第11話 サナンダジュとキリヤート

 大陸の中央部の広大な土地を支配しているサナンダジュ王国。その国土は大陸中央部の東の端から西の端までと北はアヤック帝国との国境になっている高い山、南はグレスーランドとの国境になっている山脈とそこを水源として大陸を東から西に流れている大河の北側までだ。


 首都は帝都と呼ばれ50万人近い人がそこに住んでいるがそのうちの1割以上が軍及び軍関係者だ。


 現在の国王はサナンダジュ5世。30代前半で父親より国王の地位を譲り受けて以来10年間彼はひたすらに軍備を増強してきた。父親が成し遂げられなかった大陸制覇を彼の代で成し遂げることができれば後世にも英雄としてサナンダジュ5世の名前は残る。彼はその夢の実現の為に軍備を増強し、同時に国を上げて騎士と魔法使いの育成を進めてきた。


 そして今サナンダジュ軍は全国で騎士約10万人、魔法使い約5万人という巨大な組織になっている。もちろん軍の最高司令官はサナンダジュ5世だ。


「軍の質及び装備についてもかなり仕上がってまいりました。あと2年もすれば南部侵攻の準備が全て整います」


「魔法師団についても同様でございます」


 帝都にある巨大な王城の一室で国王の前で2人の男が膝をついて話をしている。騎士団の師団長であるバット、そして魔法師団の師団長であるグルチャという2名の男だ。どちらも50代で先の4世の時から仕えている。国王のサナンダジュ5世は謁見の間の一番奥、数段階段を上がった先にある大きくて豪華絢爛な椅子に腰掛けて2人の話を聞いていた。


「余は1日も早く侵攻したいと考えてはおるが、やるからには中途半端な状態で事を起こしては途中で綻びがでるやもしれぬ。しっかりと準備をし一気に蹴散らそうぞ」


「おっしゃる通りでございます。あと2年あれば兵士の質の向上はもちろんの事剣や矢と言った装備、そして弾薬なども十分な量が揃います。今は来る時の為にさらに兵士の練度を上げる所存でございます」


 バッドの言葉に大きく頷く国王。隣からグルチャが言った。


「魔法師団も同様でございます。魔道具である通信具についてはここから2年の間で十分な量が確保できる見通しでございます。また魔法師団の兵士につきましても日々鍛錬をしてはおりますがさらなる魔法の威力の増大及び集合魔法の鍛錬に勤しむことによりより強い魔法を発動することが出来る予定でございます」


 2人の発言を聞いて大きく頷くサナンダジュ5世。


「今日ここにはおらぬが戦略家のジザフには侵攻に於いてのパターンをいくつか検討させておる。近い将来奴を交えて具体的な南進の方法を話し合おう。まずは南の2国を落とすことに全力を尽くすぞ。北の狐退治はその後とする」


 その言葉に頭を下げる2人の師団長。



 戦争の風がこのサナンダジュの地より大陸中に吹き始めた。




 キリヤート国は大陸で唯一国王や貴族のいない国だ。この国は共和制をとっており国の最高責任者は宰相と呼ばれておりその下に大臣と呼ばれる人たちがおり宰相と大臣の合議制で国を運営している。これを評議会と呼んでいる。


 この国が王国ではないその理由はこの国が他民族国家であるということに由来していた。100年以上も前、本来よりこの地に住んでいた人に加えてずっと以前に北からやってきた人、そして一部は東からやってきた人達が集まってできた国家がキリヤートだ。


 宰相は今でもこの3つの民族から交互に出され6人いる大臣は地元民、北からやってきた民、そして西からやってきた民がそれぞれ2名選出している。


 宰相がいる都市は王都や帝都ではなく首都と呼ばれておりそこには城はなく代わりに評議会会館と呼ばれる建物があり政策決定など政はその建物の中で決められていた。


 今その評議会会館の中にある会議室には宰相以下6名の大臣とグレースランドから戻ってきた使節団5名が部屋で会議を行なっていた。


「つまり我が国の有事の際、グレースランドはとりあえず表立ってではなく裏から我が国を援助すると言ったということだな?」


「その通りです」


 大臣の問いに答えたのは使節団の代表としてグレースランドを訪問した男だ。


「それにしても最後に宰相が言った言葉はどういう意味なのか」


 今のキリヤート宰相であるクルマンが言った。彼は地元民出身だ。


「おそらくは秘密部隊、それも魔法系の部隊を所持しておるのではないかと」


 そう答えている彼にも確証はなく言葉の口調が弱くなる。


「あの国は高地にあり国境を開放している場所が少ないのでなかなか間諜が送り込めないのが痛いな」


 各国ともその国の内情、情報収集目的で大陸のさまざまな国に間諜を送り込んでいる。それはキリヤートもグレースランドも例外ではない。ただ一般的な話としてはキリヤートは間諜天国と言われるほど多くの間諜が首都を含めさまざまな場所にいるというのは有名な話だ。評議会は立場上その噂を完全否定しているが。


 一方でサナンダジュ王国も国土が広く長い国境線を持っている関係でキリヤートを始めグレースランド、そして噂ではアヤック帝国からも間諜を放っているという。ただサナンダジュ王国はそれに対抗するために帝都に関しては市内にさらに城壁を構えて許可証がないとその城壁を越えられない様にしている。それぞれの城壁には検問所があり兵士が厳しく行き交う人を調べている。


 実質王城のあるエリアには余程のことがないと入れない様な厳重な警備を敷いていた。


 グレースランドはその土地柄長い国境線はあるものの物理的にその国境を越えるのはほぼ不可能でありキリヤートと接している国境線の長い崖の数箇所に斜面を行き来する道を作っている。そこが国境になっておりキリヤート方面からくる人は全てその検問所を通らなければならないがそこの警備所には常時魔道士が駐在しており彼らの魔道具を使って所持品の検査や申告の内容に嘘がないかをチェックしていた。


 グレースランドに間諜を送り込むことは至難の技だと言われている。


「秘密部隊か。あの国には我が国の間諜はいないのだな?」


 クルマンの問いに答える1人の大臣。


「おりません。過去数度人を送りましたが全て国境にて見破られてそのまま国外退去処分となっております」


 報告とその後のやりとりが終わったところで現宰相のクルマンが口を開いた。


「いずれにしてもグレースランドは我が国を見放す事はない様だ。秘密部隊のことは引き続き調査するとして後方支援を取り付けた以上我々としては北の国境の部隊を増強すると同時に国内で義勇兵を募り既存の軍と合わせて有事に備えよう」


 望まない戦いではあるがかと言って何もしない訳にはいかない。キリヤート国軍も戦争に備えて動き始める。

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