第46話 戦乙女




 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 絶体絶命の危機の最中、自身に備わった最後の‟超能スキル”を発動させた櫂。そして彼(女)は敵の戦力であった銀の戦乙女ワルキュリアたちを従えて、再び第三の勇者と対峙する。


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「何をしましたか? 魔法ですか?」


 灰色の瞳に驚愕の色を湛えた第三の勇者レイ。その問いかけに、櫂はややあってから首を横に振った。


「その通りだと答えたいところですが、思い出してしまいましてね?

 私のこの瞳は貴方のその扉と同じ、常軌を逸した存在が持つ権能ちからの借用――そう“契約神能けいやくしんのう”とやらですよ」


 自分の琥珀色の瞳を指しながら、櫂はそう説明する。


「あなたのおかげで危うく墜落死するところでしたが、その御蔭で思い出した事があります。私――いえ勇者わたしたちは遥か上位の存在とそれぞれ契約しており、その権能の一端を行使する事ができる。

 私の目は『見た』ものを魅了して自分の味方につけることができる。まぁ今回どうしてこんな広範囲に作用したのかは分かりませんが」


 櫂がふと上空を見上げると、そこには先ほどまで帝都を襲撃していた戦乙女たちが、銀鉄泥ミスリルの槍を手にしたまま滞空している。その数は百に満たないが少なくともその半数は櫂の影響下にあった。

 意思はおろか人格すら持たない戦乙女たちを、それも視認できない数と範囲で魅了した理由を櫂は知らずにいたが、それこそが彼(女)に備わった‟超能スキル”のひとつ『傾国』であり、生憎とその事実を知る者は遠く離れた異国の地にしか存在しなかった。


「ずるくないです?」


「物騒極まりないものを、集団で投げつけてくるあなたにだけは言われたくないですね。ああ、でもご安心ください。私はあなたに対して同じ事をするつもりはありませんから」


 櫂の嫌味にもレイは特に反応しなかったが、代わりに赤い鍵のような鉄塊を自分の掌に突き立てる。


「――なら、もっともっと開けてやりますよ?」


 苛立つような口ぶりと共に、レイは自身の契約神能を発動させた。

 すると彼女の頭上に突如として四つの扉が出現し、その扉が開くと当時に扉の内から新たな戦乙女たちが飛び出してくる。

 それに応戦するため、櫂も自分が魅了した数十体の戦乙女たちに指示を飛ばす。

 かくて闘技場内には無数の戦乙女たちが敵味方に分かれて空を飛び交い、手にした銀鉄泥ミスリルの槍で同じ銀鉄泥ミスリルに覆われた同胞を貫き、互いを消滅させ合うと言う、神話のごとくに壮大で、人知の及ばぬ戦場が描き出された。


 触れたものをことごとく融解する銀鉄泥ミスリルも同じ銀鉄泥ミスリルを融かす事はできない。それ故に戦乙女たちは互いを傷つけ合う事が可能となり、大きな損傷を受けた銀鉄泥の体は自己矛盾を起こして消滅してしまう。

 血も骸も残さない戦乙女たちの無常な殲滅戦の最中、櫂は二本の蛮刀を逆手に構えてレイに斬りかかった。

 『加速』の‟超能スキル”により一瞬で距離を詰めた櫂の前に、一体の戦乙女が立ち憚る。それは櫂の魅了にも耐え、ずっとレイを護り続けていた戦乙女のうちの一体であった。

 彼女は斬りかかってきた櫂に向けて銀鉄泥ミスリルの槍を突き入れる。

 その刺突は歴戦の戦士にも劣らぬ疾さであったが、それよりも先に櫂の瞳は彼女の首へと伸びる赤い線――必殺を約束する可能性のみちを見い出していた。

 突き出された槍の下をかいくぐり、横合いから櫂は蛮刀を走らせる。

 その黒い刃は無防備な戦乙女の首にするりと斬り込み、水の如くに容易く断ち切ってしまう。


「――?」


 ただの一閃、それだけで消滅する戦乙女に対し、櫂の両手には未だ二本の蛮刀が握られていた。

 文字通りの一撃必殺を目の当りにしたレイは怯え、その場から一歩後ずさる。

 代わりに櫂に挑みかかったのは、彼女を護衛していたもう一体の戦乙女であった。

 彼女は銀鉄泥ミスリルの槍を斜めに振り下ろし、その軌道に合わせて櫂もまた蛮刀を振るう。

 そして互いの得物は軌道を交錯させ、勢いよく激突した。

 全てを融解する銀鉄泥ミスリルの槍はしかし、櫂が振るう黒い蛮刀に断ち切られてしまい、そのまま消滅してしまう。

 もしもこの戦乙女が人間の様な意志や人格を有していたら、彼女は驚きに目を剥いたに違いない。何故なら自分の敵は銀鉄泥ミスリルに触れても融解しない武器を振るい、その二振りの刃で自分の武器と命を断ち切ってしまったのだから。


「ふふん、流石は鈴木商店オススメの逸品ですね。サックサクの斬れ味ですよ!」


 自分の得物を自慢する櫂であったが、その蛮刀を彼(女)に譲り渡した店主が知ったら顔を真っ青にして櫂の言葉を否定しただろう。

 何故なら銀鉄泥ミスリルに触れても融解しない鉱物など、この世にはほぼ存在しないからだ。

 ただ一つの例外は鉱物としての精製に成功した銀鉄泥ミスリル――神話と伝承の中でのみ語られる神剣・魔剣の鋳造に必要な斬鉄銀ミスリルのみである。


「なんだ――なんだお前はァ! 邪魔をしないでくださぁい!」


 護衛を一瞬で倒してしまった櫂に向けて、レイは慌てて新しい扉を出現させた。

 櫂が再びレイに攻撃をしかける前に扉は開き、その内側からはまた新たな戦乙女たちが飛び出してきた。

 しかし――


「――『見え』ますよ第三の勇者、残念ながら生成ガチャは爆死ですね!」


 櫂の瞳は新たに出現した戦乙女に向けて伸びる、捻じれた金色の線を捉えていた。

 必殺ではなく己が権能の効果を約束する可能性の路を伝い、櫂の契約神能“幻惑の瞳”は新たな戦乙女たちをもたちまち魅了してしまう。

 真っ先に飛び出してきた戦乙女は櫂に『見られた』瞬間、その場で振り返ると続いて飛び出してきた同胞の胸へと、銀鉄泥の槍を突き入れた。

 かわす事も防ぐ事も叶わず、仲間に討たれた戦乙女はその場で消滅し、後に続いた戦乙女たちには、既に櫂の軍門に下った同胞が襲いかかる。

 目の前で起きる凄惨だが何処か空虚な同士討ちはしかし、その混沌故に櫂の追撃を妨げ、レイはその間に更に後方へと退いてしまう。


「ああもう鬱陶しいですね――マリア、聞こえていたら貴方の力を貸してください!」


 櫂が呼びかけると、離れた場所に立っていたマリアリガルは「ええ、喜んで!」と即応した。

 戦乙女たちが同士討ちを始めたおかげで観客達の避難は迅速に終わり、今闘技場の中に残っていたのは単身で戦乙女たちと対峙できる猛者ばかりであった。


「私たちを覆うように光の盾を展開してください。いいですか、囲むのではなく蓋をするようにです!」


「わ、分かりましたわ! ――“盾よ”!」


 櫂の要請を受けて、マリアリガルはそれまで味方と観客達を守護していた自身の契約神能“潔璧けっぺきの盾”を展開した。

 すると櫂とレイが対峙し、無数の戦乙女たちが相争う空間全体を覆うように、無数の光の盾が出現する。銀鉄泥ミスリルの槍すら弾く光の盾は櫂から見て水平方向だけでなく、上空にもいくつか展開されていたが、蓋と称するには隙間が大きく、網とすら呼べない程まばらな配置であった。

 しかし――櫂にとってはそれで充分だった。


「感謝しますマリア! さぁ――振り切りますよ!」


 光の盾の展開を確認すると櫂は大きく腰をかがめ、弾かれるように大地を蹴って走り出した。

 最初に狙うのは一体の戦乙女。彼女が果たしてどちらの陣営なのかは今の櫂には関係ない。彼女に向けて伸びる赤い線に従い、櫂の蛮刀がその首を斬り落とす。

 しかし櫂の脚は止まらなかった。

 一体の戦乙女を切り捨てて走る彼(女)の眼前には、マリアリガルが展開した光の盾があった。かつての対決を経て、櫂はその盾が触れるだけなら何の害もないことを知っている。だから櫂は走り込む勢いに任せて光の盾を蹴り、その反動で我が身を別の方向に撃ち出した。

 その先にはまた別の光の盾が存在しており、進路上の戦乙女を数体切り捨てた櫂は別の盾を足場に跳躍し、更に自身を『加速』させていく。

 無数の光の盾に囲まれた空間はこの時、櫂の狩場と化した。

 上下左右に存在する光の盾を足場として利用し、超高速で飛び交う必殺の刃は、その軌道に立つ戦乙女を一切の容赦も無駄もなく一撃で斬り捨て、その命を次々に散らしていった。

 そのあまりの速さ故に戦乙女たちは櫂を視認する事はおろか、襲撃の予測すら立てられなかった。嵐のように四方八方に吹き荒れる『斬命』の刃は、敵味方の区別なくその空間に存在する戦乙女たちを斬って斬って斬り尽くす。


「――あ、ぁぁぁぁぁ」


 目の前で自分の兵隊が成す術もなく消滅していく光景に、レイは喘ぐように声を絞り出す事しかできなかった。

 彼女の契約神能“繁営はんえい門扉もんぴ”は、その内で育んだ存在をこの世界に産み落とす繁営の機構かみの権能である。借り物の力であるが故に、理論上はいくら産み落とそうとレイが支払うべき代償は存在しない。

 しかしその権能自体は無制限かつ無限に行使できるものではなかった。

 その名の通り、産み落とす為の存在を育むには時間が必要なのだから。

 果たしてこの時、136体の戦乙女は全てがこの世から跡形もなく消滅した。

 その半分以上を斬り捨てた櫂は、戦力を失い呆然と座り込むレイに向けてゆっくりと歩を進めていく。


「さて、女の子をいたぶる趣味はありませんが、あなたがしでかした事を考えれば容赦はできません。抵抗するなら手足の一、二本は覚悟してくださいね」


 そう警告しながら、櫂はレイに向けて伸びる可能性の路を注意深く見守っていた。

 彼女が送り出してきた戦乙女たちは全て倒したが、これで攻撃手段は手打ちだとも限らない。

 しかし腰を抜かして逃げる事も叶わず恐怖に打ち震える少女の哀れな姿に、櫂の意志はどうしても平静ではいられなかった。だからこそ、それでも情にほだされてはならないと櫂は自分に言い聞かせた。

 この目で確認したわけではないが、彼女が呼び出した戦乙女たちの襲撃により、帝都は甚大な被害を被ったはずだ。失われた命や傷つけた人達の数はきっと両手の指どころではないだろう。


「私があなたに聞きたい事はふたつ――私たちを襲った目的と、あなたにそれを命じた者についてです」


 レイが何者かの命を受け、自分や帝都を襲撃したのは今更疑うまでもない。

 より詳しい事は帝国の人間達が聞き出そうとするだろうが、その手段については彼らの怒りや報復とは無縁だと櫂には思えなかった。だからその前に最低限の情報だけは引き出しておこうと櫂は考えていた。


「目…的…? うちは、うちは大王様に命じられて……」


五湖大王ごこだいおう様でしたっけ? 誰ですかそれ?」


 大国の斥候であるミカゲも知らなかった謎の存在。現時点ではそれが帝都襲撃の主犯と考えて間違いはないだろう。

 脅えるレイが素直に話してくれる事を祈りながら、櫂は蛮刀の切っ先を彼女の鼻先に突き付けた。


「――――その者は私の夫です、勇者カイよ」


 レイとは違う別の声が聞こえた瞬間――櫂の背中に衝撃が走る。

 そのまま地面に押し付けられた櫂はあまりの衝撃に息が止まり、口を開いて必死に息を吸いこもうとする。


「あ、が――」


 背中側から肺を圧迫され、その痛みと苦しみ故に言葉を発する事ができない。

 誰かが自分を踏みつけている――それだけは理解できたが、一体どうやって自分の不意を打ったと言うのか、突然の襲撃に櫂は困惑する。

 しかし、それは決して油断や慢心の報いではなかった。何故ならマリアリガルを初めとして推移を見守っていた猛者達の大半が、櫂が襲撃を受ける瞬間を知覚する事さえ叶わなかったのだから。

 ただ一人、櫂を護ろうとして両手両足を凍結させられてしまったエルナ・ヴォルフを除いて。


「カイ……ごめん……」


 今にも泣きそうな声で詫びるエルナを、櫂はこの時初めて目にした。

 その姿に胸だけだけでなく心が締め付けられたが、自分を踏みつける人物は慰めの言葉すら許す気はないようだった。


「お、おかあさま……」


 その瞬間、レイが発した一言に櫂は我が耳を疑う。

 ――女性? それも彼女の母親が自分とエルナを一瞬にして無力化したと?


「……まさか、本物の戦乙女ワルキュリア?」


 一方その頃、マリアリガルや救援に駆けつけたロイとハディン、そして大会に参加した勇士たちは、櫂を片足で踏み付ける女性の姿を目撃していた。

 長身の美女――輝くような銀髪と新雪のごとき肌は確かにレイの血縁だと頷けるものがある。しかし精気に欠け空虚さえ感じさせる娘と違い、その女性がまとうのは圧倒的な意思の強さと神々しいまでの存在感だった。

 青く輝く鎧をまとい、その手には透明な刃を備えた長剣がある。

 帝国にも女性の騎士は存在するが、彼女はその誰よりも凛々しく、戦士としての風格を宿していた。まるで存在そのものがいくさと共に在ったかのように。

 マリアリガルを始めとして、その姿を見た誰もが彼女こそが真の戦乙女であると感じたのは、決して彼女の背中で折り畳まれた純白の翼のせいだけではなかった。


「――アメルシア、様?」


 その名を真っ先に口にしたのは自称錬金術師のベルタであったが、彼女でなくともいずれは誰かがその名を口にしていたに違いない。それほどまでに櫂を踏みつける女性はに酷似していた。


「そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね勇者カイ。

 わたくしは戦乙女いくさおとめアメルシア。知らなくても問題はありません。私の正体や謂れについては他の者が教えてくれるでしょう」


 踏みつける力を一切緩めることなく、アメルシアと名乗った女性は背中越しに櫂に語りかける。


(……この人、私がと知っている?)


 全てを見透かしたようなアメルシアの物言いに櫂は疑問を抱くが、肺を強く圧迫された状態ではろくに言葉も発する事ができない。


「ですからこれだけは覚えておきなさい。わたくしは第三の勇者の母にして、五湖大王の妻。これより帝国に攻め入りその尖兵たる娘を護るもの。例えあなたが機構かみがみの代行者だとしても、娘を害する者はわたくは決して許しません」


 アメルシアがそう言って透明な刃の剣を地面に突き立てると、一瞬にして巨大な氷の壁が出現し、櫂たちとマリアリガルらを物理的に隔ててしまう。


「――ま、間違いありません~! あれは“氷霊剣”、北の大神の権能であり神剣!  

 あの方は間違いなく御柱の遣いの第一柱・戦乙女アメルシア様です~!

 な、なんでの大英雄がここにいるんですか~~~~~~!?」


 悲鳴にも似たベルタの叫びは氷の壁を越えて本人の耳にも届いたようで、彼女はその美しい顔に自嘲にも似た笑みを浮べる。


「……数百年前ですか。もうそんなに経ってしまったのですね。ですが誤解しないでください勇者カイ、わたくしは――」


 一旦言葉を切り、非難するような強い口調で伝説の戦乙女は謳う。


「わたくしは――17ですから!」






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