第25話 1人派兵 その1
「北部州に侵攻されたのを確認できた時点でこちらから派兵すると言う事はグレースランド王国としてキリヤートには正式に回答しているがその派兵の内容についてはグレースランド一任になっている。つまり派兵する人や装備など全てこちらで決めるということだ」
マシューの説明をソファに座ってじっと聞いているブライアン。
「国王陛下は、その派兵についてはブライアン1人でやってくれないかと仰っている。切り札をいきなり出して強いインパクトを与えると同時に一気にこの戦争にケリをつけたいというお考えだ」
国王陛下がこの決定をされるまでには王城内で喧喧諤諤の議論があったと言う。ワッツもマシューもブライアン1人だけを派兵することには反対し騎士団、魔法師団から部隊を派遣すべきだと主張した。貴族連中ですら彼1人では無理でしょうと反対したという。
「ただ国王陛下は妖精を従えているブライアンの実力を高く評価されておってな、下手に部隊を派遣するよりも彼1人で好きにさせた方が効率が良いだろうと仰っておる。その上でここにいる3人にブライアン1人で敵の掃討が可能かどうか聞いてこられたのだよ」
マシューがそう言った後でワッツが申し訳なさそうな声を出した。
「実はブライアンが初めて魔法師団の鍛錬場で俺たちを相手に魔法を見せ、俺を含めた騎士団の剣を結界で弾いただろう? あの後王城での報告でマシュー師団長と俺が言っちまったんだよ。ブライアン1人でグレースランドの魔法師団と騎士団を全滅させることができるってな。陛下はその言葉を覚えておられてな」
「お前達3人が認めておるのだろう。その実力をいかんなく披露させれば良いのではないか。そうすればサナンダジュももう2度と南進という愚は検討しなくなると余は思うのだが?」
いやぁ本当にすまないと言うワッツ。ブライアンは黙っていたが肩に乗っていたフィルが
『ブライアンなら全然問題ないわね。それにブライアンと私達だけで行ったほうが死ぬ人が少なくなるよ?』
「確かにそうだな」
今のフィルとのやりとりを3人に伝えると本気か?という表情になる。
「フィルの言う通りでね。俺1人で倒した方が死ぬ兵士の数は少なくて済むだろう。すくなくともこのグレースランドの兵士が大勢死ぬことはない。今回の戦争がもし始まれば誰がみてもサナンダジュに非があるのは明らかだ。早めに決着をつけるためにも俺が1人で行くよ。それに俺の魔法は以前よりも更に威力が増しているんだ。フィルの教えよろしく日々鍛錬は続けているのでね」
どうだと言わんばかりに彼の肩の上で胸を張っているフィル。
3人の本当の来訪の目的は国王陛下の決定事項を伝えて当人の許可、すなわちブライアン単独でのキリヤート援助の了解を取り付ける事だった。ただ当人があっさりと受けてくれたので3人とも拍子抜けした表情になる。
「おそらく万を越える敵の大軍が北部州の州都であるシムスを包囲する。その中に単独で乗り込んでいって本当に大丈夫?」
心配そうな表情でマーサが聞いていた。彼女は陛下からそういう命令が出たとは言え内心では彼1人で行かせることには反対している。
「全ての敵兵をやっつける必要はないだろう。敵の偉いさんに撤退という決定をさせれば良い話だ」
「それでも……」
まだ心配そうなマーサだが。マシューとワッツからブライアンに任せようと言われて渋々納得する。そのやりとりを見ていたブライアン。
「ただやるにあたって一つだけ条件がある。やるからには自分のやり方でやりたい。1人で敵地に乗り込むに当たって余計な指示は受けたくない。それだけだ。やりたい様にやらせてくれるか?その方が俺もフィルも実力を発揮できるんでね」
肩に乗っているフィルもそうそうと大きく頷いている。
3人は構わないというが一応陛下と宰相のご了解を取った方が良いだろうと日を改めてブライアンが王城に出向いて直接陛下と謁見した際にそれを言うことになった。それまで3人からは陛下や宰相には言わないでおくと言う。
久しぶりの登城の日、ブライアンはいつものローブ姿に杖を持ち、肩にフィルを乗せて貴族区を歩いて王城の入り口の門に着くとそこにはワッツとマーサが彼を待っていた。魔法師団長のマシューは王城の中にいるらしい。そう言えば彼の執務室は王城の中だったなと思い出したブライアン。
「転移の魔法は使わずに歩いてきたんだな」
「誰が見てるかわからないからね、戦争も近いし手の内は簡単には晒さないよ」
ワッツと話ながら歩いているのを聞いているマーサ。この20歳の若者は初めてジャスパーで出会った時と同じだ。妖精達が彼を好くのもわかる。人間性がすばらしい。普通なら天狗になってもおかしくない状況なのに出会った頃と何一つ変わっていない。周囲に気を使いそして先を見る目もある。当人の魔法を見た時にはびっくりしたが彼曰く今はあの時よりも威力のある魔法が撃てる様になっているという。誇張でも何でもないだろう。
「マーサ、転移の魔法はどうだい?」
城の中に入る門が見えてきたところでブライアンが声をかけてきた。
「ようやく身についたところ。まだ数十メートル程度だけどね」
「それでも大したもんだよ。続けると少しずつ距離が伸びていくから」
「わかったわ。ありがとう」
マーサは休みの日にブライアンの自宅に来てはフィルから転移の魔法を教えてもらっている。フィルに言わせると筋が良いらしい。
『彼女なら数百メートル、うまくいけば1キロ、いやもっと長い距離まではいけそうね』
フィルの言葉を言うと目を輝かせるマーサ。せいぜい10-20メートルが限界と言われている転移の魔法でそこまで距離を伸ばせれば十分に使える魔法になる。頑張れよとワッツからも声がかかった。
王城に入るとまずはマシューの部屋に行き、そこで合流すると4人で城の奥に進んでいった。
久しぶりに謁見の間に入ったブライアン。人払いをしているのか部屋の両側には貴族の姿がない。王座の前で跪いていると扉が開いて国王であるアーネスト・ホランダー4世とその後からケビン宰相の2人が入ってきた。
「面を上げよ」
その言葉で顔を上げる4名。国王陛下はブライアンと肩に乗っている妖精を見て表情を緩める。
「ブライアン、久しいの。お主が国境を回り、国中の小さな村を訪れては村人の手伝いをしておることは報告が来ておる。魔法を使って困っている人達を助けておる事、余よりも礼を言う」
「ありがたきお言葉」
「さて今日余の元に来たのはキリヤートへの派兵についてだと聞いておるが間違いないか?」
聞かれたブライアンは陛下を見たままその通りでございますと言った。
「ここにおられる騎士団ワッツ団長、魔法師団のマシュー師団長、マーサ副師団長よりキリヤート北部州に敵が進入してきた際には私単独にてキリヤート領にはいりサナンダジュ軍を蹴散らす様にと伺いました。それ自体につきましては何ら異議はございません。ただ1人でキリヤートに向かうにあたり一点だけ国王陛下のご承認を賜りたく本日参りました次第でございます」
「よい。申してみよ」
「お願い事は簡単でございます。私の行動に制限をつけず好きにさせて頂きたく」
「つまりキリヤートにお主だけを行かせるのは構わないが向こうでは好きに暴れさせてくれ、そう言うことだな?」
ブライアンの言葉を聞いた国王陛下が言った。
「その通りでございます」
謁見の間で陛下とブライアンのやりとりが続いていた。国王陛下及びケビン宰相はブライアンから1人では荷が重いので増員を願い出るのかと思っていた様だが実際には1人でいくが好きにさせろと言ってきている。
ブライアンの言葉の後しばらくの沈黙があった。その沈黙を破ったのは国王陛下だった。
「ケビンよ、今のブライアンの提案、お主はどう思う?」
国王陛下の右後ろに控えているケビンに顔を向けて聞いた。
「1人派兵となるとその場での臨機応変の対応が求められます。ブライアンの言う事に理があると考えます」
ケビン宰相の言葉を頷きながら聞いていた陛下。
「余もケビンと同じ考えだ。よかろう。ブライアン、好きに暴れてきて良いぞ。サナンダジュの野望を砕いてきてくれ」
その言葉にブライアンとフィルが頭を下げた。
「それで具体的に作戦は考えておるのか?」
「そこはある程度いきあたりばったりにはなるでしょうが北部州の州都であるシムスを包囲すべく敵が集まってきた時点で魔法で蹴散らしてやろうかと。その際に敵の司令官クラスを倒していけば本国より帰還命令がでるのではないかと考えております。シムスの街に結界を張った上で外にいるサナンダジュを追い出します」
ブライアンの結界の強さは国王陛下以下ここにいる全員が見て知っている。彼の言う通り結界を張ればその中は安心だろう。陛下が頷いているのを見てブライアンが言葉を続ける。
「可能な限り敵を殺さずに大河の向こう側に退却させたいと思っております。あの国の国王は好戦的な人物でもそこにいる多くの兵士は必ずしもそうとは限りません。彼らにも家庭や恋人がいるでしょう。指揮官クラスは場合によっては倒しますがそれ以外の兵士については避けれるものならできるだけ殺戮は避けたいと思っております」
それまで肩に乗って様っていた妖精のフィルが国王を見ながら口を開いた。
『ブライアンはいつも言ってるよ。戦争は無駄な行為だ。人が沢山死んでしまうって。だから彼はどうやったら一番人が死ななくて済むんだろうといつも考えている。妖精族は人間を見る目があるの。彼が単なる人殺しが好きな人間じゃなく平和を愛する人間だってのは間違いのない話だよ』
「おい、今の訳すのかよ」
思わず肩に乗っているフィルを見る。
『当たり前でしょ』
恐れながらとフィルの言葉をこの場にいる人たちに伝えると難しい顔をしていた陛下と宰相の表情が緩んだ。ブライアンがフィルの言葉を伝えている間ずっとフィルはこの人は大丈夫だよと言わんばかりにブライアンの肩を叩いていた。
「良いだろう。余も無益な殺生は好まぬ。妖精も言っておる通りだ。ブライアンの好きにしてよいぞ」
「畏まりました」
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