第27話 要塞にて

 北の要塞の近くに飛んだブライアンは肩にフィルを乗せたいつもの格好で草原を歩いて要塞に近づいていった。門までもうすぐというところで目の前の門が内側に開いてマーサが出てきた。


「待ってたわよ」


「時間通りだと思うけど」


 肩に乗っていたフィルがマーサを見つけて座ったまま手を振った。それを見て手を振り返すマーサ。当人には言っていないがフィルはマーサを気に入っている。彼女の魔力は綺麗らしい。妖精が好む魔力だそうだ。


「とりあえず中に。まずは状況を見てもらうわ」


 門の中、要塞に入ると以前来た時よりも多くの魔法使いや騎士の姿が目に入ってきた。全員がキビキビと動いているがそこには緊張感は無い。マーサに続いて要塞の階段を登っていき要塞の見張り台まで上がるブライアン。そのまま顔を西に向けた。


「双方ともに想像以上に集まっているな」


「1ヶ月以内、ひょっとしたらそれより早まるかもしれないわね」


 同じ様に見張り台から西を見ているマーサが言った。


 高地にあるグレースランドの要塞の見張り台からは眼下にキリヤートの国土はもちろん視線を右に向ければマッケンジー大河も見え、その向こうのサナンダジュの領土も目に入ってくる。そしてその大河に掛かっている橋の両側、それぞれの国境には頑丈な作りの要塞の様な検問所も見えていた。さらにお互いの検問所の背後には今まさに大掛かりなテントが作られており兵士たちが動き回っているのまで見える。


「あの橋からここまでせいぜい4、5Km。あっという間に来られるの。なのであれを見て」


 マーサの顔が自国の検問所、見張り台から見て左の方向に向いた。同じ方向に顔をむけると下からは見えないがグレースランドの検問所の左右に落石装置がいくつも設置されそこには既に大きな岩がセットされていた。有事の際にはあれを上から落として侵攻を妨げるのだろう。


「落石装置は有効だけど岩の数に限りがあるの。だから騎士と魔法使いが待機しているって訳。魔法師団が上から魔法を撃ち、万が一上に上がってきたら騎士団がそれに対処することになってるの」


 なるほどと頷くブライアン。フィルはこういうのには余り興味はなさそうだ。肩の上にのって足をぶらぶらさせて暇そうにしているのでペリカの実を与えると嬉しそうに両手に持って口に運ぶ。


「あれを使わないのが一番いいんだよな」


『ブライアンが魔法でちょちょっとやればあれを使わなくても済むわよね』


 興味がなさそうな仕草をしていてもしっかりと見ていた様だ。


「そうだよな。それよりもフィル、真っ赤な口で話するなって言ってるだろう?」


 ローブのポケットから出した布切れでフィルの口を丁寧に拭いてやる。最近になって分かったがフィルはブライアンにこうして口を拭いてもらうのが好きらしい。妖精の顔がにやけてきた。女王様の権威が全くないぞ。ブライアンはフィルの口を拭きながらそう思っていた。


 一通り隣国の様子を見たマーサとブライアンは見張り台の1つ下のフロアにある会議室に入った。そこには魔法師団と騎士団の責任者クラスの人間が既に着席して2人を待っていた。ブライアンが以前この要塞を訪問した時にここにいた人もおり数名は顔を覚えている。


 部屋に入ると騎士団の兵士から報告があった。彼らは毎日日が昇ってから暮れるまで交代で見張り台からマッケンジー河の両岸を観察しており物資や人員の動きをチェックしている。


「キリヤート側もここにきて遅れていた物資や人員が届いた様で活気が出てきています」


「それでもサナンダジュ側の方が多いのだろう?」


 そう言ったのはここのNo.2である騎士団から来ているハーツという男だ。ハーツの声に直立不動のまま兵士がそうですと答える。


「サナンダジュが一気に橋を越えてこちらになだれ込んでくる可能性があるってことか」


 ハーツが独り言の様に呟いたのを聞いていたマーサは顔をブライアンに向けると、


「見張り台から見ていたブライアンはどう思う?」


 話を振られたブライアン。見張り台から見ていた時に思った事があった。


『思ってること言っちゃいなよ』


 肩に乗っているフィルが好き勝手に言ってくる。普段はおちゃらけているフィルだがブライアンとは通じ合っているせいもありお互い考えていることがわかる。もっともブライアンがフィルを分かる以上にフィルはブライアンの事を分かっているだろうが。


「そもそもサナンダジュはあの橋を渡ってやってくるのだろうかとは思いましたけどね」


「どう言う事だ?」


 と脊髄反射で聞き返したのはハーツだ。


「武力を比較すればサナンダジュの方が圧倒的だと事前に聞いてましたけど今上から見た限りではお互いの戦力は圧倒的という程じゃない。そりゃサナンダジュの方が多いですけどね。本当に橋を通ってくるのならもっと集めてもいいんじゃないかと」


 ブライアンの言葉を皆黙って聞いてる。


「なのでサナンダジュはここの橋にいる軍、兵士は見せかけで本当は他のところから渡河してキリヤートに進軍するという可能性もあると見ます」


「船で川を渡って侵攻するということ?」


 マーサの言葉にそうだよと言ってから


「魔法使いがいれば風の強さや風向きを気にせずに帆船を風の魔法で動かすことは難しくないからね。橋に集まっているのは陽動部隊じゃないかな。もちろん橋を越えて進軍するだろうけど彼らは本隊じゃない気がする。本隊は別、船部隊じゃないかな」


「もしブライアンの言う通りならあっという間に北部州は落ちるぞ。キリヤートの連中はこの橋しか見てないはずだからな」


「この話、キリヤートに伝える?」


「いやマーサ。それはしたくでも出来ないんだ。俺たちの立場はあくまで自国防衛だ。こちらが余計な動きをするとサナンダジュが我が国に攻め入る口実を与えることになる。それにまだ船で渡河してくると100%決まった訳じゃない」


 ハーツが言う通りだ。ただブライアンは今自分が言った事が100%正解だろうと思っている。フィルも同様だ。


「いずれにしても自分は国王陛下から頼まれている。あの橋を巡って小競り合いが始まったらすぐにここから北部州の州都であるシムズに向かいますよ」


 ハーツもマーサ経由でブライアンの特命を聞いている。自分も含めて部下が死なないのなら良い作戦だとは思うが一方で本当に1人でサナンダジュの大群を蹴散らすことができるのかいまだに半信半疑だ。


 ハーツが顔をブライアンに向けると彼は全く緊張感のない表情で肩に乗っているフィルと何事か話をしていた。


 妖精と通じている男。騎士団でハーツの上司にあたるワッツが絶大なる信頼を置いている魔法使い。ここにいるマーサもそうだ。そして魔法師団の団長であるマシューは国王陛下を前にして、


「あれほどの魔法使いは見たことがありません。あそこまで差があると悔しいという気も起こりませぬ」


 とブライアンの事を言ったという。グレースランド王国で最高の地位にいる魔法使いであるマシューですら足元にも及ばないということだ。


 ハーツは魔法のことはわからないが雰囲気を感じ取ることはできる。底が見えない男だ。ブライアンの事をそう見ていた。


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