの状態はどうですか?ちゃんと発酵できてます?」

「え...あ、ええ、だいじょうぶそう。あと三日ぐらい発酵させたら乾燥に移りましょう」

「結構時間がかかるんですね。この前、チョコレートって割と簡単にできるんだなって思ったのに」

「普通はね、カカオの産地で発酵と乾燥が終わったカカオ豆を仕入れてチョコレートに加工するの。この作業を自分たちでやることはないのよ」

瑠璃は、そうなんだぁ...とつぶやきながらすねこすりのそばへ行き、いたずらしちゃだめよと言い聞かせている。


さて、今日はもうここでできることはない。

「青王様、三日後にまたきますね」

「ああ、待っているよ。また穂香のチョコレートも食べたいな」

「ふふ、わかりました。持ってきますね」


Lupinus へ戻り商品の最終調整をしながら、

「瑠璃ちゃん、来週からお店をオープンしようと思うの」

「ついにオープンですか!楽しみだなぁ」

「クッキー生地とか、冷凍保存できるものは準備を始めましょう」


オープン日を知らせる張り紙も作る。店の前の通りは人通りが多いけれど、少しでも多くの人に見てもらえるように、見やすく印象に残るようにを心がけて。



「あとは前日か当日までできることはないですね」

「そうね、それじゃ青王様に持って行くお菓子、いくつか作ってもらえる?私もチョコレートを作るわ」

「はい。あ、テンパリングが終わったチョコを少しもらえますか」

「はいどうぞ」

と、ボールに移したチョコレートを渡す。

なにを作ったかは青王様の前でお披露目することにして、それぞれ箱詰めまで終わらせることにした。


今日、青王様は王城にいるようなので、まずはそちらに挨拶に行くことにした。

「青王様こんにちは。お約束のお菓子、持ってきましたよ」

「ありがとう」

「紅茶淹れてきますね!」

瑠璃はまた廊下を走って行く。転ばないでね...


無事に紅茶を淹れて戻ってきた瑠璃は、青王様の前にお菓子を並べていく。

子どものようにはしゃいでいる二人の笑顔を見ていると、ちょっと不思議な感覚をおぼえた。


「穂香、どうかしたかい」

「あっ、いえなんでもありません。私もいただきますね」

ダブルクリームのエクレア、ピスタチオとイチゴジャムのケーキ、チョコクリームサンドクッキー。今日も瑠璃のお菓子はおいしい。

「穂香のチョコレートも瑠璃のお菓子も、わたしは大好きだよ。二人ともいつもありがとう」

青王様によろこんでいただけると私もとてもうれしい。でもなんだろう、この感覚...


「そろそろカカオを見に行きましょう」

「カカオの森まで歩くかい?また妖が姿を見せるかもしれないよ」

「...まだすねこすりたちだけで十分です」

「あはは、それでは瑠璃に移動させてもらおうか」

「はい!」


カカオは十分に発酵していた。

乾燥用のデッキに並べ、雨が降らないようにしてほしいと青王様にお願いをしていると、すねこすりたちがそっと近づいてきた。私はその場にしゃがみ込み勇気を振り絞ってもふもふの毛をなでてみた。

「うわ、すごい。柔らかい...」

もっとなでてー、と言いながら集まってくるもふもふは、やっぱりみんなかわいらしい顔をしている。

「もうすねこすりには慣れたかな」

「はい、もう大丈夫です」

「それはよかった。次にくるのはいつごろかな」

「三日後に見にきます。あと、来週から店をオープンすることにしました」

「そうか。それではこれを持っているといい」

青王様は私の手になにかを握らせた。

「それは万が一穂香に危険が迫った時、すぐわたしに知らせてくれる。女性二人しかいない店なのだから用心のためだよ」

「ありがとうございます」

ではまた、と Lupinus へ戻ると瑠璃に声をかけられた。


「穂香さん、それは肌身離さずに持っていてくださいね。なにがあっても青王様が守ってくださいますから」


私の手の中には、アクアマリンと龍のような形が埋め込まれたペンダントがあった。

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