第23話 これでいつでも移動できる

「北西にある検問所と要塞を見てきました。こちら側の準備は進んでいる様ですね」


 王都に戻ってきたブライアンは騎士団の詰め所を訪れ、ワッツと魔法師団からやってきたマシューとマーサの3人を前にして報告をしている。


「見たのなら分かるだろうがあそこはサナンダジュとキリヤートの国境になっているマッケンジー河の橋がある場所から遠くない。我が軍にとって最重要拠点だ」


 ワッツの言葉に納得するブライアン。遊軍扱い、しかも戦争の素人の自分は国としての対応に口を出す気はない。言わなくても魔法師団も騎士団もしっかりと準備を進めている。あくまで転移の魔法のマーキングでの訪問だ。


「ブライアンが国境をマーキングしてくれたらもしもの時には楽になる」


「まぁそのつもりで各地をまわっていますので」


『フィルがついてるから大船に乗ったつもりでOKだよ』


 いろんな言葉を知ってるなと感心し、今のフィルの言葉を3人に伝えた。


「フィル殿、よろしく頼みますよ」


『任せなさい』



 ブライアンとフィルはその後は再びキリヤートとの国境線を南下しもう1つの国境検問所と要塞を見る。こちらは魔法師団より派遣されている団員が責任者になっていた。


 ここも絶壁ではなく山裾が広がっておりそこにスロープ状に道が敷かれている。


「北は防衛上重要な要塞であるのに対してここは有事の際にはキリヤートに物資を運びこむ窓口になります」


 説明をしてくれたのはこの要塞の責任者であるリリーという女性だった。副責任者はトッドといい彼は騎士団からこの要塞に派遣されている。

 

 確かにこの南の要塞はグレースランドの中央部から西の方角にあり、スロープから降りてキリヤートに入ると同じ様に西に進んでいくと首都に通じるらしい。普段は物流の拠点としてそれなりに人や荷物の往来があるという。既に要塞の中には弾薬などが積み込まれていた。援助用物資の準備が始まっているのが伺える。


「万が一の時の援軍もここから?」


「そうなるでしょう。我々としてはここから援軍を送り込むのは問題ありませんがこの下から登ってこられる様な事態は避けたいところです」


 万が一ここからサナンダジュ軍が侵攻してくるということはこれより北部が占領されたということになる。


「まだ国境は開放しているんですね」


「商人が行き来していますし。表面上は静かですので。ただ間諜が入ってくる可能性が高くなっていますので国境での検査は従来よりも厳しくなってます」


 つくづく地の利があるグレースランドは有利だと思う。抑えるべきポイントが少ない方が管理がしやすい。


「ちょっと下に降りてみるか」


『いいんじゃない?』


 フィルとのやりとりを聞いていた2人がびっくりするがブライアンは要塞の陰、国境の検問所から見えない場所で杖をトンと叩くと崖下のキリヤートの領土でもある草原の地に立っていた。


「転移の魔法であそこまで飛べるの?」


「封書に書いてあることは間違いないな。彼は切り札だ」


 消えたと思ったら次の瞬間には眼下の草原の先に立っているブライアンを見つけたリリーとトッド。草原の上で消えたと思ったら次の瞬間には2人の隣に戻ってきた。


「下から見上げると要塞の全貌が見えない。うまく隠してある」


 戻ってきたブライアンが言った。


「それにしても一瞬で転移できるのですね」


 感心したリリーの声。


『フィルとブライアンなら当然だよ』


「時間がある時に鍛錬を繰り返していると転移で飛べる距離が伸びました。妖精の加護もいただいていますしね」


 どこまで転移できるとかは言わずに言葉を濁していったブライアン。


 リリーとトッドに礼を言って要塞を出た彼はその後も国境線に沿って南下していき、左最後は南の国境線、海沿いの崖も歩いて国内を1周する。南下した時には故郷のジャスパーに寄って3日程滞在して家族に会って気分転換をしたブライアン。


「これでどこに飛んで行けと言われても大概は大丈夫だろう。次は国内の街を回っていくつもりだよ」


「休み休みとはいえご苦労だった。宰相にはこちらから報告しておく」


 王都のイーストシティに戻ってきたブライアンがマシューとワッツに報告をするとワッツがそう言った。


「頼みます。こっちはしばらく王都で休んでから今度は国内を回るつもりです」


 そう言ったブライアンはフィルを肩に乗せて王都の騎士団の詰め所を出て貴族街にある自宅に戻っていった。


 

 ブライアンはしばらくは王都の自宅でのんびりと過ごしていた。午前中は郊外に飛んで魔法の鍛錬をすると午後は家でダラダラしたり街の中をぶらぶらしたりと怠け者の貴族のフリを続けていた。

 

 魔法は鍛錬をすればするほどに自分の実力が上がっているのが実感できる。魔力量も相当増えていた。


『元々優れた素質のある人が妖精の加護を受けてしっかりと鍛錬するとそうなるわよ。正直今のブライアンを倒せる人はこの大陸じゃあいないわよ』


 たった今巨岩を1Km先から精霊魔法で爆発させたところで魔法がまた強くなったと言った言葉に反応するフィル。


「大陸一とかは興味がないけどこれでまた土を耕したり塀を作るのが楽になると思うとそっちの方が嬉しいな」


『その考え方、忘れちゃだめよ』


「そうだな。もし俺が忘れてると思ったら、その場で言ってくれ」


 分かったという声を聞くと頼むよと言ってペリカの実を1つ渡すと両手で受け取るフィル。心地よい風が吹いている草原の真ん中で肩に妖精を乗せてリラックスしているブライアン。


「戦争なんてやらずに皆のんびりと生きていけばいいのにな」


 風に揺れている草を見ながら言う。


『戦争になったらブライアンの魔法で1日も早く終結させるのも結果的に多くの人を救うことになるわよ』


 俺よりもフィルの方が現実主義者に近いんじゃないか。でも確かにそうだ。


「国王陛下にはお世話になってるし頼まれたら全力を尽くすよ」


 

 ブライアンとフィルはその後も3日ほど王都で過ごすと1日は国内をうろうろと巡るという生活を送る。小さな村を見つけてはそこで村人達の手伝いをしていく。


 この国を本当に支えているのはこう言う畑仕事をする村人や木を切って生活している木こり達などだと思っている。この人たちこそ幸せになるべきだと考えていたブライアンは肩にフィルを乗せてはあちこちの村を訪れては村の柵を新しくしたり井戸を掘ったり村の周辺にいる狼を退治したりと村を訪れては困っている人たちを助けては次の村を訪ねていった。


  

 ブライアンが王都に来てから1年が過ぎた。


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