第10話 マーサ

『王様にしちゃあやるじゃない。ここはいい場所よ』


「フィルと妖精が気に入ってくれたのならよかったよ」


 ブライアンに与えられた新しい家の敷地に入ると早速庭にある木々の間を飛び回る妖精達。フィルが言うにはこのブライアンの家と庭を含めて敷地全体に強力な結界を張ったので何人たりとも入ってこられなくしたという。


『ブライアンが認めた人だけが入れるから』


「それにしてもこれ程の強力な結果は見たことがないな。見事なもんだ」


『でしょう?もっと私を褒めていいのよ』


 フィルがこういう時は果実の実を与えるに限る。

 果実の実を見るとフィルがわかってるじゃないと言って1つ手に取って早速口に運ぶ。


 妖精達が好むこの実はペリカという実だ。グレースランドの様な高地に生息しており

実は食用として人気がある。妖精族の連中もこのぺリアが大好物だ。そのまま食べてもよし、火を通してもよしという果実でグレースランドの人々にとっては馴染み深い果物だ。


 育てるのも簡単なので大抵の家の庭先には1本ほど植えてある。王都のブライアンの新しい家の庭には高い木々が植えてあったがそれとは別に新たに10本以上のペリカの木を植えた。


 王家よりは使用人はどうするのかと聞かれたがそれはこちらで用意すると答える。この新しい家には平屋になっているブライアンが住む本棟の他に入口の門を入った左側に使用人様の家があるのを見ていたブライアン。使用人をお願いする人についても彼には当てがあった。その人たちが来るまでは1人で十分だ。


『実が成るのが楽しみだわ』


 フィルが庭にあるペリカの木を見て言った。


「実が成っても食い過ぎんなよ」


『分かってるわよ』




 新しい家にも慣れ、庭で鍛錬を終えて妖精達とペリカの実を食べているとフィルの小さな耳がピクピクと動いた。


『魔法使いの女性が来るよ』


「マーサのことかな」


 フィルを肩に乗せて家というか小さな屋敷の門に歩いていくとそこに魔法師団副師団長のマーサが立っていた。濃紺色の魔法師団の正式なローブを身につけている。金髪で青く澄んだ目をしている美人の魔法使いだ。


「いらっしゃい」


 門を開けて家の敷地の中に招き入れる。


「案内を乞おうとしたらブライアンが出てきた」


「ああ。フィルが気がついた。一度会っている人間の魔力の波長は覚えているらしいんだよ」


 肩に乗っているフィルがドヤ顔をしているがそれを無視して彼女を家に入れるとリビングに案内する。


「1人暮らしなんで大したものはないが紅茶でも飲むかい?」


「お願いしていい?」


 マーサは平民の出ながら魔法師団の副師団長を務める程の秀才だ。一方でブライアンは下級貴族の次男坊。どっちが上だか下だかわからないのでタメ口で話をする。


 彼はこういう貴族の階級や身分による差別というか区別が好きではない。国王陛下とその他大勢の国民でいいじゃないかと常に思っている。


 紅茶をテーブルの上に置くと向かい合って座ったブライアン。テーブルの上には皿がありその中にはペリカの実が入っている。


 モゾモゾしているフィルを見て


「全部食うなよ。お客さん用だぞ」


『わかってるわよ』


 肩から飛ぶとテーブルの上にある皿からペリカの実を1つ手に取ってブライアンの肩に戻ると食べ始めた。


「それにしても本当に妖精に懐かれているのね。まるで友人同士みたい」


 ブライアンとフィルのやりとりを見て、聞いていたマーサが言った。


「フィルとはどちらが上とか下じゃなく対等なパートナーということになってるんだ」


「なるほど。それにしても良い関係ね」


 そうでしょ?と言わんばかりに胸をそらせるフィル。ただ口の周りはペリカの実で赤くなっているので当人が思ってるほど威厳はない。


『彼女もブライアン程じゃないけど優れた魔法使いね。鍛錬したらもっと伸びるわよ。魔力が素直で綺麗なの』


 ブライアンはほぅと言ってから今フィルが言った言葉をマーサに伝えると彼女の表情がパッと明るくなった。


「嬉しいことを聞いた。これからの鍛錬の励みになるわ」


「それで忙しい副師団長がここに来たわけは?」


 紅茶を飲んでいたマーサがコップをテーブルに戻すと


「マシュー師団長から頼まれてね。おそらくブライアンは自分の周りで急に事が進んでいて一体何が起こっているのかがよくわかってないだろうから一度しっかりと我が国の状況や他国の状況を話しした方がいいんじゃないかって話しになったのよ」


「それは助かる。なんせこっちは王都に来るまでは辺境領の田舎町しか知らなかったからな」


 そう言って手を伸ばして皿の上からペリカの実を1つ取るとほらっとフィルに渡した。


『えへへ。ありがと』


 ブライアンとフィルのやりとりを見ていたマーサが話しだした。


 グレースランド王国はその地理的な特異性、高地にある国家ということで周囲を天然の要塞に守られており過去より他国の侵攻は全くなく国が発展してきている。


「だからと言って国を護る術を持たなくても良いという話にはならないわよね。技術や魔法が進化すれば天然の要塞を破って国の中に入ってくる可能性もあるからね」


 そりゃそうだ。そんな甘い考えだと国家は永続しないだろうということはブライアンでもわかる。


「なのでこの国には魔法師団と騎士団という2つの国家が抱えている軍があるの。どちらもこの国のあちこちに砦や要塞を作っては常に周囲を警戒しているわ」


 その周囲の警戒で最も警戒すべき相手がグレースランドの北側にある大山脈の向こうにあるサナンダジュ王国だそうだ。


「今の国王、サナンダジュ5世は今までの歴代の国王の中で最も強硬派だと言われている。領土拡大の野心に燃えているそうよ」


 サナンダジュ5世は北のアヤック帝国との国境になる山の間、南はキリヤートとの国境になる大河の辺りに軍隊を常時駐在させているらしい。ただ北の国境も高い山々があり実質的な軍の中心部隊は南の大河沿いにいるそうだ。


「幸いにこの国とサナンダジュとの間には万年雪を被っている前人未到、踏破不可能と言われている大山脈が連峰としていくつも連なって聳えている。実際あの山脈を超えて進軍してくることは不可能」


 マーサの説明に頷くブライアン。フィルはもうブライアンからペリカの実が貰えないとわかると開いている窓から庭に飛び出ていった。外にいた妖精達と木の中を飛び回っているのが見える。


「我が国の軍の情報部によるとその状況の中でサナンダジュはまずはキリヤートに攻め入ってそこを落として自分の領土としてから本格的にグレースランド攻略を始めるのではないかと分析しているの」


「その侵攻の時期などの予想はついているの?」


「数年以内いうのが情報部の見方よ。つまり侵攻することはまず間違いないだろうってこと」


 サナンダジュとしてはキリヤートを落とし次にグレースランドを落とす。最後に北のあヤックを落とすということを考えているのかと聞くとその通りとマーサ。


「戦争ばかりしていたらお金がかかる。民は飢えるし人は大勢死ぬ。どうしてそこまでして国を大きくしたいのかが俺には全く分からない」


「ブラインの考え方が普通よ。誰も好き好んで人を殺したくないし自分の領土を荒らされたくもない。でも今のサナンダジュ5世はそうじゃない。この大陸を制覇して大陸の王となることを夢見ている」


「とんでもない野郎だな」


 ブライアンの口調に私もそう思うわよとマーサが言った。


「それでここからが本題。実はほんの数日前にキリヤートから非公式に王都に使節団が来たの。目的は万が一サナンダジュが攻めてきた時は助けて欲しいって」


「キリヤートには軍はないのか?あるんだろ?」


「もちろん彼らも軍は持っている。ただどういうわけかあの国では魔法使いの数が圧倒的に少ないのよ。騎士はそこそこいるんだけどね」


 戦争では騎士団だけでは勝てない、又魔法師団だけでは勝てないと言われている。武器と魔法を効率よく運用して初めて効果が出るというのは多くの戦略家が言っており過去の戦争の記録を見ても正にその通りだ。ただそれは普通の騎士と普通の魔法使いという前提条件がつく。


 ブライアンが黙っているとマーサが話を続ける。


「キリヤートから来た使節団と面談したのは宰相と情報部の幹部達。その際に我が国からは裏から支援しましょうという話を持ちかけた。つまり戦争になった場合には矢面には立たないが後から物資や弾薬、そして食料などの援助をしましょうってことよ」


「なるほど。でもそれだとキリヤートが納得しないんじゃないの?」


「その通り。会談で彼らから不満が出たらしいの。自分たちが出した報酬に対して見返りが少ないってね。その時にその会談に出ていたケビン宰相が言ったの。もし戦争になってキリヤートが不利な状況になったら、正式な軍隊よりももっと効果的な方法で攻めてきたサナンダジュを蹴散らすことができる手段を我々は持っているので安心してくれってね」


「つまり俺はグレースランドの隠し玉ってことか」


 全てを理解したブライアンが言った。


「切り札は滅多に使わないから切り札なの。本当にギリギリまではブライアンの存在は隠すつもりよ」


「俺の出番がないことを祈ってるよ」


 ため息をついてブライアンが言った。


「戦争になるのはもう少し先。今は国内のあちこちを好きに動いて見聞を広めておいて」


「戦争は避けられないってことか」


 そう言ったブライアン。しばらく間が開いてからマーサが言った。


「……残念ながらね」


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