第67話 助っ人ブライアンとフィル

 マーサが北西の要塞に向かってから20日後、ブライアンとフィルが要塞に飛んだ。


「当初の予定では5日後ね。おそらくサナンダジュから伝令が来ると思うからそれまでここで待機ということでお願い」


「わかった」


 要塞ではいつもの個室を与えられたブライアン。部屋にある皿の上にペリカの実を置くとフィルを筆頭に姿を隠していた妖精達が自身の姿を表してペリカに集まってきた。個室には結界を張りフィルがブライアンからもらった魔力を放出しているので妖精達も皆元気に飛び回り、ペリカの実を食べている。


「♪」


 妖精が両手でどうぞと差し出してきた実をありがとうと受け取って口に運ぶブライアン。いつものやりとりをするだけで心が落ち着いてくる。


 妖精から貰ったペリカの実を食べるとブライアンはベッドの上に上がって背中を壁にもたれて足を伸ばした。すると他の妖精達が集まってきてブライアンの身体のあちこちに止まって休憩をする。左肩はフィルの指定席だが右の肩や頭の上など思い思いの場所に腰を下ろす妖精達。


 場所が変わってもブライアンの周りには日常があった。



 前回この要塞で待っていた時は要塞全体にピリピリとした空気が漂っていた。自分達の目と鼻の先でサナンダジュ軍とキリヤート軍とが河を挟んで対峙していた緊張状態だったからだ。ただ前回と違って今回は戦闘はここから遠く離れた場所だ。しかもグレースランドが戦闘の巻き添えを食うことがない。要塞に詰めている騎士やは魔法使いらの兵士達に緊張感は見られない。実際彼らは普段通りの活動をしていた。


「明日か明後日にはサナンダジュの伝令が河を渡ってくると思うの」


 ブライアンの部屋に入ってきてお茶を飲みながらマーサが言った。彼女も今回は戦闘よりもその後の戦後処理の交渉がメインになっているのでリラックスしている様に見える。


「分かった。こっちはいつでもOKだ。準備と言っても特にないしな。フィルがいてくれれば問題ないよ」


『そうそう。フィルに任せておきなさい』

 

「お願いしますね」


 肩に乗っているフィルが胸を張って小さな手で胸を叩く仕草を見て何を言っているのか理解したのだろう。マーサがそう言って頭を下げた。



 ブライアンとフィルは要塞に来てからは時間がある時にマーサをはじめ魔法使いの兵士相手にフィルが魔法の指導をしている。厳密には指導しているのはフィルでブライアンはフィルの通訳としてだが。


 要塞の前にある草原で魔法を撃ってはフィルからアドバイスを貰う魔法使い達。

その中にはマーサの姿もあった。そのマーサは最近では約2Kmの転移の魔法を6回まで出来る様になっていた。魔力量が増えたのとフィルの指導で魔力のロスを減らすことを身に付けたからだ。


 ブライアンだけでなくマーサの魔法の威力と魔力量が大きく伸びたのは他の魔法使いにとって鍛錬の大きなモチベーションになっていた。ブライアンは別格だ、特別だと思っていたのがマーサがどんどん伸びていっているのを見ると自分達もしっかりと鍛錬を続ければマーサのレベルに近づけると思ったらしい。


 実際にフィルの指導を受けている魔法使い達の魔法の威力は目に見えてよくなっていた。


「流石だな。フィルが教えると目に見えて効果が上がってる」


 目の前で魔法を撃っている魔法師団の魔法使い達を見ているブライアンが言った。


『当然よ。妖精の女王のフィルが特別に教えているのよ。上達しない訳がないじゃない』


「そりゃそうか」


 左の肩の上でドヤ顔をしているであろうフィル。こういう時はよいしょして持ち上げているとフィルの機嫌がよろしい。ブライアンが褒めた後でペリカの実を渡すとこれよ、これよこれと直ぐに実にかぶりつくフィル。


 草原に座って収納から皿とペリカの実を取り出すと姿を消していた妖精達も集まってきた。ここの要塞ではブライアンの妖精達はすっかり見慣れたものとなっている。


「スケジュールはどんな感じを考えているの?」


 座っているブライアンの近くに腰を下ろしたマーサが聞いてきた。彼女は妖精に囲まれるのが大好きだから妖精達がその姿を表すとすぐに近づいてきた。


「河を渡って北の国境近くまで移動してそこでサナンダジュの指揮官と話をしてから山に移動。これで1日、次の日に西の街道を1つつぶした後は中央の街道を目指して移動、同じ様にサナンダジュ側の指揮官と話をしてから山に移動してそのまま街道を破壊。3日目は東に移動して街道を一部破壊、敵が占拠している要塞を落としてから転移でここに戻ってくる。3日か4日で済むだろう」


「じゃあブライアンが戻って来てから4,5日後から交渉開始というスケジュール感で良いわね」


「交渉開始は奪われた要塞を取り返してからじゃないのか?」


 ブライアンが聞くとそれは無いわと言い切るマーサ。


「要塞を取り返すのは彼らの仕事。こちらは合意書に書かれてある仕事が終了した時点で契約は履行されたと考えている。要塞をどうしようが捕虜をどうしようがそれはグレースランドとサナンダジュの間で合意した約束事以外のことよ」


 目の前に置かれているペリカの実が入っている皿に集まっている妖精達を見たままでマーサが言った。確かに言われてみればその通りだ。後始末まで契約に含まれていない。


「相手も大国を自認しているし交渉でいちゃもんを付けてきたりはしないんだろう?」


 皿に集まっていた妖精を見ていたマーサが顔を上げてブライアンを見た。


「そこは大丈夫だと思うの。流石にそこまで酷い国だとは思いたくはないわ」


「なら交渉はスムーズにいきそうだな」


「油断は禁物だけど本音ではそう思ってるの」


 となると自分は与えられた仕事をきっちりとこなすだけだ。マーサや関係者の交渉が上手くいく様にしっかりと結果を残そうと決めたブライアン。肩に乗っているフィルも今の話を聞いてブライアンのやるべきことが分かった様だ。


『最後のお勤めだよ』


「そうだな。しっかりとやり抜こう」




 マーサの読み通り翌日の朝、陽が登ってすぐににサナンダジュの伝令がマッケンジー河に掛かる橋を渡ってキリヤート側に歩いてきた。手には旗を掲げている。直ぐにキリヤート側からも同様の旗を持った騎士が橋を渡り始め中央で向かい合った彼らはそのままキリヤート側の要塞に入ってきた。すぐにキリヤートの要塞からグレースランドの要塞に向かって手旗信号が発せられた。


「じゃあ行ってくるよ」


「気を付けて」


「お気をつけて」


 要塞にいるマーサや他の兵士の声に片手をあげて答えたブライアンは要塞から転移の魔法を使ってキリヤートの要塞に入っていった。中に入るとサナンダジュの騎士2人が直立不動でブライアンを出迎える。部屋にはラーム以下キリヤートの兵士3名も立っていた。


「ブライアン殿ですね。準備が整いましたのでお願いしますとの伝言を授かって参りました」


 挨拶を終えると北部の要塞がある場所の地図をブライアンに渡した。


「ありがとう。このまま橋を渡ってそちらの領地に入りましょう。それからは転移の魔法で北部に移動します」


 

 グレースランドの兵士達が要塞の見張り台から下を見ているとサナンダジュの兵士に続いて肩に妖精を乗せているローブ姿の男が出てきて橋をサナンダジュ側に渡っていくのが目に入ってきた。


 頼むわよ


 声に出さずにもう一度そう言ったマーサは橋を渡ったブライアンの姿がその場から消えると踵を返して要塞の中に戻っていった。

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