第74話 早く払いなさいよ
そのマーサはグレースランド北西の要塞を拠点にしてキリヤートの好意で使わせてもらっている彼らの要塞の会議室にてサナンダジュ側と交渉をしていた。サナンダジュも合意書に記載されてある金額を支払う事は問題ないがその支払いのタイミングについてはアヤックから捕虜返還に伴うアヤックからの入金後にして貰えないかと提案されている。
「アヤックと貴国との交渉については我々は一切ノータッチの立場です。そちらの交渉に関与する気は全くありません。合議書はあくまで貴国と我が国との2国間交渉の結果であるという認識ですし貴国においても同様の認識であると理解しております」
と全く受け入れる気が無い事を強調する。
事実その通りなのでサナンダジュも強くは言ってこられない。この交渉はラーム騎士団師団長がサナンダジュ側の代表として列席していた。
「そちらの仰る事は尤もでありそれについては異論をはさむ余地が無いのは我が国も理解しております。従って今我が国が提案した支払い時期の延期については要求というよりも我が国からのお願いということで何とかご協力願えないだろうか」
「それほどまでに貴国の財政はひっ迫しているのですか?」
平民出身で20代にして魔法師団副師団長まで登っていったマーサは魔法の技術や性格、人間性はもちろんそれ以外に極めて頭脳明晰である。しかも今回はグレースランドは協力者の立場であり元々は断る事も出来た依頼を受けて実行したという背景もある。彼女が交渉で強気に出るのは当然であり、一方ラームもグレースランドが強気に出て来るその理由を十分に理解していた。
「自国の財政状況を他国に話すのは本来であればあり得ない話ではあるが、貴殿が言われた通りに現在我が国の財政状態は厳しい状況にあるのです」
2度に渡る南侵、その後北のアヤックとの1年半にも渡る戦争にてサナンダジュの金庫にはほとんど金が残っていない状況だった。もちろん払えと言われれば払える事はできるがそうなるとその後の国内の復興事業等に回す金が大きく減少してしまう。アヤックとサナンダジュの捕虜返還交渉は始まったばかりだ。決着までに数か月はかかるだろう。その間の支払い猶予を取り付けるべく交渉というよりはお願いベースでの話となっていた。
「支払い延期、猶予となれば私単独で決断することはできません。本国との協議が必要になります。それで本国に説明するに当たり今回の貴国とアヤックとの北部での戦闘がどういう決着になったのか教えて頂けませんか?でないとただ待ってくれだけでは本国も納得しませんので」
言葉が詰まったラーム。ただマーサに内情を説明できれば猶予を貰えるかも知れない。暫く間があってからラームが話しだした。
今回のブライアンの参加によってアヤック軍との戦闘を終結させたサナンダジュ。西と中央の敵の要塞は街道が封鎖後に兵糧攻めの陣形で要塞を取り囲んだ1週間後には投降してきたという。各要塞にいた敵兵は3,000名程で2か所の要塞で6,000名が捕虜になったという。
最後の東の要塞はブライアンが街道封鎖後に要塞を竜巻の魔法で攻撃。この攻撃で敵兵約100名が戦死、その後要塞に突入した戦争で敵兵士が1,000名程戦死したところで降伏してきた。生き残った2,000名弱が捕虜となっているらしい。
「つまり貴国は8,000名の捕虜を抱え、今まさにその捕虜たちの返還交渉を行っているということですね」
「その通り。お互いに雪が積もる2か月後までに全てを終えたいと考えているが今日明日に決着する話でもないのです」
聞いていると8,000名の捕虜の返還で入ってくる金貨の半分程がグレースランドへの支払いになるのだろう。捕虜の返還に伴う補償金はおおよその相場がありマーサはもちろんその相場感を持っている。
本国と相談させてもらいますと一旦キリヤートの要塞を出た彼女は自国の要塞に戻ると王都に通信を送った。すぐに王都のアレックスに状況を説明し通信でのやり取りを行う。
その翌日再びサナンダジュと交渉を持ったマーサ。
「本国と相談しました。こちらとしては合意書に記載されている金額の半分、50%は直ぐに支払って頂き、残りの50%については最初の50%を支払った日から2か月以内に支払い願いたい。これが最終の提案となります」
席上でそういうとすぐに本国の了解を取り付けると今度はラームが言った。結局グレースランド側の要求を受け入れサナンダジュは50%を即金、残りは2か月以内に支払う事になり新たな合意書が締結された。
交渉を終えたマーサが王都に戻ってきたのは王都を出てから5カ月後の事だった。
「長期間の交渉、お疲れだったな。良くまとめてくれたぞ」
王城の会議室で陛下が言った。頭を下げるマーサ。この部屋には陛下以下ケビン宰相、情報部のアレックス部長そしてマシューにワッツといういつものメンバーがいる。陛下の言葉に頭を下げるマーサ。
「それにしても戦争とは本当に金を浪費するものよ」
「全くです。金はもちろん貴重な兵士も失います。それで勝てればまだ良しですがそうでないと悲惨なことになりますな」
国王陛下と宰相とのやり取りを聞いている他のメンバー。やり取りが終わると国王陛下がテーブルの反対側に座っている4人を見て言った。
「皆の者良く頑張ってくれた。余からも礼を言う。皆の仕事はここまでだ。残金の回収については官僚でも十分だろう。長期に渡りご苦労だった」
その言葉に頭を下げる4人。
「これで暫く大陸は静かになるだろう。アレックスは引き続き他国の情報収集と他国からやってくる間諜の排除。マシュー、ワッツ、そしてマーサは本来の師団の業務に戻るということになるな」
ケビン宰相が言うと4人はそうなりますと答える。返事を聞いた宰相が続けて言った。
「ここ2年程、我が国の周辺で色々とあった。特にサナンダジュのキリヤートへの侵攻については場合によっては我が国の兵士達も戦闘に巻き込まれたかもしれぬ。ブライアンがいてくれたおかげで我が国は兵士を失わず、戦争による多額の戦費の支出もせずに済んだ。彼にはいくら感謝しても感謝しきれる程だな」
「ケビンが今申した通りだ。ブライアンのおかげで国民に不安や忍耐を強いることなく大陸に平和が来たのは何よりじゃ」
陛下はそう言ってからそのブライアンは最近どうしておるのだと聞いてきた。
マーサは王都に戻ってすぐだったので陛下の言葉にはワッツが答える。
「以前と変わらぬ生活を送っておる様です。週に2、3度は地方の田舎に飛んで道を整備していると言っておりました。残りの日は午前中は妖精と共に魔法の鍛錬をし午後は王都の自宅かジャスパーの家で妖精達と過ごしている様です」
ワッツの報告を聞きながらうんうんと頷いている国王陛下。貴族連中を相手にするときは強面の表情で報告を聞き、時に命を下す陛下だがブライアンの話になると貴族連中には見せない表情になる。
「全てが落ち着いたタイミングでまた彼の家に邪魔しようと思っておる。皆の者、済まぬがまた内密で手配を頼むぞ」
「「仰せのままに」」
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