第6話 魔法師団
ブライアンがジャスパーで成人の儀を終える少し前、王都からミンスターに繋がっている広い街道を4名の者が馬に乗って一路辺境領を目指していた。彼らは騎士ではなかった。なぜなら4名全員が魔法使いが着るローブを身につけて馬に跨っていたからだ。
途中の街で夜を過ごす以外は寄り道もせずにひたすらに南下を続けた彼らの前にようやくミンスターの高い城壁が見えてきた。
「これはこれは遠路はるばるご苦労様です」
領主の館では侯爵であるオースティンがついさっき館にやってきたローブ姿の4名を前にして挨拶をしている。
「こちらこそご無沙汰しております。オースティン侯爵におかれてはご健康そうで何よりです」
そう言って頭を上げたのは金髪を肩まで伸ばしている女性だ。その背後に男性3名が控えているが全員が同じローブを着ていた。
濃紺の生地に金の縁取りがされているローブ。
グレースランド王国の魔法師団の正式な制服である。
「マーサ副師団長自らお越しになるとは思いませんでした」
オースティンは侯爵という地位にあるとは言え目の前にいるのは魔法師団。彼らは国王陛下直属の部隊だ。しかもそこのNo.2となると貴族とは言ってもそれなりの対応が求められる。
「国王陛下よりの命でございます。侯爵の報告書を読まれた陛下は直ちに我々魔法師団に対して彼の実力を調査し、その上で魔法師団として必要と判断すれば王都に連れてまいれという事です。本来であればマシュー師団長が来るべきところ、どうしても外せない用件がある関係で私が参った次第でございます」
「なるほど。即断即決される陛下らしいといえばらしいですな」
その言葉にいかにもと頷くマーサ。
「妖精を従えておる魔法使い。侯爵の報告書でなければ唯の絵空事の言葉で終わりますでしょう。ただ本当であればそれは我がグレースランドにとって益のある話になるかも知れません。もちろん魔法師団にとってもそれは同様でございます」
オースティン侯爵はブライアンとの面談の後、王家に対して書面を送付していた。曰く、
・辺境のジャスパーに妖精を従えている魔法使いがいる。
・その者は妖精と会話をすることができる。
・妖精はその者に懐いており彼が成人の儀を終えたのちに我が国内をあちこち回る際にも付いていくと話しており、王都にも参上すると申しておるのでその際にはお目通りされてはいかがか。
そしてその者、ブライアンについての説明を書いて送っていた。
王都にて侯爵よりの封書を読んだ国王陛下は
「妖精と通じた者がおるのであれば1日も早く会ってみたい。彼が王都に来るのを待つのではなく我の下に参上する様にしてくれ」
その話が出るとすぐに魔法師団よりマーサをリーダーとする4名が辺境領に派遣されたということらしい。
彼らはその日はミンスターの辺境領伯の館で夜を過ごすと翌朝にはジャスパーを目指して旅立っていった。
数週間前に成人の儀を終えたブライアン。すでに成人となり館を出て行かなければならないのだがそこはある程度の融通が効く。準備期間という言葉のもとに成人の儀から1年以内に家を出ていくのが習慣になっていた。
まだジャスパーの館に住んでいるブライアンはその日も朝から森に出向くと魔法の鍛錬をしていた。
「また魔法が強くなってるな」
『真面目に鍛錬しているからよ』
「フィルの教えが良いからってのもあるよな」
『それ大事な点よ。私の教えがいいからよ、そうなのよ』
休憩すると大木の根元に座って収納からペリカの実を取り出すとそれを見つけた妖精達が集まってきた。
「いっぱいあるからゆっくり食べるんだよ」
一番がっついているのはフィルだ。これでも女王様なんだよなとペリカの実を食べている妖精達を見ていると近づいてくる気配を感じるブライアン。
『悪い人たちじゃないわね』
食べながらフィルが言う。他の妖精も姿を隠すこともせずに実を食べている。彼らがそう言うのならそうなんだろう。ブライアンも木の根元に腰をおろしたまま水を飲んで休憩する。
ジャスパーの館に着いたマーサはこの館の主であるワーゲン男爵とその長男で次期当主であるジャックと面談し訪問の趣旨を話する。王都の魔法師団のNo.2の突然の来訪に驚いたワーゲンだがその理由を聞くと納得する。その場で男爵から次男のブライアンは毎日郊外の森で魔法の鍛錬をしていると聞き教えられた森の中に入っていった。
マーサを先頭にした魔法師団員4名は森に入ってしばらく進むと前方に気配を感じて一旦歩みを止めた。そして再び今度はゆっくりと近づいていった4人は木々の間から見えた光景に思わず目を見張った。その場で立ち止まってじっとその光景に見入る。
木の根元に座っているローブを着ている魔法使いの周りには20体程の妖精がまとわりついているのだ。何体かは男の肩や頭に止まって何やら赤い実を食べており、他の妖精達はその男の周りを飛びまわっている。
我に戻ったマーサがその男の方に近づいていくと座っていた男が立ち上がった。妖精達は1体を除いてはその場から飛び立つがそれでも姿を消すことはせずに木々の間を飛び回っている。
「失礼だけどブライアン・ホスマー?」
先頭にいたローブを来ている金髪の女性が聞いてきた。そうだと答えると4人の緊張が解けるのがわかる。
「私はマーサ。王国魔法師団の副団長をしているの。後ろの3人も同じく魔法師団の団員達よ」
「これは失礼しました。私はブライアン・ホスマー。ここを治めているホスマー家の次男でもうすぐ家を出ていく予定の魔法使いです」
口調がやや丁寧になったがマーサの目の前の男には全く緊張感がない。
「それにしても本当に妖精を従えているのね」
「従えているというのは語弊がありますね。妖精とは対等の立場で付き合っていますから。それからこの肩に乗っているのはフィル。妖精族の女王様です」
ブライアンがそう言うと肩に乗っていたフィルがその場で立ち上がると優雅に一礼をし、
『フィルだよ。名前はブライアンにつけてもらったの。彼が言った様に妖精族の女王様だよ』
ブライアンがフィルが今言った言葉を伝えるとびっくりした表情になる。
「ブライアンは本当に妖精と言葉を交わせるの?」
「妖精とというよりもこの女王様のフィルだけですよ。それより王国の魔法師団の方がこんな田舎町まで何の用事で来られたんです?」
森の中には椅子もテーブルもない。自己紹介を終ると全員が木の根元や倒れている木の幹に思い思いに腰掛けた。
マーサがここに来た目的を話す間ブライアンは黙って彼女の話を聞いていた。
「なるほど。オースティン侯爵の手紙ですか。それで私の魔法を見るためにわざわざここまで来られたということです?」
「そう言うことよ。と言うことで早速ブライアンの魔法を見たいんだけどいいかしら?」
『ブライアン。驚かせてあげなさいよ』
「驚くかどうかは分からないが、見せろと言われたら見せるよ」
そんなやりとりをした後で立ち上がるブライアン。魔法師団の4人も立ち上がったところでブライアンが魔法を披露した。精霊魔法から回復、治癒、強化魔法、神聖魔法と次々に魔法を撃つブライアンを見てマーサ以下全員が声も出ない。
「今のところはこんなもんです。妖精のフィルに言わせるとまだまだ伸びるって言われているので毎日ここで鍛錬しているんですよ」
立ち上がった彼が撃つ魔法を見てびっくりするマーサ。魔法の種類の豊富さはもちろんだがそれぞれの魔法の威力が半端ない。魔法師団長であるマーシュですら足元にも及ばない程の威力だ。しかも魔力量が多いのだろう。様々な魔法を連続して撃っているが当人はケロッとしている。そして当然ながら全ての魔法が無詠唱だ。
「想像以上の魔法の威力だわ。魔力はまだ残ってるの?」
「魔力はかなり増えたので今くらいの魔法を撃った程度だと全然減っていないのと同じですね」
「それも妖精から得た力?」
『妖精の加護もあるけど、ブライアンの元々の能力が素晴らしいのよ。妖精はその能力を伸ばすお手伝いをしているだけよ。褒められるのはブライアンね』
今の言葉を伝えるとそうなのかという表情になるマーサ。
「とりあえず一旦館に戻りましょうか。いつまでもここで話をしている訳にはいきませんしね」
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