第40話 真っ向から粉砕します




 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 武闘大会の勝ち抜き戦に優勝したロイとハディン。

 彼らに与えられた褒賞のひとつは、帝国最強の魔法使いである公女マリアリガルに挑む機会であった。


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「数多の勇者を退けし武勇と知略、見事であった。お前達の勝利を御柱の主に代わって言祝ことほごう」


 善心教の司祭は勝ち抜き戦の優勝者、ひざまずくロイとハディンの頭上に手をかざす。その手は直前まで善心教の聖典の上に置かれており、円を描くように動かす事で相手に祝福を授ける行為であった。

 それは優勝した彼らを称えるだけでなく、宗教的権威を付与すると言う意味合いもあった。例え帝国の外で生まれ育った異邦人であっても、司祭より直々に祝福を授かる事で、帝国臣民と同等の権利を得られるのだ。

 それだけではない。三公国が主催する武闘大会で優勝を収めたとなれば、帝国各地の貴族や豪族に加え、帝国内外の騎士団が獲得に動く事になる。

 つまり極北の地の貧民として育ったロイにとっては、「騎士になる」と言う長年の夢が現実のものとなった瞬間であった。

 ただし、その夢が叶ったのはひとえに隣で膝を着く"相棒"のおかげだと、ロイは誰よりもハディンに感謝を覚えていた。

 ふとハディンに視線を向けると彼は軽く目を閉じ、何かを考え込んでいるように見える。


(…………ハディンの‟目的”か)


 帝都での武闘大会に参加しようとロイに声をかけた時から、ハディンは魔術師として帝国で出世するのが目的だと語っていた。

 しかしロイはそれが方便であるとすぐに気付いた。


(まぁ、俺が聞いたところで素直に答えるとは思えんしな)


 ロイはハディンの事を信頼していたが、ハディンはあくまでロイを利用しているだけだと言ってはばからない。それが本音なのか単なる照れ隠しなのかもロイには判別できなかった。

 だが彼が頑なに語らないのはその秘めたる目的が、おいそれと口には出せない様な目論見である可能性は捨てきれない。

 なればこそ――今度は自分がハディンの力になる番だとロイは考えていた。

 例え騎士としてスカウトされる未来を、自ら棒に振ってしまうのだとしても。


「――ロイ、次の模範試合だが……全て僕に任せてほしい」


 だから決勝戦を終えた二人が控室に戻り、ハディンが唐突にそう切り出した時も、ロイは何も聞かずに頷いた。

 いつもであればハディンは「このお人好しが」と辛辣に吐き捨てていたが、この時ばかりは「頼むぞ」とだけ言って、バツが悪そうに視線を逸らしてしまう。


(つまり……本当に何かをやらかす気だな、ハディン)


 ロイは覚悟を胸に秘めながら、腰に穿いていた直剣を木剣に替えようとした。するとハディンは「いや、そのままで良い」とロイを制止する。


「まさか公女様に真剣を向けろと? いくら何でもダメだろそれは」


「その公女殿下直々のご指定だ。次の試合では真剣の使用と魔術も制限なしで認可すると仰せだ」


 ロイは流石に耳を疑ったが、ハディンが冗談を言っているようにも見えない。


「……流石は帝国最強の魔法使いと言ったところか。公女様がそう言うのなら仕方ないけど、そんな事しなくてものにな」


 闘技大会最後の試合は、勝ちぬき戦の優勝者と主催者である赤狼公国公女との模範試合エキシビジョン・マッチである。

 とは言え、結末は最初から決まっていた。

 何故なら相手は大公家の公女であり、次期帝国皇妃である事は公然の秘密である。

 例え試合であったとしても傷一つ負わせただけで、ロイ達は名誉も報酬も吹き飛ぶばかりか、罪人として囚われたとしてもおかしくない。

 故に優勝者は観客を白けさせない程度に善戦し、公女の勝利を引き立てるのが暗黙の了解になっていた。

 だが――


「いいかロイ、結果を決めるのは僕達だ。それを忘れるな」


 そう言い残すと、ハディンは控室を出て行った。

 ロイは慌てて呼び止めたが、ハディンは振り返ることなく控室を離れていく。あからさまな回答の拒否に、ロイはハディンの真意を垣間見た気がした。

 それと同時に背筋を冷たい汗が伝う。


「まさかハディン、お前は――」


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「天より我らを見守りし御柱の主に武と術を捧げし勇士たち、熱烈なる声援を贈り続けた諸賓の皆様。此度の大会を主催した者として心より感謝致します。

 武を修めし貴殿らの更なる研鑽と帝国の繁栄を願い、これより赤狼大公の名代みょうだいであるわたくし――マリアリガル・フォン・ヴェルアロートと、極北の地より参られた勇士二人との試合を執り行います」


 太陽が中天に昇りつめた時分、闘技大会の最後の試合が幕を開けた。

 闘技場の中央に設置された石舞台の上に、赤を基調とした軍服姿のマリアリガルが立つと、観客席は割れんばかりの声援と興奮に包まれた。

 大公家の公女、未来の皇妃、そして帝国最強の魔法使い――それらの肩書は透き通るような紅玉色の髪と美貌を持つ乙女を更に輝かせる。

 いつもは伸ばしている髪を頭の後ろでまとめ、うなじをあらわにしていたマリアリガルは試合開始前の挨拶を終えると、舞台の対面に膝を着く二人の少年――ロイとハディンに向き直った。


おもてを上げなさい、北の勇士たちよ。

 そなたらの健闘、数多の臣民だけでなくわたくしをも心震わす見事なものでした。その武勇に敬意を表し――これより思う存分競い合いましょう」


 マリアリガルの賛辞に頭を垂れると、ロイとハディンは共に立ち上がった。


「さぁ剣を抜きなさい、勇士たちよ。試合う場だからと遠慮は要りません。

 例えその刃がわたくしの首をねようとも一切の咎を負わさぬこと、赤狼公国公女としてここに誓います」


「――公女様、それは」


 マリアリガルの発言に思わずたじろぐロイ。その豪胆な誓いが見栄ではなく本気なのだと気配で察したからこそ、余計に怖気づいてしまうのだった。


「――ロイ、気負うな。ここからは僕の戦いだ」


 一方でハディンは本気で死合う事を宣言したマリアリガルに対し、ロイとは違って一切動じていないように見える。

 彼は腰が引けてしまったロイの背を叩くと、一歩前に出てマリアリガルと正面から対峙した。その姿を見てロイは確信する。ハディンは暗黙の了解を無視して公女に勝利する目算なのだと。


「公女殿下、では我々も本気で挑ませていただきます」


「ええ、是非に。闘神と双翼を退けしその武勇を存分に発揮してくださいな。

 その上で――わたくしが真っ向から粉砕いたします」


 その一言に、二人の少年は本気で背筋を震わせた。

 これまで格上の猛者との戦いを幾つも経験した彼らは、拳を交えずとも放つ気配だけで相手の力量をある程度察する事ができるようになっていた。

 故に――彼らはその身で実感したのだ。

 目の前に立つ少女が帝国最強と呼ばれる魔法使いであり、万に届く公国の兵を統べる将器の持ち主であると。


「――御柱の主よ、彼らの健闘をご照覧あれ」


 司祭が試合開始の聖句を唱えると同時に、ロイとハディンは同時に動き出した。

 ロイは躊躇うことなく剣を抜き放ち、ハディンは粉末ではなく指の爪ほどの翠玉の原石を投げ放って、二方向から同時にマリアリガルに挑みかかった。

 勝ち抜き戦と同様に二体二の試合であった為、マリアリガルには長身の女騎士が付き従っていた。しかし彼女は剣を構えたまま護るべき主の背に控えている。


「――“盾”よ!」


 マリアリガルが叫ぶと同時に、彼女の前方に円盤状の光がきらめいた。それも二つ。

 ロイは反射的に振り下ろした剣をその光に弾かれ、ハディンが投げ放った原石――そこに宿った精霊の働きにより鎧すら貫く石弾と化した一撃も、円盤状の光を貫く事はできなかった。

 それこそは契約神能けいやくしんのうがひとつ、“潔璧けっぺきの盾”。

 潔璧の機構かみが、第四の勇者マリアリガルに授けた権能である。


「な、なんだこれ!」


 驚いたのはロイだけではない。初めて目にした超常の光景に観客もまた目を奪われていた。マリアリガルが魔法使いである事は広く知られていたが、これまで彼女が魔法を使う姿を見た者は、帝国全土でも片手の指ほどしか存在していなかったのである。


「だが――こいつはどうだ!」


 ハディンは端正な顔に驚きを浮かべながらも、右手に大きな原石を握り込む。

 その右手をマリアリガルに突き出すと、原石を中心に風が渦を巻き始めた。そして空気の渦に沿うようにして小さな稲光が無数に走る。


「精霊ども、雷電をまとえ!――‟疾る電矢ライトニング・カタパルト‟!」


 ハディンの右手に渦巻いた風が、無数の雷光をそれこそ矢のようにほとばしらせた。

 その速度故に回避はほぼ困難で、鎧や魔術による障壁も意味を成さない、碧玉の魔術における秘技のひとつである。

 だが――彼が放った雷光は全て、再び出現した潔癖の盾に悉く阻まれてしまう。


「これが奴の魔法? なるほどデタラメにもほどがあるだろッ!」


 焦燥か畏怖か、堅牢な光の盾で繰り出す攻撃を悉く弾き替えすマリアリガルに、ハディンは悪態を吐きながら顔を引きつらせる。


「言ったはずです、粉砕すると。だから互いに遠慮なしでいきましょう――」


 光の盾が消えると、マリアリガルは腰に履いた剣ではなく、先端に紅玉をはめ込んだ短い杖を手に取った。

 彼女が起こす奇跡は潔璧の盾だけではない。遠い祖先が残した杖から放たれる紅の炎こそ、彼女が最も得意とする魔法の源である。


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「あれは……えげつないですね」


 舞台の上でロイとハディンを圧倒するマリアリガルの戦いぶりに、貴賓席で試合を眺めていた櫂は一言で言うと――彼女の大人げなさにドン引きしていた。

 マリアリガルはまだ十代前半の少女ではあるが、その地位や普段の立ち振る舞いは年齢に似合わない落ち着きと弁えを備えている。

 だがその一方で、彼女の本質は武を以って身を立てる将のそれであると、近しい人間は昔から痛感していた。


「確かにマリアの性格を考えますと、舐めプとか接待されるのは死ぬほど嫌がるでしょうが……だからってあの盾を試合で使うのはチートも良いところですね」


「あ、あはは……おひいさまは昔から何事にも全力を尽くす御方でしたし……」


 苦笑しながら下手なフォローを口にするのは、マリアリガルに長年仕えてきた侍女である。


「……あ、もしかしてマリアが自分の試合で相手の武器や魔術を制限しなかったのは、自分が本気を出す為の口実ではないですか?」


 そんな彼女も櫂の指摘には思わず口を噤んでしまう。


「――これで勝負は決まったようなもの、と言いたいとこですが……何でしょうね、この嫌な予感は」


 試合を眺めながら、櫂は「そうあってほしくない」と前置きしてから、その言葉を渋々と口にした。


「フラグ、なんて言いませんよね?」




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