第4話 妖狐来る

 外へ出ると、既に日は落ち、辺りは暗闇に包まれていた。玄関ポーチは、ほのかな灯りに照らされ幻想的な雰囲気だ。

 「来たか」

 そう呟き、時雨はなぜか空を見上げた。不思議に思いつつ、幸助もそれに習う。

 夜空を輝く星に紛れ、遠くの空に、チラチラと赤く光るものが見えた。ゴォッという微かな音と共に、それは段々こちらに近付いて来る。

「えっ!?  燃えてる!?」

 その何かがはっきりと見えた時、幸助は目を見開いて声を上げた。

 それは、車輪が付いた輿だった。左右一つずつある車輪は炎に包まれ、メラメラと燃え立ちながら回転し、滑るように空を走って来る。それも、すごい速さで。

 輿の前には御者が座っていて、木製のハンドルのような物で、巧みに輿を操っていた。御者は藍色の着流し姿で、黒子のように顔を布で覆って隠している。人型をしているが、正体不明だ。

「輿が、飛んでる」

 信じられない光景に、幸助はただ茫然と見入っていた。その間にも、輿は徐々に高度を落とし、やがて玄関前に着地した。

 そして、スルスルと静かに御簾が上がり、輿から降り立ったのは、一人の青年。あまりの美貌に、幸助は思わず息を呑んだ。

  切れ長の目に、すっと通った鼻筋。陶器のような白い肌に、スラリと長い手足。腰まである金髪を、緩く後ろで一つに束ねた、中性的な美形だ。シルクの白シャツにスキニーデニムというシンプルな出立ちが、その華やかさを一層際立たせていた。

「ありがとう」

 青年が、御者に向かって声を掛ける。それを受けて恭しく一礼すると、御者は来た時同様、猛スピードで空を駆け戻って行った。

 「やぁ、時雨。久しいね」

 そう言って、青年は気さくな笑みを見せた。あぁ、と時雨は短く返す。

「楓も、元気だったかい?」

 青年に頭を撫でられながら、楓は笑顔で頷いた。

「あれ? お婆さんは?」

「つい先日、引退された」

「そうなんだ。彼女の手料理、楽しみにしてたんだけどな」

 すこぶる残念そうに、青年は眉を下げる。

「でもまぁ、だいぶお年だったものね。てことは、今日は誰が料理を?」

「彼だ」

 時雨が幸助を目で示す。

「おや」

 青年は、少し離れた所から見守っていた幸助に目を止め、こちらに歩み寄って来た。

「君、人間だよね」

 中腰になり、興味津々といった風に、ずいと顔を近付けてくる。完璧なまでに整った顔に見つめられ、幸助は目のやり場に困る。

「彼は幸助だ。訳あって、助けを借りている」

「へぇ、僕は暁。期待してるよ、幸助くん」

 妖艶に微笑まれ、幸助はつい見惚れてしまう。

「あ、あのぉ。もしかしなくても、暁さんも妖の――」

「ご明察」

 言うと同時に、暁の体にフサフサの耳と尻尾が、ポンと現れる。それは、美しい金色の毛並みをしていた。

「暁は妖狐だ。人間界でモデルの仕事をしている」

 時雨が、相変わらずの淡々口調で説明を加える。

「そう、ですか」

 最早、感覚がマヒしてしまったのか。幸助は、そう答えるに留まった。

 

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