第69話 2つ目の街道

「何だ?何が起こった?」


 要塞の背後、自分たちの国へと続いている街道の方からドスンドスンという大きな音が連続して聞こえてきている。びっくりして廊下に出るとそこに兵士が走ってきた。


「隊長! 街道に落石があり街道が完全に塞がれました」


「何だと?」


 兵士の言葉に驚き、すぐに要塞の上に移動してそこから背後を見ると自分たちが通ってきた街道にとてつもなく大きな岩石が幾つも落ちており街道が完全に塞がれているのが目に入ってきた。落石は発生したばかりなのか周辺にはまだ土煙が立っている。


「何ということだ。これでは補給物資も兵士も来られないではないか」


 呆然と街道を見る隊長と兵士。要塞に篭っているアヤック軍の兵士達は皆これから起こることを考えていた。



「ブライアンがやってくれてるぞ!」


 ワイスコフが大きな声を上げた。彼らの要塞にも北の街道の方角から落石の音が聞こえてきていた。約束した通りブライアンが街道を封鎖している様だ。歓喜の声が溢れているサナンダジュ軍の要塞。しばらくすると肩に妖精を乗せた魔法使いのブライアンが戻ってきた。


「ここまで落石の音が聞こえてきました。やってくれた様ですね」


 ブライアンが要塞に入るなり興奮した表情でワイスコフが言った。


「ええ。簡単には崩されない様にしっかりと封鎖しておきました。これであの街道はもう使い物にならないでしょう」


 ブライアンとフィルにとってはそれほどの仕事でもないのでいたって冷静に答えているがサナンダジュ軍にとっては大きな成果でありアヤック軍にとっては壊滅的な出来事だ。


「では、私は次の要塞に移動しますので」


 あっさりとした口調でブライアンが言った。彼はまだ仕事が残っている。


「ありがとう」


 要塞の前で消えたブライアン。周囲の兵士は転移の魔法を目の当たりにしてびっくりしている。ワイスコフも同じだったがすぐに気持ちを切り替えた。


 これであいつらは孤立無縁になった。早晩降伏してくるだろう。



 ブライアンが最初の街道を封鎖、破壊したことは魔道具を通じてすぐにサナンダジュの王都のイワンの元に届いた。すぐに国王に報告する。


「流石というか事前に言っておった通りにあっという間に1つ街道を潰したか」


「その様です。ワイスコフよりの連絡によりますとブライアンはすでに2つ目の要塞に移動したということですので明日にはまた吉報が参るものと」


 イワンの言葉に頷いた国王が言った。


「アヤックとの交渉の準備を開始せよ」


「仰せのままに」



 そのアヤックでは西の要塞から来た通信を見たベリコフが顔色を変えた。


「街道が封鎖されただと?」

 

 通信文によると街道にて落石が発生し街道を塞いでおり我々は孤立状態になったので直ちに街道が通行できる様に工事をしてほしいと書かれている。彼は直ちに西の要塞を担当している補給部隊に連絡をして街道の様子を探る様に指示を出した。


「天候が荒れたという報告は来ていなかったはずだ。一体何が起こったのだ?」


 しばらく考えていたベリコフは通信分を手に取ると自分の執務室を出てゲオロギー大帝の元に向かっていった。



 1つ目の街道で仕事をしたブライアンは今は2つ目の街道を見下ろす山の中にいた。


 西の街道を封鎖したブライアンはその足で中央部の要塞に転移の魔法で移動する。そこで出迎えたのはサナンダジュ軍の魔法師団の副師団長のスカーレット、女性の魔法使いだ。


 彼女は第1回のキリヤート侵攻時にチャドの元で戦闘に参加している。その時にブライアンが放った暴風の魔法になす術もなく吹き飛ばされていた。


「ようこそいらっしゃいました。東の街道を封鎖されたことはすでにこちらにも一報が入っております」


 そう言ってブライアンと妖精を出迎えたスカーレット。西の街道が封鎖されたことはすぐに通信でこの要塞と東の要塞には連絡が入っていた。


 西の要塞の時と同じく彼らの要塞の会議室に入って壁に貼られている地図を元に説明を受けるブライアン。フィルはサナンダジュ軍の前では黙って肩に乗ったまま足をぶらぶらとさせている。


「このエリアが道が狭くなっておりますがこの街道には崖はありません。左右が高い山になっており大木が生えています」


「となると土砂崩れで街道を封鎖しましょう」


 説明を受けた後でブライアンが言った。こでも要塞に泊まってくださいという誘いを断って森の中で夜を過ごすと翌日転移の魔法で国境沿いの山の中に飛んだブライアンとフィル。スカーレットからもらった地図と付近の様子を見てここで間違いないと確認すると肩に乗っているフィルに聞いた。


「とりあえずここらの土砂を一気に地滑りさせて街道を封鎖しようと思ってるんだが」


『いいんじゃない。土砂と樹木が流れ落ちたら自然災害の様に見えるしね』


 ブライアンは狙った山の斜面に向けて強烈な水魔法を発動した。みるみるその場が濡れて湿っていく。絶え間なく水を注いでいるとしばらくしてズズズという音と共に険しい山の斜面が地滑りを起こして大量の土砂や樹木が山裾にある街道に向かって流れ落ちていった。


 地滑りが終わるとそこには大きく抉られて赤土を剥き出しにしている斜面そして大量の土砂や倒れた樹木が100メートル以上に渡って街道に流れ落ちていた。土砂の中に樹木があちこちを向いて倒れておりこれを取り除くのは大事業になるだろう。


 つまりもし取り除こうと工事をすればそれはサナンダジュ側に丸わかりになる。


『見事ね。狙ったところだけ土砂崩れを起こしているし、土砂は完全に街道を塞いでいる。完璧じゃない』


 肩から飛んで上から街道を見下ろしていたフィルが戻ってきて指定席に座ると言った。


「うん、思いの外うまくいったよ」


 ブライアンによって2つ目、中央の街道も封鎖された。


 街道の先、南にあるアヤック軍が占拠している要塞は混乱の極みにあった。今朝西の街道が落石で通行不能になったという通信を受け取ったと思ったら今度は自分たちの生命線である街道が大規模な土砂崩れで通行不能になる。


「一体どうなっておるのだ」


「わかりません。いきなり斜面の一角が崩れ落ちて大量の土砂と木が街道に流れ落ちてきました。とてもじゃないですが通行できる状態ではありません」


「直ちに本国に通信を送るのだ。このままだと孤立して補給がなければ犬死にだぞ」


 部下に命令を下した要塞の隊長。


 2日連続して街道が封鎖されるだと?あちらは落石、こちらは土砂崩れ。どちらも一見自然現象に見えるがもしかしてそう見せかけているだけだとしたら?


 落石に土砂崩れ、やるとすれば魔法。ただそれほどの魔法使いがサナンダジュにいるという情報は入って来ていなかったはず。


 隊長と呼ばれている男はすぐに手紙を書くと兵士にこれも通信文として帝都のベリコフ将軍のもとに送る様に指示を出した。


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