第15話
そこからは拍子抜けするほどあっさりと事は進んだ。
キャロルは大人しく離縁状へとサインし、裁判にかけられるまで牢へと入れられる事になった。
ライラに関しては、既に歪んでしまった性格を直せるかはわからないが、そういった問題児が矯正の為に入る全寮制の学校へ一年間入れられる事に。
恐らくここに居る者達は「無理だろうな・・・」と思ってはいるが、取り敢えず更生のチャンスだけは与えなくてはいけない。
そこで気付くか気付かないかは、自分次第。
何といっても、フライアン侯爵家を継ぐのはライラなのだから。
キャロルと離縁し、さぞや傷つき落ち込んでいるのではと思っていたが、意外にも憑き物が落ちたかのようにすきっとした顔をしているカーネルは、ユスティアにこれまでの事を謝罪した。
それは親子の会話とは思えないほどよそよそしいものだったが、これからは徐々に歩み寄る事ができるのではないかと、周りの人達は秘かに思った。
ユスティアとエドワルドの婚約も、フレデリカによって結ばれたものだと話せば、
「母には先見の明がありました。我が侯爵家からユスティアを嫁がせる選択をしたのならば、それが最良なのでしょう」
と、あっさりと納得。
婚約の事は世間にはしばらくは発表しない為、誰にも話さないよう約束させた。それは、娘でもあるライラにもだ。
ユスティアが侯爵家を継げば、何の心配もなく安泰なのだろうが、将来侯爵家をまわすのはライラの夫となる者。
その選定に関しては、公爵家も協力する事を告げれば、ホッとしたようにカーネルは侯爵家へと帰っていった。
ユスティアは自宅には戻らず、傷が完治するまでは公爵邸に滞在する事になった。
それはほぼエドワルドの希望によるものなのだが、たった数日ではあるがユスティアにとっても心地よい場所となっている事は間違いない。
そしていつも通り当然の様に、ユスティアの隣にはエドワルドがいた。
「ティアは僕の婚約者なのだから、ずっとここに住めばいいんじゃないか?」
彼女が成人である十六歳になれば、すぐに結婚するつもりだ。
しかもお隣同士・・・・家同士かなり距離が開くが、隣人なのだ。別にこのまま一緒に暮らしてもいいではないか・・・と言うのがエドワルドの主張である。
「でもねルド、世間体というものがあるでしょ?」
どちらが年上かもわからないくらい、ユスティアは聞き分けのない子を諭すように、エドワルドの頭を撫でる。
この数日でお互いを愛称で呼び合う位は仲良くなった。というか、ほぼ、エドワルドのごり押しでそうなったのだが・・・
頭を撫でられうっとりと目を細めるも、不満そうに唇を尖らす彼を他人が見れば、巷で話題の氷の美貌を持つ令息だとは誰も信じないだろう。
エドワルド・ライト公爵令息は、美しい王族で有名なこの国の王弟の息子、次期公爵だ。
この国では十六歳で成人し、社交デビューとなる。
その前から彼の美しさは有名で、妻帯者であるディビッド共々女性から常に狙われているのが現状だった。
だが意外な事にディビッドは妻一筋で、どんな誘惑をも軽く否していた。
息子のエドワルドも、浮いた噂一つもなく社交に出ても表情を崩す事がない。
そして令嬢に対するそっけない態度から「永久凍土」と言われていた。
彼に言わせれば、ユスティア以上に魅力的な女性はいないのだから、全てが同じ顔に見えてしまうのだという。
当然、釣書きは国内外問わず山の様に送られてくるが、全てお断りしていた。
国も安定していて、無理に他国の王族や国内の有力貴族と縁を結ばなくてはならない訳でもない。それこそ、余計な火種を生んでしまいそうで、反対に敬遠しているくらいだ。
それよりなにより、可愛らしくも美しい婚約者にべた惚れなのだから、他の人など眼中にもない。
フレデリカから送られてくる絵姿や近況報告が届いた一週間ほどは使い物にならないくらい、でろでろに溶けてしまう。
ユスティアには話していないが、何年か前に一度ユスティアに会いたくて、フライアン侯爵家の領地にお忍びで訪れた事があった。
その当時はまだ弱っていながらもエイトも存命中で、エドワルドの訪れを微笑ましく迎えてくれたことを覚えている。
この婚約は当人でもあるユスティアには知らせていない、所謂「極秘婚約」なのだ。そして(仮)とも付く。
(仮)だからこそ深くかかわらないほうがいいのでは、というのがエイトの考えだった。こちらの都合で、お家騒動に巻き込んでしまっているという負い目があるから。
だが、フレデリカはそう思っていないようで、まめに絵姿や近況報告を送っていた。
その行動が、フレデリカの思惑通りになったのかもしれない。
エドワルドがユスティアに好意を寄せたのだから。
たった一日の、逢瀬。―――と言えるのかは定かではないが、エドワルドがそう言うのであれば、そうなのだろう。
ただ(仮)の極秘婚約同士であり、ユスティアはその事を知らない。
その為、エドワルドは身分を隠し、変装して彼女と過ごした。
それはずっと夢にまで見た、好意を寄せた人との逢瀬・・・
たった一日ではあったが、舞い上がって舞い上がって、抑える事に必死だったことを未だに覚えている。
そして、言葉を交わし触れ合う事で、これ以上好きになる事があるのかと言う位ユスティアに落ちてしまい、独占欲の塊のような男になってしまった。
行き過ぎた愛情と独占欲は、時に人をここまで変えてしまうのだな・・・と、父親であるディビッドも呆れてしまうほどに。
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