第72話 完璧な仕事

 ブライアンが杖で地面をトンと叩くと彼の姿がその場から消えて次の瞬間ブライアンは南のサナンダジュの要塞の入り口に立っていた。開いている門から中に入ると指揮官であるチャドがいる会議室に案内される。


「街道の封鎖作業は上手くいったみたいだな」


「丁度北からアヤックの補給部隊が近づいてきたが回れ右をして帰っていきましたよ」


 ブライアンが言うとよかった、ありがとうと礼を言うチャド。


「それでこれからだがどうやってあの要塞を落とすつもりなのかな?」


「アヤックの補給部隊には岩を魔法で移動させているのを見られています。自然現象という言い訳も通じないでしょう。当初は要塞を氷漬けにしようかと思っていましたがそれよりも要塞の中で暴風を起こした方がそちらも後処理が楽じゃないかと思ってます」


 ブライアンの考えは敵の要塞に暴風を起こすのでそれが収まったタイミングでサナンダジュ軍が要塞に進軍すれば簡単に要塞を落とせるのではないかということだ。チャドもその作戦に同意し直ちにサナンダジュ軍の要塞侵攻作戦が開始された。


 4,000名程いる兵士が北にある要塞を目指して進軍を開始すると当然アヤック軍もその姿を見て戦闘の準備を開始した。


 準備が整いブライアンを先頭にしてサナンダジュの大軍が敵が抑えている要塞に近づいたところで進軍を止めさせたブライアン。彼がアヤック軍が抑えている要塞に向かって杖を突き出すと要塞の上空に大きな渦が発生し、それが竜巻となって要塞に降りていった。


「相変わらず強烈な魔法だ」


 空から降りてきた竜巻が要塞だけを巻き込んで渦巻いているのを見ているチャド。隣を見ればグレースランドの魔法使いは杖だけ突き出しているが肩に乗せている妖精と何か話している様で魔法に集中している様には見えない。この男にとってはこの程度の魔法は集中する必要もなく発動できるということなのだろう。遠目にみても暴風で吹き飛ばされている兵士たちが見える。えげつない魔法だ。


「そろそろ魔法を止めますので出撃の準備を」


「わかった」


「魔法を止めた時点で私の仕事は終わりと認識しております。このままグレースランドに戻ります」


「いろいろと世話になった。お礼を言わせてもらおう」


 チャドのお礼を聞いていたブライアンが杖で地面を叩くと今まで要塞を巻き込んでいた大きな渦巻が突然ピタリと止んだ。


「全軍、出撃せよ!」


 チャドの号令でサナンダジュ軍が一斉に要塞に突撃していくのを見ていたブライアン。先陣が要塞の中に入っていったのを見ると転移の魔法でその場からグレースランドに戻っていった。




「おかえりなさい」


 北西の要塞に戻るとマーサ以下幹部連中が出迎えてくれる。会議室に入るとそこには皿の上にペリカの実が用意されていた。それを見つけた妖精達が姿を現わして皿の周りに集まってくる。もちろんフィルもだ。


 その姿を暫く見ていたマーサが顔を上げてブライアンを見て


「お疲れ様でした」


 とだけ言った。マーサ以下この場にいる騎士や魔法使いはブライアンとフィルが仕事をしくじるとは全く考えていない。彼がここに戻ってきたという事は彼がしっかりと仕事をしてきたという事だと知っている。


「最後の東の街道を部分封鎖している時に丁度アヤック軍の補給部隊が南下してきたタイミングだった。彼らの前で岩や木々を浮かせたので魔法でやった仕事だろうということはばれていると思う。ただこちらは姿を見せていないのでサナンダジュ軍の魔法使いがやってると思っているかもしれないけどね」


「落石と土砂崩れが2日連続で起こった時点で魔法使いが絡んでいる仕事だと気づいているでしょう。今更隠す必要もないかと。もっともそれらが1人の魔法使いがやったとは思っていないでしょうけどね」


「1人じゃなくて1人と妖精達だな」


 マーサが言ったあとでブライアンが言うとペリカの実にかぶりついていたフィルや妖精達がその通りだと羽根をパタパタとさせてブライアンの周りを飛び回る。


「そうでした。失礼しました」


『わかってくれればいいのよ』


 フィルの言葉を皆に伝えるブライアン。


「私達はこれからサナンダジュとの交渉に入るけどブライアンはどうする?」


「王都の自宅に戻ろうかと思っている。もし何かあっても直ぐに飛んでこられるしね」


「もしもの時はお願いね」


 そんなやり取りがあった後、暫く雑談をしたブライアンは肩にフィルを乗せたいつもの恰好で要塞から王都の自宅に戻っていった。




「何がどうなっているのかさっぱり分かりません。補給部隊の報告では魔法で巨大な岩を山から街道に落として街道を封鎖したのを見たと申しておりますがそもそも魔法でそれほどの事をやろうと思えばアヤックの魔法師団総出での仕事となります。補給部隊の隊長や隊員からの報告では街道の両側の山の中にそれほど多くの人がいた気配は全くなかったとの事です。それに東、中央、そして西の街道をわずか3日で全て通行不能にするほどの魔法使いの師団はサナンダジュには存在しておりません」


 アヤックの帝都ではベリコフが帝王のゲオロギーの前で汗をかきながら報告を続けていた。


「その結果全ての街道が封鎖されておると言うのか?」


「西と中央は完全に封鎖されました。東に関しましては馬車は通行不能ながら兵士であれば何とか2人は通れるほどの幅があるそうです」


「兵士だけが行き来できても意味があるまい。それとわが軍が抑えた要塞はどうなっておる」


「西の要塞と中央の要塞は完全に孤立しており援助も無い中戦闘の継続は難しく2つの要塞の指揮官よりは食糧も尽きつつあり降伏せざるを得ないとの連絡が来ております。そして東の要塞からは全く連絡が入ってきておりません」


 その報告を聞いて表情を歪めた大帝。


「東の要塞は既に陥落しておる可能性があるということか?」


「…いかにも」

 

 あまりの事態の急変に流石の大帝も理解が追い付いていかない。数日前までは山を出た所にある3か所の要塞を起点にサナンダジュ領に入りこむ準備をしつつ小さな戦闘を繰り返していた。サナンダジュが特に要塞奪回の為の大規模な攻撃をせずにチクチクと攻撃をしていたのはこれがあったからなのか。


 冬になったら一気に蹴散らしてやろうと思っていた矢先にあっという間に形成が逆転している。


 3つの要塞に送り込んでいるアヤック軍兵士は約9,000名。彼らは今や孤立無援の状態だ。恐らくサナンダジュ側に捕虜として捉えられそののちに捕虜の返還の条件として1人当たり金貨何枚かを取られるのだろう。指揮官と兵隊とは金額が異なるとは言え平均で金貨50枚として45万枚。払えなくはないが余裕が残る訳でもない。今回のサナンダジュ南侵の準備のためや侵攻後の戦線維持などで既に大量の金貨を使用している。


 しかも報告を聞く限り南に通じている街道は2つが通行不能となり残り1つも馬車は通る事ができない程の幅しかないという。実質南進のルートを無くしたのと同じだ。


「冬になる前に一気にカタを付けてきおったか」


 大帝の呟きを黙って聞いているベリコフ。黙っていると大帝が言った。


「それでベリコフ、今余がやらねばならんことは何だ?」


「はい。恐らく数日中にサナンダジュから停戦の提案と同時に捕虜返還の交渉の提案が入るかと。それにどう対応するかを決めて頂きたく」


「街道が使えん、要塞を失った、捕虜は多数おる。となると停戦を受けるしかあるまい」


 苦渋の決断だが他に良い方法が見つからない。ゲオロギー大帝の言葉を聞いていたベリコフが言った。


「ここは一旦停戦に持ち込み、軍の再編成と強化訓練がよろしいのでは」


「ベリコフの言う通りだ。ここは一旦停戦をし仕切り直ししようぞ。進軍ルートの問題はあるがまずは兵士、特に魔法使いの再教育だ。サナンダジュにそれほどの魔法使いの集団がおるのであれば我が国もそれに対応せねばならんからの」


「いかにも」



 アヤックでは今回の街道封鎖は魔法によるものであり、サナンダジュには相当腕の立つ魔法使いの部隊があるという認識になっていた。もっともこの事態は事前にグレースランドとサナンダジュとの交渉の中でも議題に上がっておりその時にグレースランドの代表であるマーサはサナンダジュ側にこう説明をしていた。


「アヤックが今回の街道封鎖をサナンダジュの魔法使いによるものだと考える可能性が極めて高いですがそれはそのままで訂正の必要はありません。むしろそれを交渉で使う事によってそちらがアヤックに対して有利に立てるのであればそうして頂きたい」


「それは我が国にとってはありがたい話ではあるが本当に構わないのか?」


「もちろん。我々とサナンダジュとの合意については対外的に公表するものでもなく、またグレースランドとしては表面上は今回の大陸北部における戦闘については関与しない立場を貫いております。お気遣いは無用ですよ」


 

 サナンダジュとアヤックの戦闘は間もなく停戦となるだろう。サナンダジュがここにきて梯子を外すとは思えないがこちらからのプッシュは必要だとマーサは使いの兵士をキリヤート国に派遣しそこ経由でサナンダジュ側の兵士に自分達の意向を伝える。

 

 戦争は終わったのだから合意書に基づいてとっとと交渉のテーブルについてこっちに払う物を払えという催促だ。

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