第4話 オースティン侯爵

 ブライアンが来年、17歳になって成人の儀を受けたあとに家を出て妖精のフィルと一緒に国中を巡るという話は当人から父親、母親、そして兄上に話をして家族の了解を取り付ける。父親と兄上はそうかと言って頷いてくれたが、母親のマリアだけは心配そうな顔つきをしていたがこの屋敷には居続けられないのは知っているのでどうしようもない。


「できればジャスパーの街の中にでも住んでいてくれたらいつでも顔を見ることができるのに」


「出たら帰ってこない訳じゃないので。ちょくちょく顔を出しますよ」


『そうそう。また帰ってくるわよ。故郷の森も近いしさ』


 肩に乗っているフィルが言うとそれを母親に伝える。


「ブライアン、約束よ」


「わかりました。母上。それにまだ16歳ですからもう暫くはこの家で世話になりますから」


 泡沫貴族じゃ厳しいしきたりなんてのはない。堅苦しい言い方をせずに皆普通に会話をしている。兄上のジャックは、


「ブライアンの家はここだ。母上も言ったけど俺に遠慮なんかせずに帰りたい時にはいつでも戻ってきていいからな」


「ありがとう」



 ジャスパーの街は農業と林業の街だ。住民の多くはこのどちらかに従事している。グレースランドの南部にある辺境領の中でも西部、キリヤートの国境に近いこの場所は断崖が国境となっていて西からの侵攻ができない土地柄もあり住民は皆のんびりと暮らしている。


 こんな長閑な街であるジャスパーにも商人たちはやってくる。彼らはそこに人がいれば売り物を持って来ては市民に販売し、街の主要産業である林業と農業の製品や作物を買い付けては馬車に積んで国内各地に売り捌いていく。


 そんな商人達から、ジャスパーには妖精を仲間にした魔法使いがいるという話がまずは辺境領内で広まっていった。ジャスパーの街は唯一辺境領のミンスターと繋がっている街道があるだけだ。商人はジャスパーへの行きも行きも帰りもミンスターを通ることになる。


 辺境領を治めているのはオースティン・カニングハム。辺境領伯とも言われるが正式には侯爵の地位にある高位の貴族だ。辺境領の中心都市であるミンスターの中に領主の館を持って普段はそこに住んでいる。


 ちなみにグレースランド王国では貴族の地位は次の様になっている。


 公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。

 

 男爵は領地を持たない貴族だ。ブライアンのホスマー家がこれに相当する。

 領地は子爵になってようやく持つ事ができるが当然ながら持てる領地は広くない。


 辺境領を治めているオースティンは王家からも信頼の厚い侯爵であった。そして当人も私利私欲に走らずにホスマー家の様に領地を持たない男爵家に1つの街の治政を任せるといった度量も持っている。


 そのオースティンの下に噂が入ってきた。


「妖精を仲間にしている魔法使いがジャスパーにいるだと?」


 部下からの報告を聞いた彼は最初は全くその話を信用していなかった。妖精は御伽話の世界にいるもので誰も見た者がいない。その妖精をこともあろうか見たどころか仲間にした人間がいると聞いても信じろという方が無理だろう。最初の反応は至極当然のものだった。


 だがその妖精を仲間にしている者がジャスパーを治めているホスマー家の次男だと聞いて態度が変わった。


「ホスマー家の次男が?それは本当の話なのか?」


 と聞き返してしまう。ワーゲン・ホスマー家は男爵ながらジャスパーの街を上手く治めているという話は家臣からも聞いているしジャスパーに出向いた商人の話からでも市民からも好かれている良い市長だと聞いている。


 オースティンはそのホスマー家に2人の子供がいることも知っており、長男は数年前に成人の儀を終えて次期当主になるということでここにも親子で挨拶にやってきたので面識もある。ただその時は次男は同行していなかった。元々次男は家を出るしきたり故にオースティンも気にしていなかったというのもあるが、ホスマー家となればこの話の信憑性がぐっと上がる。


「誠でございます。次男、ブライアンと申しますが、彼はいつも肩に妖精を乗せては市内で買い物をしたりしておりますので市民の多くが妖精を肩に乗せている彼を見ております」


 唸り声を出したオースティン。おとぎ話の世界の妖精が本当にいてそれが姿を現したどころか人間に懐いているとはどういうことだ。頭の中が混乱していたがゆっくりと頭の中を整理しおえると部下を見た。


「その情報。もっと詳細な情報を手に入れてくれぬか」


「畏まりました」


「場合によってはブライアンを妖精と共にここに来てもらうことも考える」


 部下が部屋から出ていくと領主の館の自分の執務室の椅子にもたれると顔を天井に向けた。


 御伽話の中では妖精は幸せを運ぶ使い…だったか。見ただけで幸せになると言われている妖精を見るどころか連れて歩いているとは。これが本当だったら一大事だ。国王陛下にもご報告せねばならないかも知れぬな。それくらいの大事だぞ。


 その2週間後、領主のオースティンの下に上がってきた報告書を読んだ彼はすぐに部下を呼び、


「ブライアンと妖精にここミンスターに来てもらえないかと言ってくれ」





「ブライアン。辺境領主様からの呼び出しだ。何でもこの街で噂になっておる妖精を見てみたいのだと仰っておられる」


 森での魔法の鍛錬から戻ってきたブライアンとフィルは館に戻るとすぐに父親に呼び出された。


「辺境領の領主様よりのご依頼となれば断りずらいがどうだろうか?」


『違う街に行くの?』


「ああ。えらい人、地位が高い人がフィルを見たいんだそうだがどうする?嫌だったらそう言ってくれて構わない」


 話を聞いたブライアンが肩に乗っているフィルに説明する。


『でもブライアンは行った方が良いと思っているのでしょ?』


「まぁな、断ることも出来なくもないが、そうなるとと父上の立場がよろしくなくなる」


『じゃいいわよ。どうせもうすぐブライアンはこの国中を回るって言ってるしね』


 フィルが行っても構わないと聞いて父親のワーゲンが


「申し訳ないな」


 とフィルに謝った。


 結局ミンスターには父親とブライアンの2人で行くことにする。兄のジャックは父親が不在の間の市政を見る必要がある、母親のマリアは留守番だ。


「オースティン侯爵は悪い方じゃない。妖精を見せればご納得されるだろう。それほど長い滞在にはならないと思う」


 父親のワーゲンは留守を預かるマリアとジャックにそう言うと馬車に乗り込んだ。続いてブライアンが馬車に乗り込む。フィルは肩にのったままだ。


「では行って参ります」


 そう言って馬車の扉を閉めると馬車はゆっくりと屋敷の前を出発していった。

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