第4話 妹の暴言
お祭り前日となり、街を見渡すと屋台が出ていたり店の壁に装飾がされていたりと見慣れた風景がいつもと違う表情を見せていた。
マリーとネイサンは店が始まる数時間前からマチルダの仕込みを手伝っていた。二人は出会ってまだ数日とは思えないほど打ち解けていた。
「今日も忙しくなりそうだね。マリーも僕と一緒で明日はお店手伝わないんだよね? 今日で一緒に働くのも最後だね」
「明日はマチルダさん人雇ったって言ってたし私はお祭りまわる予定だよ。今日で最後だね……ネイサン寂しいの?」
マリーはネイサンをからかうように言った。
「べ、別に寂しいとかは……うん。ほんとはちょっと思った。せっかくマリーと仲良くなったし、こんなに普通に話せる人いままでいなかったから」
ネイサンは少し頬を赤らめながら答えた。
「ふざけて言ったのに認めないでよー。こっちまで恥ずかしくなるじゃん……」
マリーもつられて頬が赤くなった。
「楽しくお喋りするのもいいけど、あんたら手を動かしな」
マチルダが笑いながら二人を注意したその時、まだ開店前にも関わらずお店のドアが勢いよく開いた。そこから現れたのは平民街には不釣り合いな綺麗なドレスを着たマリーの良く知る女性だった。
「すみません。まだ開店前なんです……え、キャサリン? なんでここに?」
マリーは妹が突然現れたことに驚きを隠せなかった。
「なんではこっちのセリフだよ。お姉ちゃんこそなんでこんな汚いお店にいるの?」
キャサリンは店の中を見渡して、まるで嫌なものを見るように眉間にシワがよっていた。
「汚くなんてないよ! 失礼なこと言わないで! そんなことを言いに来たの? キャサリンどうしてここにいるの?」
マリーは再度店に来た理由を尋ねた。
「うちの庭師がこのお店で働いてるお姉ちゃんを見たって噂していたのを聞いたの。私はそれを聞いても信じなかったけどね。明日王子様が来るらしいから下見がてら街まで来てこのお店に寄ったんだけど……お姉ちゃんお願いだからみっともないことはやめて。明日私が王子様に気に入られたら王族の一員になるかもしれないんだよ」
「何馬鹿なこと言ってるの? お願いだから黙って! 出て行って!」
マリーは声を荒げた。マチルダとネイサンは何も言わずにただ二人のやり取りを静観していた。するとキャサリンがネイサンの方に目をやった。
「もしかしてお姉ちゃんこの男がいるから働いてるの? 確かに少し良い顔はしてるけどこんなお店で働いている貧乏そうな男やめておきなよ。まぁ地味で変わり者のお姉ちゃんには合ってるかもしれないけど」
「お願い! 出て行って!!」
マリーはキャサリンの話を遮るように叫ぶと、キャサリンを押しながら店の外まで出ていった。
キャサリンを追い出してから数分してマリーだけが戻ってきた。マリーは今まで見たこともないほど暗い表情をしていた。
「マチルダさん、ネイサン、本当に……本当にごめんなさい。謝っても許してもらえないかもしれないけど、私……」
そう言いながらマリーは今にも泣きそうになっていた。
「何を謝る必要があるんだい? あんたもこの店を汚いって思ってるのかい? 違うだろ? 妹が何を言ったってあんたには関係ないよ。ネイサンも気にしてないさね?」
「マリー、僕もまったく気にしてないよ。だからマリーも気にするのをやめて」
マリーは二人の優しい言葉を聞いて泣き出してしまった。
「それにしてもマリー、あんた貴族だったんだね。そっちの方が驚きだよ」
「マチルダさん、黙っててごめんなさい。もう今までみたいに私と接するなんて無理ですよね?」
マリーは貴族と平民の間に壁があることを誰よりも理解していた。貴族だとバレた瞬間、居心地が良いこの場所から去らなくてはいけない覚悟もしていた。
「そうだね。今までと一緒ではいられないね。今まで以上だよ。今日は今まで以上にたくさん働いてもらわないと。わかったかいマリー?」
「マチルダさん……はい! 私頑張る! ありがとうマチルダさん!」
「僕はどうしよう。マリー様って呼んだ方がいいかい?」
ネイサンがマリーをからかうようにそう言った。ネイサンの精一杯の優しさだった。
「もう! やめてよネイサン!」
この短いやり取りでマリーに笑顔が戻っていた。
「さ、働いた働いた! 今日も混むよ」
マチルダがマリーとネイサンの背中を叩いて喝を入れた。
こうしてお祭り前日、三人で働く最後の営業が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます