第9話 魔法
鍛錬場の外から声がして騎士の鎧を着て大きな剣を携えた大柄な男が鍛錬場に入ってきた。
「ワッツだ」
「ああ。騎士団長でかつ騎士団No,1と言われているワッツがやるのか」
近くにいた魔法師団の団員から声が上がる。その声はブライアンにも聞こえていた。近づいて来ている男は王国騎士団の団長らしい。
ワッツと呼ばれた男は鍛錬場に入って師団長と副師団長が立っている場所に近づくと、
「私があの強化魔法、結界に剣を振るってよいだろうか?」
聞かれた2人は中央にいるブライアンに顔を向ける。魔法師団の2トップと言われている師団長とマーサ。とはいえ彼らでも騎士の本気の剣を受け止めることはできない。せいぜい威力を削ぐくらいだ。つまり結界を張っていても肉体に傷をつけられるということだ。
ただ今鍛錬場の中央でのんびりと立っている男は違う。まずあれほどの強化魔法で張られた結界は見たことがない。そしてその結果の中ではその男は肩に乗っている妖精と普通に会話をしている様だ。結果を維持するために魔法に集中している訳でもない。
「よかろう。遠慮なくやってくれ。万が一の時は魔法師団が責任を持って彼を治癒する」
「それなら問題ないですな」
ワッツは2人から離れると鍛錬場の中央に歩いていった。
「王国騎士団所属のワッツという。団長をさせて貰っている」
「辺境領から来たブライアンです。それでこっちは妖精のフィル」
フィルはよろしくねと肩から少し上に飛ぶとその場で上半身をまげてお辞儀をする。ブライアンにもフィルにも全く緊張感がない。
「よいかな?」
「いつでも」
ワッツは剣の達人だ。その達人が見ても目の前にある結界は見たことが無い程の強固なものだ。本気でいって切れるかどうかだなと判断すると、
「参る」
大きな両手剣を上段に構えたワッツが気合を入れた声とともに袈裟懸けの動きで斜め上からブライアンに剣を振るった。
次の瞬間に持っていた剣は結界に弾かれてあさっての方に飛んでいった。
この場所には大勢の人がいるがまるで無人の様に物音ひとつしない。暫くして鍛錬場の上に落ちた両手剣の音がした。
「悪いがもう一度、今度は2人でかかってもいいかな?」
「2人でも3人でも何人でも大丈夫ですよ」
結界の中でブライアンは眉一つ動かしていなかった。肩に乗っているフィルも同じだ。しかもフィルに至ってはそんなんじゃ無理よと言った風に顔の前で片手をダメダメと左右に振っている。おいおい、煽るなよ。
ワッツが声をかけると騎士団の中から3人が近づいてきた
「彼らは騎士団でも上位の剣術使いだ。この3人と俺を入れて4人でいかせてもらう」
ことの成り行きを見ていた魔法師団の団長のマシューは流石に顔色を変えた。
「さすがに騎士団の上位4名の剣を受け止めるのは無理なんじゃないか?」
その声が聞こえたブライアンは
「まぁ大丈夫でしょう。万が一の時はお願いします」
『万が一はないわよ』
隣でフィルが突っ込んでいるが無視するブライアン。
団長が分かったという事で2回目が始まった。ワッツの合図で今度は4人が一斉に剣でブライアンに襲い掛かった。
結果は同じだった。
4人の剣は見事に弾き飛ばされ、結界の中にいるブライアンそして妖精のフィルはそのままだった。フィルは手を振ってサービスしている。
「攻撃魔法、そして守備魔法。どちらも桁外れだ。これも妖精の加護という奴なのか?」
『ちょっと違うわね。確かに妖精の加護はあるけど加護をかけられるブライアンの魔力がもともと凄いのよ。加護だけじゃここまで強い魔法は撃てないし強い結界も張れない。元が大事なの。加護はそれを少し伸ばすお手伝いをしているだけ』
フィルが言った言葉をブライアンがその場にいる魔法師団と騎士団の連中に言った。
「なるほど。ブライアンの優れた魔法の素地の上に妖精の加護が上書きされてここまで強い魔法が撃てるのだな」
『その通り!』
肩に乗っているフィルがマシューが言った言葉にえらいえらいと小さな両手で拍手をした。
騎士団と魔法師団の中でのブライアンの評価が急騰した。
田舎町からやってきた魔法使い、精霊を肩にのせているが大したことないんだろうなどと勝手な憶測だけで話をしていた連中は目の前で信じられない程の強力な魔法を見せられて黙り込んでしまう。
そして王城の中にもこの日の話が直ぐに伝わった。数日後にマシューとマーサ、そして騎士団のワッツが登城すると国王陛下と謁見した。
「なるほど。妖精の加護だけじゃなくブライアン自身が優秀な魔法使いだからこそ出来る技なのだな」
「その通りでございます。その魔法の威力たるや私や副師団長のマーサが赤子の魔法使いに見える程の差がございます。正直あそこまで差があると嫉妬も致しませぬ」
「ほう、それほどか」
魔法師団長のマシューの報告を聞いている国王陛下。その横には宰相のケビンも立っている。そしてこの日は左右の壁に貴族や大臣らが列席していた。皆驚愕した表情で国王陛下とマシューのやりとりを聞いている。
「ワッツ、お主の意見はどうじゃ?」
マシューの報告が終わると同じ様に王座の前で膝をついていた騎士団のNo.1と言われているワッツが顔を上げた。
「マシュー魔法師団長の言葉に嘘はございません。精霊魔法については私には見えない内に発動されその直後にミスリルの人形が爆発しました。あの人形が破壊されるのを初めて目にしました。そして結界魔法は私とほかに3人が同時に切り込んでもびくともしない強さでありました。恐れながら彼一人で王国騎士団と魔法師団を全滅させる事が可能かと」
その言葉に貴族や大臣がざわざわとする中、
「私もワッツ殿の意見に同意いたします。ブライアンはそれほどのレベルにある魔法使いでありましょう」
魔法師団長がワッツに続いて言った。
「して彼をどうすればよいと考えておるのじゃ?」
陛下の言葉に魔法師団長が顔をあげて答える。
「好きにさせれば良いかと。幸いに彼自身は温厚な性格をしており当人は国のあちこちを回り、魔法を使って国を良くしたいと申しております。その通りにさせれば良いかと。そして有事の際にのみ彼の力を使えばグレースランド王国は安泰でありましょう」
国王陛下は次にワッツに顔を向けた。
「マシュー師団長の言葉通りで良いかと。好きにさせて必要となれば陛下の命にて出撃させれば良いと考えます」
やり取りを黙って聞いていた宰相のケビン。
「彼が王家、そしてこの国を裏切る可能性は?」
その言葉には同時に首を左右に振るマシューとワッツ。
「妖精は邪な心を持っている人間や動物には近づかないと聞いたことがあります。しかも妖精自らが姿を現してブライアンとパートナーになったと申している以上彼が妖精から見ても素行や性格に問題がない人間だということになりませんでしょうか?」
「うむ。マシューの言う通りじゃ。妖精に好かれておる時点で邪な心を持ってはおらんだろう。となると彼を自由に、好きにさせた方が良いかもしれんな。我が国の切り札になる男だ。今は表舞台から外しておいた方がよいだろう」
「いかにも。仮に魔法師団所属になりますとどうしても周辺国へ情報は流れます。陛下の仰る様に彼を隠して自由にさせた方がよろしいかと」
宰相のケビンも国王の意見に賛意を示した。
国王陛下は少しの間の後で大きな声で宣言する。
「わかった。ブライアンについては余の直属の魔法使いとし、引き続き王都に住むことにさせる。ただし余が命じない限りにおいては王都を離れて自由に動き回ることを許可する」
その場にいた全員が頭を下げて声を出した。
「「仰せのままに」」
宿にやってきた王家の担当者がブライアンには貴族区の一軒家を用意すると言った後で今回のブライアンの急な王都への移動により迷惑をかけたと、そのお詫びというか報酬として辺境領のジャスパーの街を収めているホスマー家は男爵家から子爵家に昇格となり今収めている土地を辺境領よりホスマー家の土地とすることにし、同時に王家より白金貨10枚、金貨にして10万枚が寄贈さることになったと報告する。
ついでにブライアン自身にも金貨500枚が寄与される。当座の資金だそうだ。そしてそれとは別に毎月王国から給金がでるらしい。
当座の資金も給金も多すぎるよ。王家の金銭感覚を疑うレベルだ。
後で聞いたら辺境伯もしっかりと金貨をもらったそうだ。
我が家も土地を持つ貴族になってしかも爵位が1つ上がった。これは家族にとっても良い事だと素直に喜ぶブライアン。
貴族区の中にブライアンの新しい家が準備できたと連絡が来たのは王家の担当者が宿に来てから10日ほど過ぎた頃だった。ブライアンは家を準備するにあたり関係者に一つだけ希望を出していた。
住居を決めるにあたっては屋敷の広さや場所よりも広い庭があり妖精達が休める場所、木々が伸びている家が良いと。
その家は貴族区の最も端、王城からは最も遠い場所にあるがその家は平家建てながら広い敷地を持っており庭が広い。その広い庭にはちょっとした林の様に木々が生えている。フィルと他の妖精は一目見てこの家を気にってくれた。家自体も平屋とはいえ中は広くて1人じゃ十分すぎる程だ。ブライアンは滅多に王城に出向く事はないだろうし、それなら家の環境のいい方が良い。それに一等地でない分注目されにくい。
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