第18話 彼がやりたいこと

「それじゃあ留守の間、よろしく頼みます。といっても毎日、無理でも2日に1日は夕刻に戻ってきますので」


「気を付けていってらっしゃい」


 シアンさん、リリィさん夫婦の見送りを受けたブライアンは肩にフィルを乗せ、持っている杖で地面をトンと叩くとその場から姿が消えた。


 次の瞬間ブライアンの姿は王都の外にあった。肩には当たり前の様にフィルが乗っている。


「さて行こうか」


 王都を出ると東に向かって歩き出すブライアン。歩くと言っても実際には視界の先に入る目標に向かって転移を繰り返していくので移動はかなり早い。


「まずは東の海の方に行こう」


『海?海ってなに?』


「海ってのは森にある湖よりもずっと大きいものさ」


 王都の外に飛んだブライアン。フィルを肩に乗せて街道を東に進み始めた。と言っても例によって視界に入る先まで飛べるので数キロ先への転移を繰り返しながら進んでいく。肩に乗っているフィルも初めての景色は新鮮な様で肩に乗りながらキョロキョロと左右を見ていた。

 

 王都から数時間、普通に歩くと1日ちょっとの距離のところに草原にある小さな村を見つけた。近づいていくと村の柵はところどころが折れていてそこからだと村の中が丸見えになっている。


 妖精を肩に乗せて村に入ってきたブライアンを見てびっくりする村人だがそのほとんどは高齢者だ。


「こんにちは。この村には若い人はいないんです?」


 村に入ると1人の老人が近づいてきた。


「ああ。皆王都に出稼ぎに行っとる。この村じゃ畑仕事くらいしかないからの」


 村の中を見ると中央に小さな噴水ありそこから用水路が伸びていて畑に続いていた。


「水源はここだけ?」


「そうじゃよ。村で唯一水がでるのがここじゃ。この水を飲み、この水で洗濯物を洗い、この水で作物を育てておる」


 小さな村だが見ている限りでは村人の表情は暗くない。慎ましやかな生活を送っているんだろう。


『もう少し深いところを掘れば水はもっと出るわよ』


「そうなのか」


 ブライアンは自分は魔法使いでこの国をあちこち旅行しながら回っている、肩に乗っているのは妖精なんだと説明するとやっぱり妖精だったんだと驚く村民。


「それで妖精によるとこの村のもう少し深いところを掘ればもっと多くの水が出るって言ってます。よければ魔法で土を掘りましょうか。ついでに村の柵も修理しますけど」


 やっていただけるのなら是非お願いしたいと村人が言った。聞くとこの村の村長さんだ。


 村の中を歩いてある地点にきた時に


『ここよ。ここが一番良い』


 フィルが言った。そこは村の人の家と畑とのちょうど真ん中あたりの場所だ。


「ここが一番良い場所だそうです。畑を広げるなら今の柵の外側に壁を作って村の敷地を広くしてそれから用水路を作り、最後に水を湧かせます」


「魔法使いさんにお任せしますわ。畑を広くしてくださるのなら我々が食べる食料も増えます。お願いします」


「ということだ。フィル、やるぞ」


『任せなさい』


 任せさないと自分の胸を叩くフィルを乗せたブライアンはまずは村の畑を広くする為に今の柵の外側に杖を突き出した。すると今の村の敷地の外側に地面から土の壁が盛り上がって高さは2メートル弱、幅が50センチ程の硬い土の壁が出来上がる。いくつかの箇所には外が見える覗き窓を作った。


 びっくりしている村人の前でその土の壁を横に広げていき最後に木の柵と繋ぎ合わせた。畑の広さが以前の倍以上になった。手前にある元々あった木の柵は魔法で砕いて粉々にする。


 次に村人の希望を聞いてその通りに区画すると魔法で土を耕し、畑の間に用水路、これも土を固めて作っていく。用水路は全ての畑に水が行き渡る様に地面を凹ませて作った。


「こんなもんかな」


『いい感じ』


 空中を飛んで上から全体を見ていたフィルが肩に戻ってきて言う。


 最後にフィルが言ったポイントまで用水路を伸ばしたところでそこに池を作り杖を地面に当てて魔法を唱えると池の中心が沈んでいき、しばらくするとそこから水が湧き出してきた。


「おおっ、見事なもんじゃ」


 出来上がった新しい池の周りに集まってくる村人達。その池に水が貯まると用水路を伝って畑の中に水が流れていく。


 最後に村の木の柵を全て硬い土の壁に変えたブライアン。まともに工事をしたら数日、いや数週間かかるかもしれない作業がブライアンの魔法だとほんの数時間で終わってしまった。


「これで終わりですよ」


 土の壁で村全体を囲む作業が終わるとブライアンが言った。


「いやいや、これは助かります。魔法使いさん、どうもありがとうございます」


 村長以下村人全員が頭を下げてブライアンとフィルに感謝の意を表した。


『これでこの村は毎年豊作よ』


 フィルが言った言葉を村人に伝えると大喜びする彼ら。お礼にとこの村で取れた野菜をたっぷりと貰うブライアン。その中にペリカの実があるのを見つけたフィル。


「この妖精、ペリカの実が大好きなんですよ」


「いくらでも持っていってくださいな。私たちからの気持ちですから」

 

 袋いっぱいのペリカの実を貰って礼を言ったブライアンは村人総出の見送りを受けて村を出ると東に向かって歩き出した。


『ブライアンがしたかったのって今みたいなこと?』


 貰った新鮮なペリカの実を早速食べているフィルが聞いてきた。


「そうだよ。あれこそが魔法の正しい使い方だと俺は信じている。人の為に使うものだとね。戦争がなけりゃあこうやってあちこちの村を回ってお手伝いしたいと思っているのさ」


『その通り。えらいえらい』


「真っ赤な口で褒めてくれても威厳がないぞ」


『うっ!』


 村人の見送りを受けたブライアンは村を出ると草原で杖をトンと叩くと次の瞬間には王都の自宅の庭に戻ってきた。


「これだと野営しなくてもいいだろう?」


 肩から飛び立ちブライアンの顔の前で羽をバタバタとさせて浮遊しているフィルにどや顔で言う。


『楽しすぎじゃないの?』


「楽出来るときはしとくんだよ」


『ふん』


 そう言いながらもフィルが自宅の庭の木々に向かって飛んでいく姿を見ているとフィルも自宅に戻ってきて喜んでいるのがその姿からも分かった。妖精だって自宅がいいもんだよなと飛んでいるフィルを見てブライアンは思った。

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