第73話 百戦錬磨vs田舎者
北西にあるグレースランドの要塞を出たブライアンはそのまま王城に顔を出した。転移の前に腕輪に魔力を通していたので飛んだ先ではワッツが待っていた。
「ご苦労だったな。早速だが城に行こう」
ブライアンが予定通りに戻ってきた。それが意味するものを理解しているワッツ。いやワッツだけではなく師団長のマシューやケビン宰相そして国王陛下までもが理解している。彼が失敗する事はあり得ないと。
城の中にあるマシューの執務室に顔を出すと部屋にいたマシューが机から立ち上がってドアに近づいてきた。ソファに座っていた情報部のアレックスも立ち上がる。
「陛下と宰相がお待ちだ、このまま向かうぞ」
結局ソファに座ることもなくマシューとワッツ、アレックスとブライアンの4人は王城の中を歩いて謁見の間ではなく国王陛下の会議室に案内される。部屋に入るとそう待つことなく国王陛下と宰相が部屋に入ってきた。頭を下げ、陛下が大きな椅子に座ると残りのメンバーも着席する。
「ご苦労だった、ブライアン。早速だが報告を聞こうか」
「畏まりました」
そう言ったブライアンが5人の前で事の顛末を時系列に沿って説明していく。それを黙って聞いている陛下以下のメンバー。魔法で大きな岩をいくつも運んで街道に下ろし、魔法で土砂崩れを起こして街道を封鎖したくだりでは表情を変えたが何も言わずに最後までブライアンの話を聞いていた。
「ご苦労だった、ブライアン。そしてフィル殿も大変ご苦労であった」
国王陛下がブライアンと肩に乗っているフィルにお礼を言った。
『どういたしまして』
と優雅に一礼をするフィル。ブライアンが通訳すると陛下の表情が緩んだ。
黙って報告を聞いていたケビン宰相もブライアンとフィルにお礼を言ってから続けて言った。
「こちらは合意書に基づいた仕事をきっちりとこなした。アヤックとサナンダジュ間の交渉がどうなろうが関係ありませんがサナンダジュ側よりはしっかりと貰う物を貰わないといけませんな」
「それについてはマーサより既に先方に対して事後処理の交渉をスタートしましょうと申し入れをしていると通信で連絡が来ております」
情報部長のアレックスが言った。彼は王都側でのマーサとの窓口となり日々魔道具通信でやりとりをしている。
「普通に考えればサナンダジュはまずはアヤックと停戦交渉、捕虜の返還等の方に軸足を置くだろうが我が国としたらそれは関係のない話だ。マーサが申し入れている通りこちらとの話も急いでもらわないとな」
陛下の言葉に大きく頷く3人。その陛下は顔をブライアンに向けると言った。
「今回もお主に大きな仕事をして貰った。お主のおかげでこの大陸も少しは落ち着くだろう。ご苦労だった」
黙って頭を下げるブライアン。
「余との約束通りこれよりブライアンは自由となる。お主の好きに生きて良いぞ。とは言うものの余の思いを言っても構わぬか?」
「もちろんでございます」
ブライアンとしてはそう言わざるを得ない。相手は国王陛下なのだ。勘弁してくれとは言えない。
そんな心の思いを知ってか知らずか国王陛下はブライアンを見て言葉を続ける。
「お主がわが国内のあちこち、特に地方の小さな村々を周って人々の為に魔法を使って生活をよくする手伝いを事をしたいというのは当初から聞いておる。それはこれからも続けて貰いたい。ただ田舎に引っ込むのではなく王都にもたまには来て貰えぬか?今の家はブライアンの持ち物となっておる。それはそのままお主の家ということで構わぬ」
『いい話じゃないの。フィルはいいと思う。妖精達にとっても王都のあの家も居心地が良いからね』
部屋に入ってからブライアンの肩に乗って時折足をブラブラとさせているフィルが言った。
「妖精のフィルも王都のあの家は気に入っておる様で引き続き住めるのなら嬉しいと申しておりますし私もそれについては問題ございません。辺境領の田舎と王都という二重生活になりますが幸いに魔法を使えば行き来が楽ですし」
「そうか。それは重畳。王都のあの家があれば余も時々顔をだせるしの」
陛下が言うと会議室に笑い声が起きる。笑い声が収まると真面目な顔になった陛下。
「次にお主の地位だ。今は余の直属の魔法使いとなっており魔法師団とは別の所属になっておる」
確認する様に言う陛下の言葉にいかにもその通りでございますと返事をする。
「余は約束した。もうお主を頼る事はしないとな。ただ地位だけは今の余の直属でいてくれぬか。余の直属の魔法使いという地位を外すと余とお主との関係まで途切れてしまいそうな気がしての」
こういわれるとブライアンも返す言葉がない。普段から魑魅魍魎の衆である貴族たちを相手に会話をしているだけはある。表現はマイルドでブライアンを立てているが断る選択肢を示してこない。
「ありがたきお言葉でございます。自分としましては今後戦争、紛争において矢面に立たないのであれば今の国王陛下直属の魔法使いという地位のままでも問題ございません」
ブライアンがそう言うと陛下が喜色満面の笑みを浮かべる。
「しばらく揉め事は無いだろうとは思うが、万が一その様な事態になってもマシューやワッツがおる。お主は好きに生きればよいぞ」
「ありがとうございます」
これでブライアンは引き続き国王陛下直属の魔法使いとして自由に生きていくことになった。
ケビン宰相によると引き続き陛下直属の魔法使いということで既に住んでいる王家のコインはそのままブライアンの持ち物にしても良いということ、そして今回のアヤックとサナンダジュとの紛争における彼の貢献に対して多額の報奨金が渡されると同時に王家直属の魔法使いとしての給金の額も大幅にアップするそうだ。
「陛下にああ言われたら断れないよな」
「こちらが断れない様な言い方をされてくる。百戦錬磨の国王陛下と田舎の魔法使いとでは最初から結果が見えてた」
王都のブライアンの自宅の庭のテーブルに座ってワッツとブライアンが話をしている。マーサは北西の要塞に詰めていてサナンダジュと交渉中だ。王城に出向いて陛下と宰相に報告を済ませてから2日後、ワッツが自宅にやってきた。陛下に負けたと言っているブライアンだがその表情はにこやかだ。
「陛下はずっと自分の事を気にかけてくださっている。一国の王様にここまで気にかけて貰えるってのは一国民にとっては有難いどころの騒ぎじゃない。そして大事なことは自分も陛下が好きだということだよ。正直あの様に言ってくださって嬉しかったというのが素直な気持ちだよ」
ブライアンが言うと肩に乗っているフィルがブライアンの肩をトントンと叩いた。褒めてくれているらしい。
ブライアンの言葉、そしてフィルの仕草を見ていたワッツ。
お前はそういう奴だから皆から好かれるんだよ。
「それでこれからはどうするんだ?」
「陛下の前で言った通りだよ。たまに田舎に戻り週に2,3度は地方に出向いていく。それ以外はこの国の人がいない場所でフィルと一緒に魔法の鍛錬だな」
そう言って庭に目を向けるとフィル初め妖精達が木々の間を飛び回っている。
「暫く戦争は無いんだろう?」
庭に目を向けたままでブライアンが言った。
「無いな。アヤックは街道を封鎖され戦費と捕虜の返還に関わる経費がとんでもなく多いだろう。財政は火の車のはずだ。サナンダジュもしかり。どちらも金欠でとても他国に侵攻する余裕はないだろう」
ブライアンはワッツに顔を向けると言った。
「なら自分が国王の直属の魔法使いと言っても好きに動けるな」
「もちろんだ。そして俺とマーサは何もなくても顔を出すぞ」
「おお、それは是非頼むよ。いつでも歓迎するよ」
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