第70話 困惑している様だ

「一体何が起こっているんだ。2日の間に2つの街道が通行不能になるとは。それも落石と土砂崩れだと?」


 帝都の城ではベリコフの報告を受けたゲオロギー大帝が吠えていた。


「現地に近い補給部隊に現場を調査すると同時に原因を調査する様に指示を出したところでございます」


「いずれにしても今は通行不能であり南に物資や兵士を送り込むことは出来ぬ。そういうことだな?」


「いかにも」


 大帝はベリコフにこの事故の責任がないのは分かってはいるが怒りの捌け口は目の前にいる彼しかいないのでどうしても口調がきつくなる。ただベリコフはそれを眉一つ動かさずに受け止めていた。この程度でビビっていては大将の役は務まらない。


「それでベリコフ、お前はこれらが自然に起こった出来事だと思っておるのか?」


 その言葉に首を振ったベリコフ。


「それまで何十年も何もなかった街道が2日続けて自然に落石が発生し土砂崩れになるとは思えませぬ。特に中央の街道は冬の雪以外は滅多に雨も降らない場所でございます。その場所で土砂崩れなど起きようがございません」


 ベリコフをじっと睨みつけながら彼の言葉を聞いている大帝。


「では自然ではなく人為的なものではないかと申すのか?」


「自然に発生したものではないと考えればあと残っているのは人工的に起こしたものということになりますが。それにしても崖の上から大きな岩を落とし、山の斜面に大量の水を撒いて土砂崩れを起こさせるためには何千名という魔法使いが必要となりましょう。サナンダジュの魔法使い達が我々に気付かれずに移動し、しかも人が来ることを拒んでいる様な急な崖や登る場所のない様な山に登っていくのは不可能です。仮にもしそれをやっておればいやでも我が軍の目に入ります。2つの要塞からはその様な連絡は一切来ておらず彼らも寝耳に水と言った状態でございます。正直一体何が起こっておるのか私も混乱して整理がつきかねます」


 ベリコフの言い分はもっともだと大帝も思っていた。まずあれを人工的に起こすには今彼が言った様に何千名もの魔法使いが同時に詠唱することが必要だ。それだけの数が動けば必ず見つかる。しかも2日連続して離れた場所で起こっている。万に近い魔法使いがいないと無理な仕業だ。


「引き続き原因を調査するのだ。それと東の街道は何としても死守するのだ」


 その言葉に頭を下げるベリコフ。



 中央部の大規模な土砂崩れはスカーレットらがいるサナンダジュの要塞にもその地響きの音が聞こえてきていた。音が聞こえてくると歓声を上げるサナンダジュの兵士達。音が止んでからしばらくすると要塞の入り口にグレースランドの魔法使いが肩に妖精を乗せた格好で戻ってきた。


 スカーレット自ら要塞でブライアンを出迎えると会議室に案内する。


「この要塞にも重く激しい音が聞こえてきました。上手くいったということでよろしいんですね?」


「ああ。完璧に封鎖した。あとはそちらの仕事になるでしょう」


「ありがとうございます。あとはこちらでやります。ご苦労様でした」


 そう言って頭を下げるスカーレット以下幹部達。彼女は第1回目の遠征で目の前の魔法使いの強烈な魔法を見ている。いや見ているだけではなく実際に吹き飛ばされていた。聞くところでは2回目の侵攻では彼が1発の雷魔法で自分たちの兵士2万人を絶命させたという。今回の作戦もチャドから聞いた時に実行役が彼だと聞いた瞬間に彼なら成功間違いなしだと思っていた。


 魔法使いとして桁が違いすぎる。この男がいる限りグレースランドは安泰だろう。

 そしてサナンダジュはこの男がいる限りマッケンジー河を越えることができない。


 とんでもない魔法使いがいたものだ。今回は味方になってくれてよかったと心底から思っているスカーレットだった。


 ブライアンはここでの仕事が終わるとサナンダジュの見送りを受けてその場で転移の魔法を使って姿を消した。転移の魔法もサナンダジュでは使える者は誰もいない。


 しばらく消えた場所を見ていたスカーレットだが踵を返すとそばにいた幹部連中を見て言った。


「彼らは背後からの援助がなくなりました。城を取り囲んでアヤックに投降を促しましょう」


 その声で要塞に詰めていた兵士たちが一斉に動き出した。



「東と中央の街道は完全に封鎖したよ」


「ご苦労様」


 ブライアンの言葉に礼を言うマーサ。ここはグレースランドの北西にある要塞だ。ブライアンはサナンダジュの要塞を出たあとに一旦マーサの下に戻って報告をしている。部屋にはマーサの他に元々この要塞に勤務している騎士団のジェイクと魔法師団のパットも同席していた。


 マーサらの前で具体的な封鎖方法について説明している間フィルはブライアンからもらったペリカの実を美味しそうに食べていた。サナンダジュの前では一切喋らず無表情を貫いていたがここはブライアンの国だ。フィルもいつものフィルに戻っている。


『ブライアンならあれくらいちょろいもんよね』


「まぁな。フィルも手伝ってくれたしな」


『そうそう。妖精を敬うのは大事よ』


 そう言うと肩から飛んでブライアンの顔の前で両手を差し出してくる。ペリカの実をあげると両手でしっかりと掴んでから定位置の左の肩に座った。見慣れた光景なのでマーサをはじめ他の2人も微笑んで見ている。


「とりあえずサナンダジュは要塞に立てこもっているアヤック軍に投降を呼びかける様だ。まぁそれはこっちの管轄外なのでどうなるかまでは分からないけど」


「それでいいでしょう。合意したところだけしっかりとやってくれたらそれで構わないわよ」


 マーサの言葉で安心するブライアン。要塞で休憩を取った彼とフィルは再び転移の魔法でサナンダジュの北部に飛ぶことにする。


「最後の街道は一部を残すので難しいかもしれないけどよろしくお願いね」


「フィルがいるから大丈夫だろう」


『そうそう。任せておきなさい』


 自分の腕で小さな胸を叩くフィルに頭を下げるマーサ。フィルがバイバイと手を振ってマーサも振り返すとブライアンの姿がその場から消えた。



「今の彼の話を聞くとスムーズに終わりそうね。こちらもサナンダジュとの交渉の準備をしましょう」


 彼の姿がその場から消えるとジェイクとパットに声をかけるマーサ。


「「わかりました」」


 ジェイクとパットは返事をすると会議室を出ていった。1人残ったマーサ。


 ブライアンは頑張ってくれている。私たちもそれに応えなければ。自分に気合を入れると机の上に書類を広げて交渉の下準備の資料の作成に入った。


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