最終話 一歩踏み出す勇気
目が覚めると、自宅の居間にいた。気が付くなり、幸助はガバッと上体を起こす。
「夢?」
どうやら、ソファで眠っていたらしい。
「よく寝てたね」
振り向くと、父の良助がダイニングテーブルで野球中継を観ていた。
「あ、ごめん! 夕飯――」
「大丈夫、大丈夫。適当にやってるから」
大らかに笑う良助の前には、冷凍唐揚げとお惣菜が並んでいる。
「それより、幸助は? 夕飯まだだろう?」
「今日は、いいや。お昼食べ過ぎちゃって」
悪いと思いつつ、嘘をついた。不思議と、お腹は空いていなかったのだ。
ふと、夢の記憶が蘇る。
「友達を信じてみる、か」
導かれるように、幸助はキッチンへ向かった。
「購買寄ってく?」
「うん。俺、今日はコロッケパンがいいな」
放課後の教室。部活前の、陽太と里中の会話。昨日とほぼ同じシチュエーションの中、幸助は自ら口を開いた。
「あ、あのさ!」
二人が揃って振り向く。その視線に、幸助はやはり固まってしまった。キュッと拳を握る。そして、大きく息を吸い込んだ。
「あのさ、良かったら、マドレーヌ食べない?」
今度は、逃げなかった。
帰り道。
幸助は、昨日と同じく公園に立ち寄り、ベンチに腰掛けていた。しかし昨日と違って、その顔にはすっきりとした表情を浮かべている。
マドレーヌは大盛況。陽太も里中も、美味い美味いと、喜んで食べてくれた。
そして幸助の趣味に、二人はドン引くどころか、なぜ今まで言わなかった、引くような奴だと思っていたのかと、逆にプチブーイングが起きたほどだ。可愛いラッピングについても、母親や姉妹の物が家にあったりして、案外見慣れているらしい。拍子抜けしつつ、幸助は友人たちの寛大さに感謝した。
勇気を出して良かった。あの夢のおかげだ。奇妙だけれど、どこか温かい。幸助は、夢の中でのひと時を思い出して微笑んだ。
そして、鞄からマドレーヌを一つ取り出す。何となく、一つ余分に作っておいた。また会えそうな気がしたからだ。
「そんなわけないか、夢なんだし」
ポツリと、幸助は独り言を呟く。
「良い匂い」
突然、声がした。見ると、少女が幸助の隣りに腰掛け、こちらを見上げている。
「楓ちゃん!?」
小さな足をぶらぶらさせて、楓はニッコリ笑った。
「あれ? でも、耳が。尻尾も無い」
「私が術で隠した」
聞き覚えのある、淡々とした声。気が付くと、目の前に時雨が立っていた。
「お前に会いたいと、楓にせがまれてな」
「夢じゃ、なかったんだ」
幸助は心底驚く。そして胸に込み上げてきたのは、不思議なことに喜びだった。
「昨日は助かった。礼は改めてする」
「そんな、お礼なんて」
時雨の言葉に、幸助は首を左右に振って恐縮する。
「ねぇ。これ、なぁに?」
楓がクイと幸助の袖を引き、マドレーヌを指差した。
「マドレーヌだよ。良かったら、どうぞ」
「やった、ありがと」
幸助から受け取ると、楓はマドレーヌを半分に割り、はい、と片方を時雨に手渡した。いただきますと、二人は同時にマドレーヌをかじる。
「美味いな」
「おいしー」
と、タイミング良くハモった。
その光景に、幸助は思わず笑ってしまった。
放課後は、妖界のオーベルジュで。 月星 光 @tsukihoshi93
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