第22話 国境の要塞
鉱山から王都に戻ってきたブライアンは腕輪に魔力を通してしばらくして転移すると王城内にある転移場所にはマーサが彼を待っていた。魔法師団の団員が騎士団の詰め所にワッツ団長を呼びに行き、彼が来ると魔法師団の詰め所の中にある会議室での打ち合わせになる。
関係者の前でまず預かった手紙を渡してから北のミスリル鉱山の話をする。フィルが新たな鉱脈を見つけたので採掘量はずっと安定するだろうと報告すると全員がほっとした表情になった。
「ミスリルはもちろん。魔石についてもいくらあっても困るものではない。流石にフィル様だな」
ブライアンの肩の上でドヤ顔のフィル。
「あの鉱山は王国の生命線の1つだ。なので頑丈な城壁と街を守るために騎士が常駐している。ブライアンが会ったホールもなかなかの使い手だぞ」
「なるほど。まぁ場所的にもなかなか不審者が近づき難いところにあるし腕の立つ騎士が常駐しているのであれば大丈夫でしょう」
報告が落ち着くいたところでマシューがブライアンを見た。
「最近の情報ではサナンダジュは今から1年半から2年以内に大河を越えてキリヤートに進軍してくるということだ」
最新の情報。つまり間諜が持ち込んだ情報だなと納得するブライアン。
「サナンダジュ国内では戦争に備えた準備が進んでおるらしい。それに呼応する様にキリヤートでも騎士団が大河の南側にある要塞に兵士を増強する動きを見せておる。我々グレースランドもいつまでも対岸の火事と高みの見物を決め込むわけにもいかない。準備だけはしておかないとな」
戦争か。失う物は多く得る物は少ない。多くの兵士や民が殺され生まれてから住んできた土地を奪われ、荒らされる。人はどうしてつつましやかに生きようとはしないのだろうか。
ブライアンが悩んでいるのが分かったのか肩に乗っているフィルは何も言わずに彼の肩をトントンと叩いた。普段は女王様らしからぬ言動が多いフィルだがブライアンの心の中もある程度は見える様だ。今はフィルの心遣いが有難かった。
「それで今後の予定は?」
フィルがブライアンの肩を叩いているのを見ていたマーサが言った。
「鉱山から西に移動して国境沿いにあるという要塞の2か所を見て、そのままキリヤートとの国境を南下するつもりだよ」
「ならば魔法師団と騎士団から手紙を書いてやろう。それを見せれば向こうでも便宜を図ってくれるだろう」
マシューがそう言うと俺も書いてやろうワッツも賛成して手紙は明日にでもブライアンの自宅に届けることとなった。ブライアンにしてもいちいち王家のメダルを出すよりは師団の手紙の方が気が楽だ。それに王家のメダルを出している魔法使いがいるという噂が立つこともないだろう。
サナンダジュとグレースランドの国境にもなっている連峰。そこを起源として大陸を東から西に流れる大河はマッケンジー大河と呼ばれている。
実際に大河になるのは川が平地に降りてきてからで、平地では狭いところでも200メートル、河口近くになるとその数倍の川幅となって大海に注いでいた。
ただ山から平地に流れだしたすぐの場所ではそれほどの川幅はない。せいぜい30メートル程度の川幅で豊かな水が枯れることなく流れている。
その川幅の狭いところ、川が山から平地に流れてくるすぐの場所には石でできた橋がかかっていた。サナンダジュとキリヤートとを結ぶ唯一の橋だ。これより河口側には橋はない。
橋の両橋には両国の検問所と要塞があって幅が約40メートル程の川を挟んで睨み合っていた。商人はこの橋を行き来して商売をしている。
「あの橋からここまではせいぜい4,5Kmといったところか。1時間もかからずにこの国境近くまでやって来られるんだな」
「その通りです。商人にとっては近くで便利でしょうが我々にとっては嬉しい状況とは言えません」
ブライアンは今国境となる崖の上にある要塞の見張り台から西を見ながら話をしている。その隣には国境検問所に併設されている要塞の責任者である王都騎士団所属の騎士ジェイクが並んで立って同じ様に西の方を見ていた。4Km先とは言え上から見下ろしており見通しが良いので橋やその先にある2ヶ国の要塞がはっきりと見えていた。
転移の魔法で北部国境線を歩いてきたブライアンとフィルは西の端の崖の上にくると今度は崖に沿って南に進んでいった。するとそう移動しない内に視界に隣国キリヤートと行き来する国境検問所とそれに隣接している大きな要塞が目に入ってきた。
検問所ではなく要塞の門に近づいたブライアンが騎士団と魔法師団の封書を見せるとすぐに要塞の中に通されここの責任者であるジェイクが要塞の中を案内してくれることになる。
「それにしても切り札とは言い得て妙ですな」
「肩に乗っている妖精、フィルと言いますが彼女が手伝ってくれるんでね」
『フィルに任せておけば大丈夫よ』
ブライアンはフィルの言葉を伝えるとともに万が一の事態に備えて国境線を見てまわっているのだと言う。
ジェイクは隣に立っているこの魔法使いが国王陛下直属の魔法使いであり我が国の有事の際にはとてつもない戦力になるという封書の内容を思い出していた。
ー ブライアンは1人で我が国の騎士団、魔法師団の両方を全滅させる力がある。国王陛下は同氏をグレースランドの切り札と考えておるのでくれぐれも粗相のない様に ー
騎士団、魔法師団ともに表現は別にして同じ内容を記した手紙であった。
確かに妖精を従えている者など今までいなかった。それだけでもただものではないという気がするが隣に立っている魔法使いからは強者のオーラは感じられない。温和な顔をして要塞の上から大河にかかる橋に顔を向けている。
ブライアンは視線を橋から国境の検問所に移した。グレースランドとキリヤートの間には絶壁があると聞いていたがこうしてみると全てが絶壁になっている訳ではないのがわかる。国境検問所のある場所はキリヤートから高さ50メートル程あるがそこは絶壁ではなく山裾の様な緩やかな斜面が広がっていた。その斜面に九十九折りの道が通じていて馬車等が苦労せずに登って来られる様になっている。
馬車が苦労せずに斜面を登ってこられるということは敵軍も登って来られるということだ。ジェイクによるともう1箇所の国境検問所もここと同じ様に緩やかな斜面の場所に作られているらしい。
要塞の中に戻るとここのNo.2である魔法師団所属のパットが2人を出迎えた。3人で要塞の中にある打ち合わせをする部屋に入る。
「ご覧になった通りあの橋の両側で戦力が徐々に増えてきております。特にキリヤート側は数ヶ月前に比べると大幅に兵士の数が増えております」
ジェイクの説明を黙って聞いているブライアン。肩に乗っているフィルはもらったペリカの実を美味しそうに食べている。
「ここの要塞も人を増やしているんでしょう?」
ブライアンの問いに頷くジェイクとパット。
「ご覧になった通りここはあの2国の国境から遠くない。何が起こるかわかりませんからね」
「何もないのが一番いいんでしょうがそうもいかない様だ。どさくさに紛れて斜面を登ってくるサナンダジュの軍がいてもおかしくない」
その通りとブライアンの言葉に頷く2人。ただスロープの上、グレースランド側には下から見えないところにいくつも大きな石を落石させる設備が設置されていた。万が一の時でも上から石を落として敵を蹴散らす作戦だろう。それに魔法使いもいる。そう簡単には上がって来られない様にしていた。
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