第26話 1人派兵 その2
「それにしても本当に1人で大丈夫か?」
ワッツが言うと一緒にいたマーサもそうだよ、大丈夫なのと言った。ここは王城内にあるマシューの執務室だ。国王陛下との面談の後でこの部屋に寄って打ち合わせという名目でお茶を飲んで休憩している。フィルはブライアンが収納から取り出したペリカの実を肩に乗ったままご満悦な表情で食べていた。マシューは黙って彼らのやり取りを聞いている。
「フィルとも話しはしてたんだよ。どうやったら一番人が死なないかってね。もちろんまだ始まってないんだけどさ」
ブライアンがキリヤートに乗りこんで片っ端からサナンダジュの兵士を倒していくのは簡単だ。ただそうすれば時間がかかりその間に多くの人が傷つき、場合によっては命を落とす。兵士にだって家族や友人、恋人がいる。国に命を捧げているとは言え無益な殺生を避けられる方法はないのかと考えていたブライアンとフィル。
「シムスの街に結界を張った上で自分が外にでて風魔法で敵軍を吹き飛ばそうと思ってる」
ブライアンのアイデアになるほどと頷くマシューとマーサだが、
「何千、いや万以上の兵士を吹き飛ばせる事、できるのか?」
信じられないと言った表情でワッツが聞いてきた。
『ブライアンの魔力なら相手がいくらいても余裕ね』
「フィルは俺の魔力なら余裕だと言ってくれている」
「なんとまぁ」
驚いた表情のままのワッツ。横からマーサがワッツを見て、
「ワッツも陛下の前で言っていたじゃない。ブライアン1人でわが国の騎士団と魔法師団を全滅させることが可能だって」
「それは言ったけど。でもそれほどの人数を同時に相手にするとなるとな」
と未だ半信半疑のワッツ。
「まぁ何とかなると思う。それよりももし俺がキリヤートに行ったら2つある国境の警備は頼むよ。どさくさに紛れてこっちにこないとも限らないしな」
「それは大丈夫だ。隣で戦争が始まると同時に国境に兵士を派遣する手配は終わっている」
「魔法師団も同じよ。いつでも動ける様になっているわ。私も行く予定だし」
「もし出向くことになったら出来るだけ早く終わらせるつもり。そうしたら皆が楽だからな」
と最初から負けることを全く考えていないブライアン。
やる前から結果が出ている戦争か。
ブライアンとやりとりをしながらマシューはそう思った。目の前に座っている温厚そうな魔法使い。肩に妖精を乗せている以外はどこにでもいそうな男に見える。だが実際には桁違いの魔力と魔法の威力を持っているこの男1人で本当に戦争を終わらせることができるだろう。当人は何千人相手でも大丈夫だろうと言っているが誇張でも法螺でも何でもない。肩に乗せている妖精の加護があり当人も相当魔力量が多いのは魔力を見ることができる自分にはわかる。
「どちらにしてもここはブライアンに任せる。国王陛下も仰っている様に動きたい様に動いて1日も早く終わらせてくれ。国境の警備は騎士団と魔法師団に任せてくれて大丈夫だ。ブライアンがキリヤートに乗り込む時にはこちらから彼らには話をする。それとブライアンにはグレースランドの公文書を渡そう。向こうで動きやすいだろうしな」
「わかりました。助かります。ありがとうございます」
そう言ってマシューに頭を下げた。
方針が決まるとあとは待ちになる。戦争が避けられないのであればできるだけ早く終結させようとブライアンは毎日の様に王国の人がいないエリアで魔法の鍛錬をしていた。
おかげで魔力量も増え、魔法の威力も更に大きくなったブライアン。
『もう教えることがなくなっちゃいそうよ』
肩に乗っているフィルがそう言う程までに彼は成長していた。
「いやいや、まだまだろう」
草原に座りこんでいたブライアンが肩に乗っているフィルにペリカの実を渡しながら言うと立ちあがり、
「もうちょっと鍛錬をして帰ろう」
『そうね。付き合ってあげるわよ』
「よろしく」
午前中は鍛錬をし、昼過ぎに自宅に戻ってくると午後はいつもの様にのんびりと過ごしているブライアンの家にマーサがやってきた。
「明後日に国境検問所の近くの要塞に出向くことになったの」
マーサを隊長として王都から50名の魔法師団と同数の騎士団が西の国境にある2つの検問所に隣接されている要塞に行くことになった。マシューとワッツは王都の防衛担当として今回は動かないらしい。キリヤートとの国境には2箇所の要塞があるが30名を北のサナンダジュとの国境に近い方に、残り20名は南のもう1つの要塞に派遣するらしい。マーサは北の要塞で現地での魔法師団のトップとして赴き不測の事態に備えるという。
「いよいよなのか?」
「おそらくね。来ている情報では河を挟んでお互いに兵士が集まり始めているということらしいの。軍の情報部では早くて3ヶ月以内と見てる。それでブライアンには悪いけど今から2ヶ月後に要塞に来てもらいたいの。その頃にはおそらく一触即発の状態になっているはずだから」
「わかった」
翌日、魔法師団と騎士団が人々の見送りを受けて王都を出ていった。この頃になるとグレースランドの国民も隣のキリヤートと北のサナンダジュとの間で戦争が勃発することは避けられず、魔法師団と騎士団が国境の警備の強化のために出陣していくのだと知っていた。
国民の中には戦争に対する不安を抱いている者もいたがそれはわずかであり、大多数のグレースランドの国民に取ってはサナンダジュとキリヤートの戦争は対岸の火事でしかなく普段と変わらない生活を送っていた。この国は豊かだ。ほとんどの品物が自給自足で賄えるので物価が上がったりすることもない。
ブライアンも2ヶ月程は王都の市民と同じく表面上はのんびりと過ごしていたが魔法師団が王都を出てから2ヶ月が経った頃、自宅から彼と妖精の姿が消えた。
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