第28話 キリヤート北部州シムス
要塞でブライアンは個室を与えられた。臨時雇いの自分に個室は不要だと言ったのだがマーサとハーツからは切り札を大部屋という訳にはいかないと強引にこの部屋を押し付けてきた。
部屋には机やベッドやテーブル、ソファが備え付けられている。ローブを脱いでソファに腰掛けたブライアン。
「俺1人じゃもったいない程の部屋だな」
『出番までのんびりできるじゃない』
肩に乗っているフィルがお気楽な口調で言う。
「それもそうか。それにしても今日外を見ていた感じだともう両国の衝突は避けられないな。導火線に火がついていたよ。同じ人間同士が戦ってお互いにケガ人や死人を出して。得るものより失う物の方がずっと多いと思うんだが何で戦うんだろうな」
ブライアンの言葉を聞いていたフィル。
『自然界でも同じよ。野生動物同士が縄張りを取り合って戦っている。負けた方は最悪命を落とす。勝った方も傷だらけになる。それでも彼らが戦うのは本能よ』
「本能か」
そうよと相槌をいれたフィルが話を続けた。
『人間だって同じよ。ただ動物と違うのは人間には理性があるってこと。ほとんどの人は理性が働いて戦争をすると多くの人が死んでしまうから戦争をしたくないと思っているの。でも一部、ごく一部の人間にそうじゃない人たちがいる。彼ら彼女らは理性よりも本能の方が上回ってしまっている。おそらく今の河の向こうの国の国王はそうだよ。そして河のこちら側の人たちは戦争はしたくないけれどもやらないと殺されるから準備をしている』
国のトップが本能で動いたら周りはたまったもんじゃないだろうと思うが世の権力者というのは自分が一番上に立たないと気が済まない人が多いのだろう。自分が一番上、頂点に立つためならそれを邪魔する者を殺すことを厭わない。場合によっては味方を捨て石にしても頂点に立とうとする。
「困ったもんだな」
『だからブライアンの出番でしょ?野望を砕いてやりなさいよ。フィルがついてるわよ』
「そうだな。フィルがいてくれて助かってるよ。ありがとうな」
ブライアンが待機している国境にあるグレースランドの要塞の目の前にあるキリヤート国。その北部州の州都であるシムスには籠城に備えて多くの食料や水、そして兵士の武器や矢などが次々と運び込まれていた。
マッケンジー大河の南に陣を構えているキリヤート軍が万が一敗れるとサナンダジュが次に狙うのは州都シムスであることは明白だ。シムスは人口5万人程が住む北部州最大の大都市で街を囲む様に高い城壁が建っている。今はその城壁の上に投石機や矢が大量に運びこまれていた。この街を落とすと王都の近くまで一直線に進軍される。文字通り最初で最後の砦になっていた。
このシムスの街を収めているのはヘイデン。5年前の北部州の首長選挙で当選して以来この街に住んで北部州の総責任者になっている。
「仮にここに籠城となった場合には何日分の食料があるんだ?」
「1ヶ月分程でしょう。切り詰めればもう少しあと1週間ほどは伸ばせるかも知れません」
シムスの市内にある行政府の中で責任者のヘイデンと官僚、そしてキリヤート軍の幹部らが集まっていた。
「1ヶ月が長いのか短いのかすら私には判断できんよ」
「ヘイデン市長。1ヶ月分は適正な量ですよ」
そう言ったのは軍から派遣されているロックという将校だ。キリヤート軍はマッケンジー大河の麓に前線基地を置いているが本部はここシムスの中に拠点を設置している。首都には総本部があるが実質的にはこのシムスの拠点が戦争時の司令部になることに決まっていた。
「この街の防衛規模を考えると1ヶ月分ということか」
つまり街が攻撃に耐えうるとしても最大1ヶ月が限界ということだ。それを過ぎれば城壁から敵が流れ込んでくる。いくら食料があっても意味がないということだ。
ヘイデンは近くにいる司令部の責任者であるロックを見る。表情からは何を考えているのかわからない。果たしてこの戦争に我が国の勝ち目はあるのだろうか。今更講和は無理だとはわかっているがそれでも戦争を回避できないものかと考えていたヘイデン。
ロックは市長のヘイデンがこちらを見ている視線に気がついていた。市長としては市民を守るのが第一義の仕事だ。ただ軍は違う。市民よりも敵の排除が最優先になる。サナンダジュ軍がもし河に布陣している我が軍を破ったとしたら一斉にこの街に向かってくるだろう。その数おそらく1万近くかそれ以上。
騎士になって安寧な日々を過ごしてきたがここにきて命を懸けることになった。それも仕方あるまい。兵士になった時から覚悟はできている。
ただロックは首都を出る前に軍の総司令官から聞いた一言が頭に残っていた。
ー 万が一サナンダジュが河を超えて我が国の北部州に侵入してくれば、グレースランドより援軍が出る密約がある。ただしその援軍の規模については不明だ。 ー
キリヤートとグレースランドとの関係はまぁ良好だ。戦争の風が吹き始めてからキリヤートから何度も使節団がグレースランドを訪問していることも報告を受けているロック。ただ普通なら魔法師団を送り込むといった様に具体的な援軍の話があってしかるべきだろうがそれについてはグレースランドは全く言ってこいないらしい。弾薬や食料が援助されるというのは聞いているしそれについては具体的な内容まである程度わかっている。わかっていないのはグレースランドからの応援の戦力だ。
おそらく援軍は魔法使いの一団だと予想するロック。このキリヤートはどう言うわけか魔法使いが育ちにくい。国民の中で魔力を保有している人の比率が周辺国に比べるとずっと低いままだ。武器を持てる兵士はそこそこいるが戦争はそれだけでは勝てない。遠距離攻撃になると矢の射程距離よりも魔法の射程距離の方が長いのは周知の事実になっている。
しかも掴んでいる情報ではサナンダジュは今回の侵攻に備えて数年前から魔法使いを養成してきているという話だ。もちろんキリヤートもその情報を得て何もしなかった訳ではない。対抗したくても魔法使いが育たないのだ。結果弓を持った兵士を増やすだけにとどまった。
「相当厳しい戦いになる」
そう呟いてからかなり控え目な表現だなと言ってからロックは1人で苦笑していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます