第29話 火蓋が切って落とされた
ブライアンが要塞に到着してから2週間後、既に火がついていた導火線がその日の早朝、夜が明けてすぐの頃に爆弾に到着して爆発した。
最初の攻撃はマッケンジー河の向こう側、サナンダジュ側から始まった。彼らの大軍が渡河してきたのだ。先頭集団は盾を持っている騎士でその背後に魔道士の一団、彼らが橋を渡りながら前を守っている騎士の間から魔法を打ち始めた。
キリヤート側もすぐに応戦して弓部隊が矢を射るが矢の射程距離よりも魔法の距離の方が長い。次々と弓部隊の兵士が倒れいていく。
「始まったわ」
お互いの叫び声と魔法の着弾による音で目が覚めたブライアン。部屋を出て要塞の見張り台にあがるとそこにはハーツとマーサ、それにそれぞれの師団の兵士たちが集まっていた。
「一方的だな」
「ええ。魔法の射程距離の方が長い。あれでは無駄死によ」
崖下にあるサンダジュとキリヤートを繋いでいる橋の上で始まった戦闘を見ていたハーツとマーサが言った。
「どれくらい持ちそうです?」
ジャスティンも同じ様に橋に顔を向けたまま聞いた。肩にはフィルが乗っている。
「もって数時間だろう。敵が橋を渡り切ったら一気に崩れそうだ」
ハーツやマーサは戦闘のプロだ。見ただけである程度次の流れが読める。ブライアンはプロではない。
「サナンダジュの魔法師団は5,6チームになって交互に魔法を撃ってるわね。あれだと魔法が切れることはないわ」
言われてみると確かに魔法を撃った10名程の一団は一旦背後に下がり次の一団が前に出ては魔法を撃つ。そうして交代で魔法を打ち続けているので切れ目なく魔法がキリヤート側に飛んでくる。火の精霊魔法と雷の精霊魔法だろう。遠目に見ても燃えている兵士やその場でいきなり倒れ込んでいる兵士たちが見える。皆キリヤート軍の兵士たちだ。
じっと戦況を見ているブライアンの表情から読み取ったのだろう。マーサが声をかけてきた。
「気持ちはわかるけどまだ抑えて。サナンダジュがキリヤートの領内に軍を送り込んでからでないと動けない」
彼らにグレースランド侵攻の口実を与えないためだとは分かっているが目の前で次々と魔法でやられて倒れていく人をみるのは辛い。ブライアンの心情がわかったのか肩にのっているフィルが小さな手でブライアンの肩をトントンと叩いた。
「ああ。わかってる。ありがとう」
飛び出していきたい気持ちを抑えてじっと崖の上、自国領から戦闘の成り行きを見ていたブライアン。周囲を見ると自分と同じ様に魔法師団や騎士団の連中も要塞の上から戦況を見ていた。戦闘開始と同時に要塞の近くにある国境の検問所は閉鎖されており、そこにも多くの兵士たちが集まってそこから崖下の様子を見ているのが目に入ってきた。
ほぼ一方的な攻撃で橋を渡ってきたサナンダジュ軍部隊が渡河を終えてキリヤートの領内に入ってきた。
「ブライアンの言う通り軍の規模が小さい。背後から援軍もなさそうだしこちらは陽動ね」
「陽動でもあれほどの魔法使いを揃えていたのか」
マーサに続いてハーツが言った。マーサはブライアンに顔を向けた。
「もう大丈夫。サナンダジュがキリヤート領内に入ったわ」
その声に立ち上がったブライアン。
「シムスの街を守りつつ敵を蹴散らしてくる。行ってくるよ」
そう言うとその場で杖で要塞の床を叩くと次の瞬間にはキリヤートの平原の向こうに立っていた。そしてその姿がまたすぐに消えた。驚いている騎士団や魔法師団の兵士を尻目にハーツとマーサはブライアンが消えた草原の彼方に目をやっていた。
「頼むわよ」
ブライアンはキリヤートはもちろん初めてだ。だがシムスのおおよその場所は事前にレクチャーを受けていた。幸いにこのあたりは草原というか平原で前方視界が良い。転移を繰り返しながらサナンダジュ軍よりもずっと早い速度で移動していく。
数度の転移を繰り返した先に頑丈な城壁に囲まれた大きな都市が見えてきた。
「あれがシムスだろう」
『腕の見せ所ね』
「頑張るよ」
そう言って最後の転移をすると城門近くまで飛んだブライアンとフィル。そこから歩いて城門に近づいていくとしっかりと閉じられている城門の上にある見張り台から騎士の格好をした兵士が数名姿を現して声をかけてきた。
「何者だ。ここシムスに何をしにきた」
城壁の上から殺気だっている声で話しかけてくる兵士。
「俺はブライアン。グレースランドから応援にやってきた魔法使いだ。今朝マッケンジー河を渡ってサナンダジュ軍がキリヤートに進軍してきた。詳しくはグレースランド国からの公文書を持参しているので確かめてくれ」
転移の魔法で城壁の上に飛ぶこともできたがあえて城門が開くのを待っているとしばらくして城門の隣にある通用門が開いて数名の兵士が出てきた。全員が槍や剣を持っている。先頭に立っている剣を持っている騎士が近づいてきた。
「私はこのシムズの守備隊長をしているロックという。グレースランドから応援に来た魔法使いと聞いているがお主1人なのか?」
ブライアンはグレースランドの公文書を手渡しながら言った。
「応援は俺とこの妖精だけだ。シムスを守りながら攻めてきたサナンダジュを追い返す為にやってきた」
そう言うとびっくりした表情になるロック。こいつは頭がおかしいのかと思いながらもその場で公文書を読むとその表情が一変する。
この男1人で魔法師団1000名以上の戦力だと? 文書は間違いなくグレースランドの公文書だ。まだ理解できないがとりあえず入ってくれとロックに続いて通用門を潜って街の中に入ったブライアンとフィル。
「今朝サナンダジュが大河の橋を渡って我が国に入ってきたというのは本当か?」
「ああ。この目で見た。俺は転移の魔法が使える。川のこちら側にいたキリヤートの軍を蹴散らして橋を渡ってこの国に入ってきたのを見てからここまで転移してきたんだよ」
話をしながら市内を歩いていくロックとブライアン。背後には護衛の騎士たちが続いて歩いてきている。市内を歩いていると大きな建物が見えてきた。
「ここシムスを収めているヘイデン市長が勤務している市庁舎だ」
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