第5話 妖たちとの食事
「お待たせしました」
緊張した面持ちで、幸助は料理を盆に乗せてテーブルへ運ぶ。長い足を組み、暁は興味深げに目の前に置かれた皿を見つめた。
暁の隣りに時雨、時雨の前に楓が座り、各々皿を眺めたり、匂いをかいだりしている。
今夜のメインは、キーマカレーだ。玉ねぎ、ナス、パプリカを使い、彩り良く仕上げた。付け合わせは、ミネストローネ。そして、鶏ささみ、レタス、ミニトマトのサラダだ。
「では、いただきます」
幸助が料理を運び終え、暁の前に座ったところで、皆が手を合わせた。
暁は、まずキーマカレーを口に運ぶ。すると、僅かに俯き、スプーンを皿にコトリと置いてしまった。
「暁さん?」
口に合わなかっただろうか。ハラハラと様子を窺っていた幸助が、さっと青ざめる。
「う・・・・・・」
暁が小さく呻く。そして、パッと顔を上げた。
「何これ!? めちゃくちゃ美味しいんだけど!」
そう言うと、嬉々として、次々と料理を口に運び始めた。
「美味いな」
「おいしー」
時雨は黙々と、楓はニッコリ可愛い笑顔で食べている。幸助はひとまず胸を撫で下ろし、ようやく自分も食べ始めた。我ながら悪くない出来だと、一つ頷く。
「キーマカレー、挽肉があっさりしていて食べやすいね」
「それ、挽き肉じゃなくて豆腐なんです」
「そうなんだ!? 全然わからなかったよ。辛さもちょうど良い。サラダのドレッシングは、手作り?」
「はい。オリーブオイル、酢、黒胡椒。それと、粒マスタードでピリッとさせてます」
「へぇ。あ、ミネストローネも、塩加減が絶妙だ」
しきりに褒めつつ、暁は味わいながらもどんどん食べ進めていく。そして綺麗に完食すると、深々と感嘆の溜め息をついた。
「あぁ、お腹いっぱい。大満足」
椅子の背もたれに体を預け、暁はお腹をさする。
「喜んでもらえてよかったです」
「期待以上だったよ。野菜たっぷりで彩りも良いし、豆腐もささみもヘルシーなのに食べ応えもある。リクエスト通りに作ってくれたんだね。あぁ、なんかさ――」
突然、暁の頬に大粒の涙がボロリと零れた。幸助はギョッとして慌てる。
「ど、どうしたんですか!?」
「いや、なんか、愛だなぁって。久しぶりに、こんな心の込もった手料理を食べたよ。体型維持の為とはいえ、食事管理を徹底されてて、日々の食事は味気ないし。マネージャーは真面目で優秀だけど、厳しいし」
かなりストレスが溜まっていたらしい。暁の口から、ぽろぽろと不満が飛び出した。
「仕事は好きだし、プライドもある。だけど、たまに疲れちゃうんだよね」
細い指先で、暁はしんみりと涙を拭った。
「あーちゃん、悲しいの? 大丈夫?」
楓が心配そうに眉を下げる。
「大丈夫だよ、ごめんね」
楓に微笑みかけると、暁はグラスの水を飲んで息をついた。
「大変なんですね、モデルさんって」
幸助は、足元に置いた鞄からポケットティッシュを取って差し出した。
「ありがと」
ティッシュを受け取り、暁はチーンと盛大に鼻をかむ。
「暁さんみたいに、人間界で働く妖は多いんですか?」
「そうだねぇ。仕事はもちろん、生活そのものを人間界で行う者も少なくないよ」
「時雨さんは?」
「私は小説家だ。人間界で本を出しているが、時折、出版社に赴く程度で、ほとんどこちらで暮らしている」
どうやら、妖も色々らしい。
「それにしても、何だか心が洗われたよ。良い料理人を見つけたね、時雨」
「料理人だなんて、そんな大げさな」
顔を赤らめ恐縮する幸助の隣りで、時雨は大きく頷いた。
「しかし幸助は、どういうわけか自分の能力を恥じている」
「え、なんで?」
暁が、意外そうに目を丸くする。
「僕、料理もお菓子作りも、大好きなんです。あと、可愛いものも。でも、そんなこと知られたら、友達にドン引きされそうで、怖くて――」
言いながら、幸助はシュンと俯く。その顔に、暗い影が差した。
「なるほどね。友達に距離を置かれてぼっちになったら、人間には辛そうだもんねー」
「料理は、人間が生き延びるのに不可欠の能力。どこに卑下する必要がある」
頬杖をつく暁の隣りで、時雨は腑に落ちない様子だ。
「ほんと、頭が固いんだから。人間社会では、往々にして正論が意味を持たないこともあるんだよ。仮にも人間界で本出してるんだから、少しは人間に興味持った方がいいんじゃない?」
やれやれと、暁が呆れたように溜め息をつく。口では到底敵わないらしい。時雨は、ムスッと押し黙ってしまった。それを横目で見やり、暁は再び口を開く。
「友達のこと、大切なんだよね?」
「それは、もちろん」
「だったら、少しはその友達を信じてみてもいいんじゃない? 引かれるだなんて、単なる思い込みかもしれないよ?」
「それは大いに有り得る。幸助は些か、謙虚が過ぎる」
暁に続いて、時雨も同意を示した。
「まぁ、最悪一人になったって、何とかなるもんさ。ね、時雨」
そう言って、暁はなぜか時雨に水を向けた。
「今日だって、大方、婆やの引退と私の予約が前後しちゃって困った挙句、幸助くんを強引に連れて来たんでしょ?」
暁は全てお見通しのようだ。バツが悪そうに、時雨は目をそらした。
「別に責めやしないよ。まぁ、幸助くんにしてみれば、いい迷惑だったろうけど」
「迷惑というか、かなり驚きました。そういえば、僕はどうやってここへ来たんですか?」
「人間界と妖界は、あちこちで繋がっているんだよ。特に、水辺とか鏡とか、境界が薄くて繋がりやすい場所からは、ある程度の妖力がある者が介在すれば、行き来できるんだ」
「それで、いきなり池に突き落とされたんですね」
釈然としないが、理解はできた。
「まぁ、許してやって。時雨には、相談できるような友達がいなかっただけだから」
暁が悪戯っぽく笑う。図星だったらしく、時雨のこめかみがピクリと動いた。
「というか、一言連絡くれれば良かったのに。お互い携帯持ってるんだしさ」
「まぁ、客は客だからな」
時雨は低く、ぶっきらぼうに呟いた。
「ほんと、変なところで真面目だよね」
暁がクスッと笑う。つられて、幸助も笑ってしまった。
食事を終え、暁は時雨と楓に連れられ、二階の客室へ上がって行った。一人テーブルに残り、幸助はホッと一息つく。大変だった。だけど――。
「楽しかったなぁ」
呟くと同時に、全身から力が抜ける。強烈な眠気に襲われた。ウツラウツラとし始めたかと思うと、幸助はテーブルに突っ伏して、そのまま眠ってしまった。
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