第4話 本当の暴力

 イリスは泣きながらシャルロットを睨み付けた。


「これがあなたの筋書きなんでしょう? わたくしを悪者にしてルイ様を奪うなんて」


 イリスは今それを言うことが正解ではないことはわかっていた。しかし、どうしても言わずにはいられなかった。


「そんなことありません! ルイ様から好意を伝えていただいた時はわたくしとても悩んだのです。 わたくしはずっとイリス様とも仲良くしたいと思っておりましたもの」


 悩んだ、仲良くしたい、その言葉を聞いた瞬間イリスは思わずシャルロットの肩を押してしまった。小柄なシャルロットはバランスを崩してその場に尻もちをついてしまった。

 以前、この光景を学園の中庭で見た者もその場には多くいた。まさにその再現であった。以前と違うのはこの場にルイがいるということ。


「何をしているんだ! 暴力はやめるんだ!」


 ルイが座り込んで泣きながら震えるシャルロットの肩を抱き、イリスを睨み付け怒鳴りつけた。みんなの視線は『悪役令嬢イリス』に向けられている。そんな中、泣いているはずのシャルロットが微笑んでいるのをイリスだけは見逃さなかった。両手で顔を覆うその隙間から口角が上がったのが見えたのだ。


「暴力ですって? 彼女はわざと大げさに倒れたのですよ! 少し肩を押したことが責められて相手を故意に陥れることは責められないのですか? それだって暴力ではないのですか? わたくしの心は傷ついていないとでも?」


「何をわけのわからないことを言っているんだ。 みんなの前で暴力を振るうなんて……卒業取り消しで退学だってありえるんだぞ。 今までも何度も何度も陰でシャルロットに暴力を振るっていたことは知っているんだ」


 もし本当に自分が悪役令嬢なのであれば、ヒロインにはルイが気高く優しいヒーローに見えているだろう。悪役令嬢を断罪する正義の人、ルイ。シャルロットの嘘を疑いもせずに受け入れているルイ。そのルイの自分に対する憎悪がハッキリとわかってしまった。心から愛する人が自分から離れていった事実。イリスはもうこれ以上どうにもならないことを悟った。


「我が肉体よ、限界をさらに超え力を示したまえ……身体強化」


 イリスが小さくそう呟くとイリスの体が光に包まれた。


「我が肉体よ、限界をさらに超え力を示したまえ……身体強化」


「我が肉体よ、限界をさらに超え力を示したまえ……身体強化」


 イリスの体はさらに強く光り輝いた。


「なんだこれは? どうなっているんだ?」


 聖女にのみ扱える光の魔法。誰も見たことのないその力に周囲はまたざわめきだした。


「そんなに暴力だと言うのなら本当の暴力をお見せしますわ」


 イリスはそう言うと一瞬でシャルロットの背後に回り込んだ。そして力いっぱいシャルロットを投げ飛ばした。小柄なシャルロットは数秒間宙に浮き、数メートル先にドスンと落ちた。一瞬の出来事にルイをはじめとして皆状況を理解するのに時間を必要とするほどだった。


 間髪を入れずにイリスは吹き飛んだシャルロットのもとに移動した。それは瞬きをすれば見逃してしまうほどの一瞬の出来事であった。


「母なる大地よ、この者を癒したいと願う我に力を与えたまえ……ヒール」


 イリスがそう呟くと、シャルロットは光に包まれみるみるうちに傷が癒えていく。


「死なれたら困りますからね。 治して差し上げますわ。 さぁ続きをしましょう」


「おい! 何をしている! やめるんだ!」


 ルイがイリスの肩を強く掴んだ。周りで見ていた男たちもイリスをとめようと駆け寄ってきている。その瞬間イリスは振り向いてルイの腹部を下から思いっきり殴りあげた。ルイの体が地面から数センチ浮くと、続けてルイの体を連続で何発も何発も殴りあげた。


 バンと鈍い音がしてルイが地面に叩きつけられた。


「母なる大地よ、この者を癒したいと願う我に力を与えたまえ……ヒール」


 イリスはシャルロットの時同様、魔法でルイの傷を癒した。その後、再びシャルロットの方に歩み寄ると馬乗りになりひたすら殴り続けた。

 

 殴っては癒し、殴っては癒しを繰り返した。その間イリスは泣いていた。


 ルイはもうシャルロットを助けようとはせず、ただ震えていた。イリスを止めようとする者は誰もいなかった。イリスの見せた本当の暴力、それは時間にしてほんの数分の出来事であった。

 

 最後にイリスはシャルロットを治すとゆっくりと会場を出て行った。ルイとシャルロットは傷ひとつ付いていない。もちろんそれは体の傷の話であり心にはしっかりと恐怖が植えつけられていた。


 会場を出たイリスは通路に立てかけられていた大きな鏡に映った自分を目にした。返り血を浴びて赤く染まったドレスを纏ったその体は聖なる白い光と黒いモヤに包まれていた。

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