それぞれの愛のカタチ

ひとみん

第1話


「ユスティア・フライアン侯爵令嬢。私はあなたの妹でもあるライラ嬢と共に生きていきたいと思う」


先程まで騒めいていた会場がしん・・・と静まりかえり、ユージン・コックス伯爵令息の、決して大きくない声が響いた。


此処は、コックス伯爵邸。

コックス伯爵家の次男ユージンの、二十二歳の誕生日を祝うパーティが開催されていた。

会場でもある邸宅では、ユージンと親しい人達だけを呼んだアットホームなパーティが開かれていて、気心知れた友人ばかりという事もあり、皆がお祝いの言葉と共に今日の主役でもある美しいユージンと談笑していた。

少し癖のある金髪は、シャンデリアの光を浴びキラキラと輝き、深く澄んだ青色の瞳は誰をも魅了する。

すっと通った鼻筋に、優し気な眼差し。いつも柔らかな笑みを浮かべている彼の二つ名は「微笑みの貴公子」。

女性に大人気の彼は、適度な浮名は流すものの婚約者はいなかった。

だが、このパーティで婚約を発表するのではと言う噂が流れていたのだ。


そんな中での、宣言。

そして、ユージンの後ろには、彼の背にすがる様にユスティアの妹でもあるライラが、笑いを堪えるかのような表情で姉を見ていた。

傍から見れは、振られた姉を気の毒そうに見る、可憐でか弱い妹に見えなくもない。

そんな彼女をちらりと確認しつつ、ユージンへと視線を戻す。

そして、悲しみをこらえているようにも見えなくもない表情で微笑み、美しい所作でドレスをつまんだ。

「承知しましたわ。どうか妹をよろしくお願いいたします」

そんな彼女の言葉に「承知した」と大きく頷き、ライラへと跪いた。そして、

「ライラ・フライアン侯爵令嬢、私ユージン・コックスはあなたを愛しています。どうか私と結婚してくださいませんか?」

そのどこか芝居がかった求婚に、ライラは感極まったように目に涙を溜め「喜んで!」とその手を取った。

その瞬間、パーティ参加者から安堵の溜息と共に歓声が沸き上がり、拍手が会場に鳴り響く。

本当に、傍から見れば恋愛ものの芝居を見ているようで、ユスティアは笑いそうになってしまう。

表情をまだ取り繕えるうちにと、盛り上がる二人を一瞥し、ユスティアは足早にその会場を後にしたのだった。





ユスティアは十六年前、フライアン侯爵家の長女として生を受けた。

ライラとは双子の姉妹であると共に、数分早く生まれただけで姉と言う立場を理不尽にも押し付けられた、可哀想な娘でもある。

双子の姉妹とはいえ、二人は全く違う性格と容姿をしていた。

ユスティアは父親カーネルの母親、つまりは祖母フレデリカにそっくりだった。

祖母のフレデリカはこの国との同盟国の第一王女でもあり、当時傾国と謳われるほどの美貌の持ち主。

黒く艶やかな髪に、アーモンド形の大きな瞳は宝石眼の如く青く煌めいている。

その彼女にそっくりと言われるユスティア。幼少時よりその美しさは有名で、彼女との縁を求める貴族が後を絶たないほどだったという。

これと言ってパッとしない容姿の祖父エイトではあったが、優しく穏やかな性格をしていて、フレデリカは優しさだけではない心の強さに惹かれたのだといつもユスティアに語っていた。

ユスティアは両親には似ず、余すことなく祖父母の良い所ばかりが受け継がれた非の打ちどころのない女性として成長していった。

対し妹のライラは、母であるキャロルにそっくりの焦げ茶色の癖毛に緑色の瞳をしており、可愛らしい容姿をしている。

母と並べばまごう事なき血の繋がりがわかるほどには、そっくりだった。

そして最悪な事に、その性格までそっくりで貴族令嬢とはいいがたい、皆が眉を顰める様な令嬢へと成長していく。

それもこれも全て、祖父母と両親の不仲が原因とも言えた。


当時、当主でもあったエイトとフレデリカは息子カーネルとキャロルの結婚を大反対していた。

と言うのも、キャロルは一応男爵家出身ではあるが、ほぼ平民同様の生活をしており、貴族としての教育が全くなされていなかったのだ。

キャロルの両親も、貴族に嫁がせる気持ちは無く、良くて裕福な商家に嫁がせようとしていたのだが、フタを開けてみれば侯爵と言う高位貴族をつかまえてきた事に腰を抜かすほど驚いたと言う。

ただの平民寄りの男爵家と言う理由だけでは、エイトたちは反対はしない。

元第一王女のフレデリカではあるが常に国民に寄りそい、よく町に遊びに来るお転婆王女として自国では大層人気があったのだ。

だが、キャロルの素行には顔を顰めてしまう事が多々あり、これには温和な父も、元王女ではあるが選民意識の少ない母も快諾はできなかった。


貴族間での彼女は、男性にだらしない事ですでに有名だったのだ。

家計を助けるために夜の接客商売をしている事に関しては、別にどうでもいい。

彼女が働いていた店は国内でも有名な高級クラブで、身体を売るなど一切ない健全な店として有名だったから。

その店で働く女性たちの中には訳アリの令嬢も多く、キャロルの様に貧しい貴族令嬢などもいた。

接客態度に関してもとても厳しく、知性と教養をも求められ所謂貴族教育をも施されていた。

だが規律に触れる事さえしなければ、ある程度は自由が許されてもいたのだが・・・

貧しさからの反動なのか、そもそもの性格が表に出ただけなのか、可憐さと純朴を売りに一番人気へと上り詰めたキャロルは、男漁りを始めるようになる。

礼儀作法の勉強すらまともに身に付かず、平民じみた態度が一部で受けていたのだ。

客層のほとんどが、貴族。色々とわきまえている彼らは、遊びで彼女と寝る事はあっても、本気で付き合おうとする者はいなかった。

そんななかで間抜けな事に、彼女に騙され引っかかったのがカーネルだったのだ。

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