第58話 つまりホムンクルスですか?




 内匠櫂。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。 

 古都ことロンディアスに到着とした櫂とベルタ。生まれて初めてのナンパをやり過ごした二人は、今夜の宿に到着する。


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「“人繰形ひとくりがた”を~ご存知ですか~?」


 ベルタのその問いは櫂に対する「探り」でもあった。口にした後で胸は早鐘をき口の中は渇きを覚える。共に旅をする相手を疑う後ろめたさや、相手に不信感を抱いてしまった事を気取らてしまわないかと言う不安、しかしそれ以上に勝る好奇心。

 そんなベルタの言葉に櫂は——


「いえ、知りません! 何ですかそれは? 教えてくださいベルタさん!」


 聞き慣れない言葉に目を輝かせ、気になって仕方ないとばかりにベルタの手を取った。

 ベルタがそのまま手を伸ばせば何処にでも触れられるほどに近付いた櫂は、琥珀色の大きな目を子供の様に期待に輝かせている。

 そけを見たベルタは——ほっと胸を撫で下ろす。


(……そうですね、櫂殿はやっぱりな人です)


 “人繰形ひとくりがた”なる言葉を例え知っていようがいまいが、それだけを答えていればベルタが抱いた不信感は確たるものとなったであろう。

 でもこうして聞き慣れない言葉に好奇心を刺激され、知りたくてたまらないと詰め寄る彼(女)の姿は、ベルタが知るカイ・タクミという少女——破天荒で、変なところにだけ詳しいくせに当たり前の常識も知らない、けれど自分が好きなものにはとことん正直になれる少女ともだちに違いない。

 もしも仮に櫂が自分をその瞳で騙していたとしても、それは決して自分を害したり陥れる為ではないだろう。疑念に脅える自分をそう納得させたベルタは、視線を櫂の顔から今夜の宿に移す。


「はい~よろこんで~。では先ず部屋に向かいましょう~」


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 櫂とベルタがその日泊まる事になった宿は、名を「青羽屋あおばねや」と言う。

 100年以上前から古都ロンディアスで宿を営んで来た老舗で、遠方から花街を訪れるそれなりに裕福なお上りさんが主な客であった。

 宗教による締め付けが厳しくなった事で古都の花街は閉鎖され、多数の女達が古都を去っても青羽屋はその場所で営業を続けている。ひっそりとただ静かに歴史が刻んだ場所を見守るかのように。

 そんな歴史など微塵も知らない櫂たちは古いが掃除の行き届いた部屋に荷物を置くと、ふかふかのベッドの上に寝転んだ。


「あぁ~もう動きたくありません~、夕飯は誰か届けてくれないでしょうか~」


 ベルタのその言葉に櫂はうんうんと頷きながらも、しかし寝ている場合ではないと身を起こす。


「それよりもベルタさん、先程の——“人繰形ひとくりがた”でしたか? それについて教えてください」


「……あ、忘れていました~申し訳ありません~」


 ベルタは慌てて身を起こすと、自分の荷物の中から革張りの分厚い本を取り出した。『御柱の遣いたち』と題されたこの書物は、その元になった史料の名を冠して『大典』とも呼ばれている。

 ベルタが部屋に置かれていたテーブルの上で恭しくその書物を広げると、櫂もすぐに寄ってきた。


「“人繰形ひとくりがた”とはですね~? 古くからの伝承であり英雄の二つ名でも~あるのです~。御柱の遣い第三十九柱、人繰形の蒼奈そうなさま・刹奈せつなさま。二人でひとつの英雄なのですよ~」


 ベルタが広げたページには青と赤、二つの異なる色の髪を長く伸ばした少女が背中合わせで佇む姿が描かれている。その顔は簡略化されているが長く細い手足と切れ長の瞳は彼女達が持つ美貌を表現したものだと容易に推察できた。


「おお、双子少女とはこの世界の人達の性癖も侮れませんね。しかも髪の色から服装まで何から何まで対になっています。分かってますなぁ~」


 ニチャア…とオタク特有の共感から笑みをこぼす櫂。かつての彼であればそれは気持ちの悪いにやけ顔に過ぎないが、12歳の美少女である今の櫂が同じことをすると妖しげな微笑にしか見えないのだから、容姿と言うものは得てして容易く他人の心象を操作してしまうものだと分かる。


「せいへき…性の癖? 聞き慣れない表現ですが~まぁそれはいつもの事ですし~説明を続けますね~? 

 蒼奈さまと刹奈さまは~一人の職人が長い年月をかけて造り上げた~極めて精巧な人形であったそうです~。しかし~あまりに精巧であったために~魔を呼ぶものとして教会に封印されてしまいまして~」


「なんと人造美少女属性まで! まさかこの伝説、日本のオタ——“異邦人エトランゼ”が書いたとか言いませんよね?」


「え、それは~私も初めて聞く新説ですが~現在のところ~蒼奈さま・刹奈さまの伝承に“異邦人エトランゼ”の方が関わったという記録は見つかっていません~。

 そもそも~蒼奈さま・刹奈さまが極めて精巧な人形であったと言う話は~後世の創作ではないかと~言われてますし~」


「……え、創作なんですか?」


「はい~、そもそも人形が人間の様に動くなど~あり得ませんからね~」


 ベルタがそうまとめると、櫂は突然口を開けたまま大きな目を見開き、愕然としか言いようのない表情で失望に身を震わせる。

 そしてベッドにうずくまるや否や、「あんまりだぁ~~~~~~!」と絶叫した。


「異世界なのに! ファンタジーなのに! 人造美少女の一人もいないなんてッ!

 無口で無感情でボディラインが丸わかりなエッチなスーツを着て『私に感情はありませんから』と赤面する人造生命体の女の子は何処に行ったのですかーーーーー!」


 そんなものは最初から存在しないのだが、櫂の頭の中には異世界のお約束の一つとして記憶いや期待されていたようだ。

 ベルタは何故櫂がそのような反応を示すのかが分からずにおろおろしていたが、櫂の癇癪(?)はすぐに治まり、「申し訳ありません、話を続けてください」と諦観に沈んだ顔のまま、テーブルに戻ってきた。


「……良く分かりませんが~夢を壊して~申し訳ありません~。

 そもそも~蒼奈さま・刹奈さまはお二人とも~武器を片手に怪物と戦った戦士として記録に残されていまして~。ただし~あまりに人間味が感じられない事から~“人繰形ひとくりがた”という仇名を付けられていたそうです~」


 そしてベルタは伝承としての“人繰形ひとくりがた”について語り始めた。

 それは神話の時代から存在した「造られし生命」の物語であり、魔法や魔術が人々の生活の中に溶け込むようになった時代には、吟遊詩人が酒の席で歌い継ぐおとぎ話の類型パターンのひとつであった。

 曰く、超常的な存在が造り出した完璧なるヒト。

 曰く、魔術の粋を極めて創り出された禁忌の産物。

 曰く、人々の愛憎が生んだ儚い奇跡。

 出自は異なれど共通しているのは「造られた肉体に魂が宿る」という点で、そうした類型並びに奇跡の存在を“人繰形ひとくりがた”と称するようになったとベルタは語る。


「人造物に魂を宿らせる~と言うのは、魔術師が追い求める奇跡の一端ですね~。もっとも今は国教との兼ね合いで研究は禁じられてますが~」


「魂ですか……そう言えばこの世界でも魂と肉体を分けて考えているのですね。ベルタさん、魔術師にとっての魂とは何なのですか?」


「ふぇっ⁉ か、櫂殿、それは魔術師の前では禁句と言いますか~戦争の火蓋を切ると言いますか~下手をすると三日くらい監禁されて滔々と自説を聞かされかねないので~気を付けてください~。私は錬金術師なので構いませんが~」


 どうやら櫂の疑問はこの世界の秘術の徒にとっては、永遠の疑問であり追い求めるテーマであるらしい。ベルタの忠告に感謝しつつも、櫂は概要だけでも知りたいと目を輝かせた。


「で、では~あくまで教典に沿ってお答えしますね~?

 人間とは即ち~肉体・魂・言の葉の三要素を備えた存在を指します~。肉体は母から、魂は天から、そして言の葉は御柱みはしらの主から授かる事でこの世に生まれるのだと……習って、ませんか~?」


 帝国の人間ならば幼少期から語り聞かされる筈の常識であり、まさかそれすら忘れてしまったのかとベルタは恐る恐る問いかける。


「……生憎と、そういう記憶はありませんね」


 しかし櫂は細い顎に指を当てたまま正直に答える。記憶喪失を装ってはいたが、ベルタが語った内容は櫂にとっては未知の知識であった。


(三位一体とは似て非なる教えのようですが、言語が宗教的にかなり強い位置に在るのが興味深いですね。日本の言霊信仰と通じるものはありますが、恐らくはもっと根源的な観念でしょうか。いや、それよりも問題は魂を天から授かると言う教義です)


 櫂は転生前の知識から、この世界ひいては銀衆帝国の国教ないし宗教観は転生前の世界に存在した宗教に似ていると考えていたが、こうして詳しく教義を聞くとその違いに気付かされる。


「ベルタさん、魂を天から授かると言う事はつまり——我々の魂は天に在ると?」


「え、ええ……肉体より解放された魂は天に昇り、やがていと高き主の御許で星と成る——それも覚えていませんか~?」


「はい、初耳です。しかし星ですか……つまり根の国や奈落といった地下ではなく、死後の世界は天にあるという世界観なのですね。魂の不滅性を謳う死生観としては理にかなってますが、しかし何でしょうねこの箱庭感と言うか妙に循環的な世界観は」


 観念を弄びながら誰に聞かせるでもなく推論をブツブツと呟く姿は、櫂ほどの美少女であっても不気味に見えるが、ベルタからすれば魔導院という魔術師オタクの巣窟で良く見る光景だったで、さほど引かれはしなかったのが幸いであった。


「――まぁ、それは今後のテーマとして話を戻しましょう。その“人繰形ひとくりがた”は私や今後の旅に何か関係があるのですか?」


「……は、はーーーっ⁉ も、もしかして最初から気付いていました~?」


 櫂が突然として隠していた真意を突いた為に、ベルタは狼狽のあまり顔から血の気が引いてしまう。


「まぁそれは……脈絡もなく出てきた言葉ですからね。意図を勘繰るのはあまり好きではないのですが」


 それでも気分を害してはいないと櫂は表情と声色で伝えたが、ベルタは今にも泣きだしそうな顔をして頭を下げる。


「も、申し訳ありません~じ、じつは私、櫂殿に対してあらぬ疑いを抱いてしまったと言いますか~」


「それは私が、という疑いですか?」


 櫂のその指摘にベルタは「うひぃ⁉」と悲鳴を漏らし、とうとう床に膝と額と両手を着いて謝罪——要するに土下座してしまう。

 何とか誤魔化して隠し通そうとした真意まで見抜かれていた事にベルタは震撼するが、櫂でなくとも彼女の真意を見抜くのは容易かったに違いない。


「もももももも、申し訳ありませ~~~~~ん! この非礼は~なんとお詫びして良いか~!」


 櫂はそこまでする必要はないと慌ててベルタを宥めるが、実在する人間を造られた存在だと疑うのは、かなり礼を失した考えであるのは確かだろう。

 ベルタの友人や家族であっても腹を立てて絶縁されても仕方はない——けれども櫂は全く気分を害してなどいなかった。

 それどころか——


「謝らないでください、ベルタさん。私はむしろ感謝しているのです。あなたにそう疑ってもらえたことが」


「……へ?」


 予想外の答えに、思わず涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げるベルタ。

 まさか目の前の相手が自分のそれよりもずっと深くずっと前から、己が存在に疑念を抱いていた事など知る由もない。

 そう――櫂は、自分は造られた存在ではないのかとずっと疑っていたのである。


(『異世界転生』という便利な言葉で片付けた気になっていましたが、世界を転移し肉体が変質しても自意識はそのままなんて美味い話がある筈がないのです。私の体に備わった“超能スキル”、契約神能、そして何より『第七の勇者』という肩書き——全て作為的だと疑うのが当然の話です)


 これまで自分の体に感じていた違和感——希薄な自己同一性の原因は性別が変り、肉体が変質した所為だと思っていたが、やはりと櫂はベルタが自分に疑念を抱いた事で確信に至った。

 櫂はベルタが頭を上げたのを確認すると、自分のベッドに腰かける。


「ベルタさん、確かあなたはランスカーク地方にご先祖様の遺した工房があると言いましたよね。その工房とはもしかして――」


 一旦言葉を切り改めて口に出す言葉を反芻してから、櫂はベルタに問いかけた。


「人造の生命体——つまりですか? それを造る事ができる工房なのではありませんか?」


 


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