第2話

どこからどう見ても金目当ての結婚。

陰で笑われている事も知らず、カーネルとキャロルは両家の反対を押し切り結婚した。

反対だったとはいえ、将来の侯爵家夫人である。家庭教師をつけ必要最低限な事だけでもと勉強させようとするのだが、当然のことながら身になる事は終ぞなかった。

男に媚びる事は得意だが、貴族としてのマナーや振る舞いは全く身につかず、それによって家庭内での雰囲気が悪くなる一方。

そんな中、キャロルが妊娠。双子の姉妹を出産した。

当初は本当にカーネルの子なのかと疑われていたが、生まれた子は間違いなく息子の子なのだとほっと胸を撫でおろしたのは当主夫妻だけではなかったことは言うまでもない。


双子のうち、姉として生まれた子は憎き姑にそっくり。片や妹として生まれた子は母親である自分にそっくり。

憎悪の対象でもあるフレデリカにそっくりなユスティアを、キャロルは意識的に排除しようとし、遠ざけた。


育児放棄ともいえるそれに、ユスティアを当主夫妻が育てると言う、いびつな家庭環境ができてしまったのだった。

だが、結果的にはユスティアにとってはそれが後の幸せに繋がっていくのだが。

同じ邸内に住んでいるのだから、まったく顔を合わせないと言うことは無い。

そんな中でもユスティアとライラは、お互いが姉妹だという事は理解していた。

ユスティアは当主夫妻から厳しくも溢れるほどの愛情を注がれ、幼いながらも賢く美しい令嬢へと育っていく。

だからだろうか。生みの親が妹だけを可愛がっている事実を見聞きしても、これといって何も思わなかったのは。

一方、実母に育てられているライラはというと、まさにキャロルの小型版としか言いようがなく、ただひたすらに我儘で強欲に育っていた。

自分だけが両親に愛されているのだと、姉であるユスティアはいらない子なのだと優越感に浸り、見下すようになっていく。

そしてユスティアの持ち物を奪おうと、両親に・・・特に母親に泣きつき、それを当主夫妻に叱責されるという平穏とは程遠い日常が始まるのだった。


それでも微妙な均衡を保っていた日常。それが崩れたのは、当主でもあったエイトが病で倒れた事がきっかけだった。

安静が必要と診断され、当主の座を息子であるカーネルに譲り、療養の為領地へと戻ることにしたのだ。

当然、ユスティアは祖父母についていくつもりでいた。ここに残るなどと言う選択肢など、初めから無い。

自分の親は祖父母なのだと、内外に公言するほどだったから。


領地でのユスティアは、のびのびと育っていった。

フレデリカは自分がそうであったように、領民との交流も大事にさせ、そのおかげもあってユスティアは領民からとても愛されていた。

エイトが病で永眠し、葬儀の為に訪れた現当主夫妻が嫉妬にかられるほど、領民との親密さを見せつけていた。

だが幸せだった日常も、フレデリカが亡くなる事により終わりを告げる事となる。ユスティア、十四歳の春の事だった。

領地にとどまりたかったユスティアだったが、成人とされる十六歳まではまだ二年もある。

よって、祖父母亡きあと当然のことながら彼女の親権を持つのは、名ばかりとはいえ両親となるのだ。

王都に呼び戻される事になり、憂鬱な日々が待っているのだと暗澹たる気持ちに溜息を吐く日々。

王都に戻れば想像通り、ユスティアに優しくない家族。

そして、なんでも奪っていこうとするライラ。


そんな中で予想通りの事件が起きてしまった。屋敷に戻り、たった二日後の事だった。

フレデリカの形見でもある、アレクサンドライトと言う珍しい宝石のペンダントを、ライラが奪おうとしたのだ。

母親でもあるキャロルは「姉なのだから譲ってやれ」と言う。

そんな彼女らに「何が姉だ」と反発するユスティア。

力ずくで奪おうとするライラを拒絶したことで、キャロルがユスティアにとうとう手を上げたのだ。

か弱い女性とは言え、渾身の力でたたかれたユスティアは吹っ飛び机の角に頭をぶつけ、流血沙汰となってしまった。

傷は深くはなかったものの、額からと口の中を切ったのか唇から血が流れている。

殴られた頬を押さえ睨み付けるユスティアに一瞬ひるむキャロルだっったが「言う事を聞かないお前が悪いと」罵ってくる始末。

「誰がお前を養っていると思うの!」

「本当はライラだけいれば幸せだったのに!」

「ライラと違って可愛さの欠片もないお前なんて、嫌われて当然なのよ!」

「あんな鬼ババァに育てられたお前が、可愛らしいわけないんだろうけどね!」


次々と吐き出される、罵詈雑言。

汚い言葉に何一つ反応しなかったユスティアだったが、最後の一言でギリギリ保っていた理性の糸がブチ切れた。

別に我慢していたわけではない。自分に対する虐待などの証拠が欲しかったのだ。

生前フレデリカから口酸っぱく言われていた事がある。


「まだ養われる立場でしかないあなたには、何の力もないわ。体力も権力もね。

だから証拠を集めなさい。あなたに日記を付けさせる習慣をつけさせたのはその為よ。

もし、最悪な事にあいつらが手を出してきたならば、教えた通りの場所へ逃げ込むのよ。

無力な子供に手を上げるなんて、鬼畜の所業でしかないのだから、遠慮する事無く反撃しなさい。あなたの味方は必ずいるから」


フレデリカは、当然のことだがユスティアを残してこの世を去っていく。

だからこそ、ユスティアを守るための布石をあちらこちらに打っていたのだ。


そんな祖母の言葉を胸に黙っていたのだが、最愛の人の悪口を言われ黙っていれるほどユスティアはできた人間ではない。

「ふざけんなよ!この毒親がっ!!」

美しい彼女の口から吐き出されたのは、キャロルもあっけにとられるほどの、貴族らしさの欠片もない辛辣で毒のこもった言葉だった。

「な・・・親にむかって・・・」

「はっ!何が親だ!私が産まれ落ちた時からあんたの乳なんて与えられもしなかった!」

産まれた瞬間からユスティアは母親の乳を拒絶され、祖父母の許へと託されたのだ。

「私が今こうして立つことができているのは、惜しみない愛を注いでくれた祖父母がいたから。お前を親などと思った事など一度もないっ!」

額と口から血を流し、鬼気迫る顔で叫ばれキャロルとライラは「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、後退る。

領地での生活は貴族達よりも領民達との付き合いの方が多かったために、言葉遣いも庶民寄りだった。それは元王女のフレデリカも同じ。

しっかりと場をわきまえて使い分ける事ができれば、誰も何も言わない。

ライラの様に、いつでも誰にでも同じ態度で許される時期は、もうとうに過ぎたのだから。

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