第6話
さっそく二人で手分けをしてコンチェの洗浄消毒をし、コンチングを始める。
昨日瑠璃が帰った後、業者さんからのメールをチェックしたら今日届くという連絡が来ていた。私は徹夜でカカオ豆の焙炒やグラインダーという機械による磨砕、レファイナーという機械による微粒化まで準備をしておいたのだ。
...青王様のところのカカオはどんな味がするんだろう。やっぱりカカオ、使わせてもらおうかな...
「コンチングは十五時間ぐらいかけようと思うから、これから青王様のところに行きましょう」
「そんなに時間かかるんですか。それじゃあコンチングが終わるのは明日の朝ですね。わたしも七時ぐらいに来ていいですか?」
「そんなに早くて大丈夫?」
「はい!少しでも早くチョコ系お菓子の試作ができるようにお手伝いします!」
「それならお願いしようかしら」
瑠璃はただチョコレートを食べたいだけのような気がするけれど...
「ふふっ、楽しみだなぁ穂香さんのチョコレート」
「さあ行きましょう」
「あの、フィナンシェとクッキー、青王様にも持って行っていいですか?」
「試作品を青王様に渡すの?」
「だってこんなにおいしくできたし、実は青王様は甘いものがお好きなんですよ」
「それなら持って行きましょうか」
瑠璃は丁寧にラッピングをしながら嬉しそうにしている。
「瑠璃ちゃんも一緒だけど、今日は懐中時計を使って行ってみることにするわ」
「はい、そうしましょう」
『京陽の王城』
そうつぶやくと、次の瞬間には先日と同じ広い和室にいた。
「穂香、よく来てくれたね」
青王様は待ち構えていたように部屋に入ってきた。
「こんにちは。今日は青王様に聞きたいこととお願いがあって来ました」
「そうか。とりあえず座って。瑠璃、お茶を用意してくれるかな」
「はい、今お持ちします」
瑠璃はバタバタと部屋を出て廊下を走っていく。するとドンッと大きな音がした。
...えっ、瑠璃ちゃん大丈夫かな。
「はぁ、廊下は走らないように言っているのに。瑠璃は結構おてんばなんだよ」
そうだったんだ...
「へへっ、転んじゃいました」
と恥ずかしそうにしながらお茶を持って戻ってきた瑠璃は、私の隣に座るやいなや
「青王様、これ、穂香さんと一緒に作ったお菓子です。今までで一番おいしくできたと思います!」
瑠璃ちゃん、試作品の残り全部持ってきたんだ...
「そうか、ありがとう。みんなでいただこうか」
お茶をいただき一息ついたところで
「あの、青王様、まずはお願いを聞いていただけますか」
「お願いか。わたしに叶えられることならいいけれど、なにかな」
「チョコレートを作るために必要な場所と設備を提供してください。それと、この国のカカオでチョコレートを作らせてください」
私は深く頭を下げる。すると青王様は私の隣へ来て膝をつき、そっと頭を上げさせ
「それはこの前わたしが穂香にお願いしたことだよ。どんな設備が必要か教えてくれればすべてカカオの森の中に準備する。カカオはいくらでも使ってもらってかまわない。穂香が作ると言ってくれてうれしいよ」
青王様はありがとうと頭を下げる。私も、こちらこそと頭を下げる。二人でペコペコし合っているのを瑠璃は離れた場所からそっと見守っていた。
この前とは違う道を通り、三人でカカオの森に向かう。
こちらには小さな池があった。泳ぎたくなるほど綺麗で大小の魚が泳いでいるのがよく見える。
「青王様はどうして瑠璃ちゃんに私を見守るように言ったんですか?」
青王様はどこか遠くを見つめ、少し寂しそうな顔をしている。
「それは、穂香がわたしの大切な人によく似ていたからだよ。今はもういないけれど、わたしはずっとその人を大切に思っている」
「似ているから、だけですか?」
「...いつかきちんと話す。ほら、着いたよ」
やっぱりほかにも理由があるんだ。でも今は話せない事情があるのかな。無理に聞くのはやめておこう。
「いつか絶対に教えてくださいね」
発酵に必要な木箱や温度計、乾燥に使うデッキなどの画像を青王様に見せ、それらの大きさや雨が当たらないように開閉式の屋根があるといいなど、細かな説明をした。
「それなら乾燥の期間中は雨を降らせないようにするよ」
「え、そんなことができるの!?」
「水を操るのは得意だからね」
青王様って何の妖なんだろう。カッパとか...なわけないか。
「場所はこのあたりでいいかな。明日までに用意しておくから穂香の都合がいいときに来るといい。懐中時計に『カカオの森』と言えばここに来られるから」
「ありがとうございます」
青王様は私の頭をポンポンとなでた。
「え...」
「あ、すまない...」
顔にほんの少し赤みが差しはにかんだような笑顔を見せた青王様。もしかしたら“大切な人”にはいつもやっていたのかも。
「青王様、私、不思議に思っていたことがあるんです。瑠璃ちゃんが働かせてほしいって言ってきたとき、この人と一緒にいたほうがいいかもって思ったんです。初対面だし履歴書とかもなくて身元もわからないから、あやしいって疑うほうが普通だと思うのに」
「申し訳ない。それは穂香が瑠璃を受け入れてくれるように、少し妖の術を使わせてもらったんだ」
「穂香さんが自由が丘のお店にいるときは姿を消してそばにいました。でもそれだと、辛そうにしていても話をすることができないじゃないですか!」
瑠璃は悲しそうな顔で、泣きそうになりながら、必死になって話している。
「だから、穂香さんが自分のお店を持つと聞いたとき、そこで働かせてもらおうと思ったんです。色々考えて、パティシエールになりすまして...断られないように、青王様に術をかけていただいて...」
瑠璃はその場にしゃがみ込んでしまった。
青王様も瑠璃も、こんなに一生懸命に私を守ろうとしてくれている。きっと青王様の“大切な人”は、瑠璃にとっても“大切な人”だったのだろう。
そして、もしかしたらその“大切な人”と私は何か関係があるのかも...と思った。
「青王様、二人が私を守ろうとしてくれている本当の理由、いつかちゃんと教えてくださいね」
「ありがとう。いつか必ず話すと約束するよ」
「瑠璃ちゃん、Lupinus に戻りましょう」
耳元で「明日チョコレートがおいしくできたら、青王様に持ってきましょう」とささやくと、とたんに笑顔になった。
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