第24話 近づく戦争の足音
グレースランドに住んでいる一般国民は気が付かないが騎士団や魔法師団、そして物資を売り買いしている商人達に取っては戦争の足音がヒタヒタと近いてきているのを感じ取っていた。
キリヤートからは公式、非公式の両方で特使や密使が王都であるイーストシティを訪問しては関係者との協議を続けていた。主として物資、特に武器弾薬の補給についてだがそれがより具体的な要望に変わっていっていた。
ブライアンは王家から特に命も出ていないので普段の生活を続けていた。午前中は人気のない場所で魔法の鍛錬。午後は家にいたり王都の街をぶらぶらする。たまにあちこちに飛んでは村の様子を見たり手伝ったり。
最初は物珍しかった妖精のフィルもいつも肩に乗せて歩いているとそれが日常になって周囲もそれほど注意を払わなくなる。
金持ち貴族のボンボンが妖精を肩に乗せて王都で何もせずにぶらぶらして過ごしている。
そんな噂が王都の中で流れていった。怠惰の貴族のフリをするという作戦は上手く言っている様だ。というのはそういう噂が当人のブライアンの耳にも聞こえてきたからだ。
『作戦とはいえ酷い言われようじゃない』
肩に乗ってペリカの実を食べているフィルが怒った口調で言った。
「フィル、口の中に食べ物を入れたまましゃべっちゃ駄目だって言ってるだろう?」
『んぐ。だってブライアン、あんまりじゃないの。頭に来ないの?何なら王都のど真ん中で空に向かって最大級の火の精霊魔法でも打ち上げちゃいなよ』
「そんなことしたら今までの苦労が水の泡じゃないか。これでいいんだよ」
そう言ってから肩に乗っていたフィルを抱き抱えると目の前のテーブルの上に立たせると正面からフィルを見て言った。
「国王陛下と騎士団、魔法師団から頼まれてこういう役回りをやっている。切り札ってのはぎりぎりまでそれが誰で何をするのかを周囲に分からせちゃだめなんだよ。それにな」
そう言ってもう1つペリカの実をフィルに渡すと、
「フィルがそうやって気にしてくれている。その気持ちだけで俺は十分だよ」
『そ、そう?ならいいんだけどさ』
ブライアンにお礼を言われて珍しく焦っているフィル。ブライアンに正面から見つめられて恥ずかしかったのか羽をぱたぱたとさせていつもの左の肩に乗ると、
『ブライアンにはフィルと妖精達がついてる。私たちはブライアンがどう言う人間かちゃんと分かってるからね』
そう言ってペリカの実にむしゃぶりついた。
「ありがとうな」
ペリカの実を食べているフィルの頭を優しく撫でながら言った。
騎士団のワッツ、魔法師団のマシューとマーサの3人がブライアンの自宅にやってきた。お手伝いのシアンさん、リリィさんが3人をリビングに案内するとそこにはブライアンとフィルが座って3人を待っていた。部屋に入った3人を見て立ち上がって挨拶をすると4人が改めてソファに座る。
リリィさんが紅茶を4つ持ってきてテーブルの上にペリカの実を置いた。庭を見ると庭のテーブルの上にもペリカの実があり妖精達が集まっては実を両手で持っては口に運んでいるのが見える。フィルはいつもの場所でペリカの実をブライアンからもらって美味しそうに口に運んでいた。
「妖精達もすっかり王都に慣れた様ね」
窓の外を見てマーサが言った。
『ここは住みやすい家だよ。木々も多くあるし結界の中ではブライアンの魔力もたっぷりとある。南の森と同じくらいにいい場所だよ』
フィルの言葉を3人に伝えるとそれはよかったとマシューが言った。
「王都でのブライアンの評判は我々の耳にも入ってきている。損な役回りをさせていて申し訳ない」
ワッツが言うと気にしなくても大丈夫というブライアン。今回3人でやってきたのは最近の状況を伝えるためらしい。ブライアンは王城には顔を出していない。週に2日程は国内を飛び回っているがそれも小さな村ばかり訪問しており街には顔を出していない。
王都の雰囲気で戦争がそう遠くない将来にあるだろうという気配は感じているが具体的な動きまではわからない。
紅茶を飲みながら3人が交互にブライアンに状況を説明した。聞いているブライアンは自分が想像していた以上に戦争がもう間近にあることを実感させられた。いつ始まってもおかしくない状況じゃないか、3人の話を聞いてそう感じるブライアン。
「戦争はサナンダジュとキリヤートの2国間の問題だ。ここグレースランドが傍観を決め込むという選択肢はなかったんだよな?」
話が一区切りついたところでブライアンが言った。
「最初からその選択肢はないんだよ」
マシューが言った。
グレースランドは北は実質侵入不可能な高い山脈であるが西の国境線はほぼ全てがキリヤートと接しているのは知っているだろう?と聞いてきた後で、
「表現の仕方は悪いがグレースランドから見ればキリヤートはサナンダジュとの防波堤になっている。あの国があることでグレースランドへの直接侵攻がなく我々は何をするにも時間的な余裕ができる。そのキリヤートが万が一サナンダジュの手に落ちれば今度は我々が直接彼らと西に長い国境線を接することになる。いくら崖、高低差があるとは言え今までの様にほぼ放置という訳にはいかない。絶えず隣国の様子を見、調べ、備える必要が出てくる。人も金もかかるということだ」
だからキリヤートには援助をするというがブライアンが言った通りに表面的にはキリヤートとサナンダジュ間の戦争だ。最初からグレースランドが前に出ることはできないということらしい。
ただ彼らの話ではグレースランドとキリヤートとの密約の中にキリヤートの北部州に敵が進軍したと確認できた時点でこちらから援軍を送ると言うことになっているという。
北部州とはサナンダジュとの国境になっているマッケンジー大河の南側、キリヤートから見れば最北の地域のことで、この北部州の東にはグレースランドとの北の国境検問所がある。州都はシムスと言い北部州最大の街だ。
「なるほど。国境検問所を防衛するという名目で派兵できるということか」
ブライアンの言葉にその通りだと頷く3人。
「で実際のところキリヤートは北部州を守れるのかい?」
その言葉には3人が3人とも首を横に振った。
「うちの情報部門によるとサナンダジュ軍は渡河してから1週間で州都であるシムスの街まで到達するだろうと見ている」
そう言ってテーブルの上にキリーヤートの地図を広げた。北部州の中央にシムスという名前が書いてある。地図を見る限りだと大河から結構離れていた。北部州の中央部からやや南よりの場所に位置している。
「そんなに早くここまで? あの国だって一応軍はあるんだろ、抵抗しないのか?」
わずか1週間と聞いたブライアンがびっくりした表情になった。
「前にも言ったけどキリヤート軍には魔法使いがほとんどいないの。騎士は多いんだけどね」
マーサによると魔法使いの絶対数が少ないというのが致命的だという。普通魔法使いの魔法の有効射程距離、つまり相手にダメージを与える事ができる距離は50メートルから60メートル。優秀なのになると80メートル近くまで距離を延ばせる。一方で騎士団の弓の有効射程距離はせいぜい50メートルだ。つまり魔法使いは弓の射程距離外から魔法を撃つ事ができることになる。
「我々グレースランド騎士団も同じだ。だから訓練では常に魔法師団との共闘で行う。お互いに単独では厳しいからな。しかし残念ながらキリヤートではそれができない。となると軍事力の差が広がる。そしてもしシムスの街が落ちたら雪崩が起きる様に大軍が首都を目指すだろう」
「わかった。つまりグレースランドの出陣は決定事項になるんだな」
ワッツの言葉にブライアンが言った。肩に乗っていたフィルも話を聞いていて、ブライアンが言ったあとで仕方ないわねと肩をポンポンと叩いた。
「ここからはここだけ、つまりこの場にいる4人のみの話になる。もちろん国王陛下とケビン宰相はご存知だがな」
マシューが言った。
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