第5話 ミンスター

 辺境領の中心都市であるミンスターはジャスパーとは比べ物にならない程大きな街だ。城門をくぐると広い石畳の道が格子状に広がっていて道の両側には宿や店が並んでいるがどの建物も周囲と調和しており落ち着いて見える。


 ブライアンと父親のワーゲンを乗せた馬車は大通りをゆっくりと進むと貴族区にはいりその一番奥にある一番大きな館の前で止まった。


『大きな街ね』


「ああ。住んでいる街とは段違いだよな」


 感心しているフィルだがそれはブライアンも同じだった。父親と兄はこの街を訪問した事があるがブライアンにとってはジャスパーの街を出る事自体が初めてだ。


 馬車を降りると目の前にある門から領主の館の中に入っていく2人と妖精。


「確かに妖精だ」


 大きな来客用の応接間の扉を開いて部屋に入ってきたオースティンは挨拶の前にそう言った。


「オースティン・カニングハム侯爵、ご無沙汰しております。奥様もご健康そうでなにより」


「初めてお目にかかります。ホスマー家次男。ブライアン・ホスマーと申します。何卒よろしくお願いいたします」


 部屋に入ってきたオースティンを見て立っていた父親のワーゲンとブライアンは頭を下げて挨拶をする。肩に乗っているフィルは足をぶらぶらとさせていた。


「ワーゲン・ホスマー男爵、ブライアンもわざわざご足労をおかけして申し訳ない」


 そう言ってソファを勧め、ワーゲンとブライアンが座ると再び視線をブライアンの肩に乗っている妖精に向けた。


「妖精族の女王をしております。名前はフィルといい、息子のブライアンが命名しました」


『フィルだよ。よろしく』


 肩に乗ったまま軽い調子で言うフィル。フィルが言うとブライアンがその言葉をオースティンに伝えた。


「ブライアンは妖精の言葉がわかるのかね?」


 妖精を肩に乗せているという報告は来ていたが通じ合えているという報告は無かったのでびっくりした表情になるオースティン。


「ブライアン。妖精と知り合ったところから辺境伯に説明をしてくれるか」


「わかりました」


 森で迷子になったところからの話を辺境領領主にするブライアン。黙って聞いていたオースティンは彼の話が終わるとなるほどと大きく頷いた。


「妖精と同じ波長の魔力とはな。いや確かに奇跡に近い話だ。それにしても見る限りよく懐いておる様だが」


「ええ。フィルとも話をしてお互いにパートナーという関係でいようと決めております」


『ブライアン。この人もいい人だね。当人にもこの家にも邪な気配がないよ』


 ブライアンが今の言葉をオースティンに伝えると彼の表情が緩んだ。


「妖精にそう言ってもらえると他所で自慢できるな」 

 

 そう言って声に出して笑うオースティン。そして今回ミンスターに来てもらった理由を説明する。


「ということでな、どうしても一度妖精を見て見たかったのだよ」


 その後は3人にオースティンの奥さんも入った4人で雑談となった。その際に


「ところでブライアンは来年の春、17歳になったらどうするつもりなのかな?何か決めていることがあるのかい?」


「ええ。私は17歳になったら今の家を出てこのフィルら妖精と一緒に国中を回ってみようと思っております。幸いにこのフィルが一緒に付いて行ってくれるそうなので」


『フィルはいつもブライアンと一緒だよ』


 フィルの言葉を伝えると本当に妖精に好かれおるのだなと感心するオースティ。しばらく雑談をしたあとで彼は顔を父親のワーゲンに向けた。その表情は厳しいものになっている。


「北の国に動きがあるという話が王都から伝わってきておる。すぐの話ではないだろうが準備せよとの話が非公式のルートでわしのところにも聞こえてきた」


 北とはサナンダジュ王国の事だ。今まで和やかだった雰囲気が変わった。オースティンの隣に座ってフィルを見ながら微笑んでいた奥方も


「ここは最も南にある土地。非公式とは言えこういう話が流れてくるという事はそう遠くない時期にどこかで戦争が始まるんだろうと主人とも話しているの」


「奥様の言われるとおりでしょう。いずれにしても有事には備えておくべきですな」


 ワーゲンも厳しい表情になって言った。隣で聞いているブライアン。これから国を回ろうとしている時に戦争になるのかと沈んだ表情になっていると、


「すぐの話ではないだろう。お前は当面はお前の好きにすれば良いぞ」


「ありがとうございます。父上」


「ホスマー家は代々魔法使いの家系だ。有事の際には協力を頼むぞ」


「畏まりました」



 領主との会談が終わったワーゲンとブライアンはその日は領主の館に泊まり歓待を受けた翌日館から馬車に乗ってミンスターの街を後にした。


「戦争になればわしとジャックはジャスパーの街を守るために奔走するだろう。ブライアンには申し訳ないがホスマー家代表として戦場に出てもらうことになるかもしれん」


 ジャスパーへの帰り道、馬車の中で父親のワーゲンが言った。


「覚悟はしております」


『私がついているから大丈夫よ、ブライアン』


 そう言って肩に乗っているフィルがブライアンの肩をトントンと叩いた。


「その時は頼むぞ」


『任せてちょうだい。悪い奴らが来たら蹴散らしてやるわよ』


 妖精の言葉とは思えないが、彼らから見ればブライアンに敵対する者を排除するのは当たり前だという事らしい。


『妖精が不戦主義って訳じゃないのよ。理不尽な事をしてくる者には対抗するのは当然と考えているのよ』


「戦争にならないのが一番良いんだけどな」


 ミンスターを出て3日目に予定通りジャスパーに戻ってきたワーゲンとブライアン。


 翌日からブライアンは家を出て森に出向くとフィルの教えを乞いながら魔法の種類を増やしていった。今までは属性魔法と回復魔法だけだったがそれに強化魔法、結界魔法、そして浄化や治癒をする神聖魔法、出歩くのには必須と言われている収納魔法を身につけ。そしてそれらの魔法の威力や効果を高める訓練をほぼ毎日森の中で続けた。


 ブライアンが17歳の成人の儀を1ヶ月後に控えたある日森の中で鍛錬を終えた際、


『元々の素材が優れている上に妖精の加護が加わっているからブライアンの魔法は今ではこの大陸一の実力になってるわよ』


 フィルが言った。


「もっと鍛錬したらもっと強い魔法が撃てる様になるのかい?」


 その言葉にもちろんと頷くフィル。


『ブライアンは魔法を悪い目的に使わないって妖精にはわかってる。だからしっかりと教えてあげる』


「これからも頼むよ」



 成人の儀とは17歳になった誕生日に当人と家族が街の教会に出向いて司祭に報告をする儀式でありこれは貴族、平民皆平等に行われている。


 この日正装になったブライアンは家族と一緒に市内の教会に出向いて無事に成人の儀を終えた。もちろんフィルはじめ妖精達も一緒に教会に出向いている。


 教会から帰ると自宅の屋敷でパーティになった。家族と屋敷で働いているお手伝いさんらも一緒になって成人になった者を祝うのだ。


 妖精達にはお手伝いさん達が皿の上に山盛りのペリカの実を用意し、庭にあるテーブルの上に置いてくれたおかげでフィルらは庭でその実を食べては敷地の中にある木々の間を飛び回っている。主役のブライアンも家族やお手伝いそして妖精達に囲まれて日が暮れるまでパーティを楽しんだ。

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