第68話 1つ目の街道

 サナンダジュ領に入ったブライアンは目の前に広がっている草原や林を転移を繰り返しながら北を目指していた。


『場所はわかってるの?』


 全く緊張感が感じられないフィルが肩に乗ってペリカの実を口に運びながら聞いてきた。緊張感がないのはブライアンも同じだ。今回は直接人殺しをするつもりはない。南北に伸びている街道を破壊して要塞を乗っ取って終わり。与えられた仕事を丁寧にやる必要はあるが人に直接手を下さないというだけで気分的に楽になる。


「だいたいね。とりあえずこのまま北に飛んでから山添いを東に移動していけば見つかるだろう」


 フィルと話をしながらも転移を続けているブライアン。サナンダジュのこの辺りもキリヤートと同じで草原があり林がある。ところどころに城壁に囲まれた街が見えているがそれらを避けてブライアンは北を目指して移動していた。


 移動を開始した日の夕刻、前方に雪をかぶっている北の山々が見えてきた。そのまま山脈と並行して東に移動していくとちょっとした渓谷というか山の合間の小さな谷の南側に要塞が見える。あれだろうとあたりをつけて近づいていくブライアン。


 要塞の見張りから伝令が飛んだのだろう。ブライアンが近づいていくと要塞の南の門が開いて中からサナンダジュの騎士の格好をした3人が出てきた。近づいていくと3人の中央に立っている騎士がブライアンに敬礼をしてから言った。


「グレースランドのブライアン殿ですね。話は伺っております。私はこの要塞を任されておりますサナンダジュ騎士団副師団長のワイスコフと申します」


「グレースランドの魔法使いのブライアンです。こちらは妖精のフィル。よろしく」


 フィルは肩に乗ったままよろしくと右手を軽く振って挨拶をした。

 要塞に入ると会議室に案内される。ワイスコフ以外にも騎士団と魔法師団の幹部連中が集まっていた。部屋の正面の壁にはこのあたりの大きな地図が貼られていた。その地図を指差しながら説明するワイスコフ。


「北からはこの街道が我々の要塞まで続いています。今はアヤックが抑えていますがね。王都からの連絡ではブライアン殿はこの街道を完全に通行不能にすると伺っています」


「その通り。こっちの仕事は街道の完全封鎖だけだ。封鎖後のその要塞の奪回についてはこちらの仕事ではないと理解している」


 ペリカの実を与えたブライアンが視線を壁の地図に戻して言った。その言葉に頷くワイスコフや他の幹部達。彼らはブライアンと同時に肩に乗っているフィルにもチラチラと視線を送っていた。


「それで結構です。街道を破壊して通行不能にしていただければ彼らは後方から支援物資が届きません。おそらく降伏するとは思いますが抵抗してもこちらは周囲を囲んで兵糧攻めすれば1ヶ月も持たないでしょう」


 その後は街道の幅の狭い部分についてレクチャーを受けるブライアン。2箇所ほど街道の両側が垂直にそそり立っている崖になっている場所があると聞いてその2箇所を落石で埋めることにする。幅も狭くそこならうまくいけそうだ。


 打ち合わせが終わると彼らは要塞の中の部屋を勧めてきたがそれを固辞するブライアン。


「これから山の中に移動しておきますよ。街道の破壊は明日の朝からやります。破壊後は戻ってきますのでその時にまた」


 今は要請を受けているとは言え基本サナンダジュは敵国だ。その拠点でゆっくり休めるほど肝は据わっていないと同時にあまりフィルについて聞かれたくないので最初からこの要塞に泊まる気はない。フィルもわかっているのだろう。ブラインが断ってから要塞を出た後に、


『ここだと落ち着けないし他の妖精達も姿を現せられないしね』


 と言っていた。

 

 要塞を出た彼は一瞬自宅に戻ろうかとも思ったがまぁいいかとここに来るまでに転移を繰り返していた途中で見つけていた森の近くに飛ぶとそのまま森の中に入ってそこにテントを張った。森の中は魔力が多い、隠れていた妖精達が姿を現すと夕刻の木々の間を好きに飛び始めた。


『ここはいい場所。そこそこ魔力もあるし周囲に人の気配はない。仲間達もゆっくりできるわよ』


「妖精が気に入ってくれたのならよかったよ」


 テントを中心に妖精達が結界を張ってくれる。これで妖精達も女王からたっぷりと魔力を貰え、ブライアンも周囲を気にせずに休むことができる。


 夕食をとりながら皿の上にペリカの実を置くと皆集まってきた。それを見て要塞に泊まらずによかったと思うブライアン。


『♪』


「ありがとう。明日は頼むよ」


 差し出してきた妖精のペリカの実を受け取ったブライアン。


『♪♪』



 しっかりと休んだ翌日、テントを畳んだブライアンはフィルを肩に乗せて北の山脈に転移した。山の中腹から下をみればアヤックが占拠しているサナンダジュの要塞が右手に見え、そこから左手奥に向かって街道が伸びているのが見える。


「まずはあそこの狭い部分を通行止めにしようか。それから奥に言ってもう1箇所を同じ様に通行止めにするよ」


『了解』


 肩に乗っているフィルがグレースランドの騎士の敬礼をする。何度も見ているうちに覚えたらしい。


 切り立った崖の底から崖の上までは50メートルはあるだろう。崖の上には直径が10メートル近くある大きな岩がゴロゴロとしていた。それらの大きな岩を風魔法で浮かせて崖の上から下の街道の真ん中に置く。さらに数個、同じ様な岩石を崖の上から下に落とすと街道は完全に塞がってしまう。


 今度は下に置いた大きな岩の周辺に上から次々とそれよりも小さな岩を落としていく。落ちる度に大きな音がして砂煙が立ち上がる。アヤックが抑えている要塞からはこれが見えているだろう。ひょっとしたらサナンダジュにも岩を落としている音が聞こえているかもしれない。


 街道に落として街道を完全に封鎖したブライアン。高さは10メートル、長さは30メートルにわたって街道に落下した岩石群が道を寸断している。そこに周辺の小石を集め魔法で固める。石をただ落としただけでなく魔法でそれを固めているのでこれを崩すのは相当な大工事になるだろう。やったらサナンダジュ側にすぐにバレる。


 その後は北に移動して同じ様に狭い街道部分を落石と魔法で封鎖する。これで馬車はもちろん、人も移動できなくなった。


『簡単な仕事だね』


「フィルらが手伝ってくれるからな。これでこの街道は使い物にならなくなった」


 褒められたフィルはドヤ顔だ。


 1つ目の街道を潰したブライアンはその足でサナンダジュ側の要塞に移動した。


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