第31話 北から来るものたち




 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 帝国魔導院の魔導師にして自称錬金術師のベルタⅦ世から、この世界における『魔法』について学ぶ櫂。

 その結果、櫂は自分には『魔法』が使えない事を知り、マリアリガルは「祭り」の開催を皆に告げるのであった。


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 極北きょくほくの地――大小の山岳で区切られた、冷たい風が吹きすさぶ極寒の大地。

 しかし、それは温暖で豊かな土地に住む者達の偏見でしかない。

 実際の極北の地は気候も様々で、人も国も山によって千々に分かたれているが故に、独自の文化を維持し続ける多様な文明の地でもあった。


 とは言え、極北の地が不毛の土地である事は否定できない事実であり、極北の地の民を飢えから救っていたのは、南に位置する銀鷲ぎんしゅう帝国が輸出する大量の農作物であった。

 銀鷲帝国が大陸有数の大国として君臨できる理由は軍事力ではなく、自給自足どころか輸出せねば食料が余ってしまうほどの圧倒的な生産力にある。


 その帝国の北端に位置する翠馬すいば公国は、帝国の属国かつ極北の地と帝国を結ぶ交通の要所であり、帝国が輸出する農産物は、その大半が翠馬公国を経由して極北の地に届けられていた。

 故に極北の地の諸国諸氏族は翠馬公国に対して不可侵を誓い、逆に翠馬公国を窓口とする帝国は極北の地の諸国諸氏族に対し、依怙贔屓えいこひいきすることなく中立を保つ必要があったのである。


 そしてここは翠馬公国の公都エウスヴェルデ。

 帝国に繋がる街道と、緑豊かな大草原の境界に建つ城塞都市である。

 エウスヴェルデの城門は今日も一日中開け放たれており、昼夜を問わず人と馬が行き来する都市の一角に、鍛冶と製革を扱う店があった。

 

「ほらよ、ロイに届けてやりな」


 恰幅の良い髭面の男性が、年若い少年に布に包まれた荷物を手渡す。

 髭面の男性はドワーフと呼ばれる山の民の血を引いており、頭髪よりも長い髭には白髪が混じっていた。


「ああ、お代は後であいつが払いに来る。足りなければこれで」


 そう言って年若い少年は、髭面の店主に銀貨の詰まった小袋を手渡す。

 少年の髪は銀貨よりも眩しい銀髪で、その先端は軽く渦を巻いている。そして鋭利な翠の瞳には少年特有の色気が宿っていた。

 彼は誰もが認める美少年ではあったが、その顔には愛敬や稚気ちきといった人好きのする雰囲気は一切宿っておらず、美しさに誰もが目を奪われるが、しかし遠巻きに眺めるだけで誰も寄り付かない。

 剥き出しの刃のような少年は、名をハディンと言った。


「……なぁハディン、俺はこう見えてロイの奴を気に入っているんだ。言われなくてもまけてやるし、出世払いでも構わないんだぜ?」


 銀貨を受け取りはしたものの、気の進まない様子の店主に、ハディンは「ダメだ」と首を横に振る。


「あんたが良くても、あいつは納得しないだろう。どうせ金が足りないと知ったら、灰の山に住む亜竜退治に出るとでも言い出しかねない。そんなだから何時まで経っても前に進みやしないんだ、あいつは」


 ハディンの辛辣しんらつな評価に、髭面の店主は「ちげぇねぇ」と笑い声をあげた。


「それでお前さんはどうするんだ? ロイに付いて帝都に行くのか?」


「ああ――腐れ縁だしな。僕も帝国で一旗揚げたいと考えていたし、あいつを外に連れ出すにはまとない好機だ」


「――そうか、ならこいつを持っていけ」


 髭面の店主はそう言って、彼から受け取った銀貨の袋を突き返した。


「別にお前らみたいなケツの青い餓鬼に吹っかけたところで、大した儲けにもなりしゃしねえ。何よりお前らならば、いけ好かねぇ帝国の連中を見返してくれると、みんな期待しているんだ。

 お前ら武闘大会に出るんだろう? ロイの装具も合わせて俺達からの餞別せんべつだ」


 黄ばんだ歯を見せて笑う店主に、ハディンは礼も言わず「ああ、僕とあいつなら負けはしない」と言い放つ。

 その瞳が見据える先には、壁に張られた一枚の張り紙があった。

 統一言語で記されたその張り紙には『建国祭』と『武闘大会』の言葉が、人目を奪う大きさで記されている。


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 ――同時刻、赤狼公国の公都アルテンヴォルク、ヴェルアロート大公城館。


「カイ様、皆様、聞いてくださいませ! 来週は――お祭りですわよ!!」


 その場にいた全員の視線を集めると、マリアリガルはコホンと咳払いをして話を続ける。


「場所は帝都イーグレ、そこで帝国の建国祭が開催されますわ。ぜひぜひ皆様で参加いたしましょう♪」


 祭りと聞いて櫂やベルタは期待に目を輝かすが、エルナは特に何を思うこともなく蜜で固めた菓子を齧っており、そしてもう一人――ミカゲは複雑な表情を浮かべる。


「公女殿下、それはアタシも含めての話なのかしら?」


「ええ、わたくしは赤狼公国の公女。皇帝陛下への忠心こそ誠なれど、ここは帝国ではありませわ」


 自分の出自を強調した返答に、ミカゲは安堵したかのように顔を綻ばせた。

 銀鷲帝国に於いては、ミカゲの猫耳のように身体の一部に獣の部位を生やしたものを「蛮族」と見下し、対等な取引を拒否する事も珍しくはない。

 一方で赤狼公国は帝国と諸国連合の狭間に位置する事もあり、ミカゲのような諸国連合の民を見下したり扱いに差を設ける事はなかった。

 マリアリガルが自身を「赤狼公国の公女」だと謳ったのは、ミカゲをこのまま客分として遇するという意志表示でもあった。


「そう言えば私、あの皇太子にも誘われていましたね……建国祭と言うのはそれだけ重要な祭事なのですか?」


 帝都に滞在していた時のことを思い出し、櫂はマリアリガルに尋ねる。


「ええ、始祖ディアルス帝が戴冠なされた日、その威光と恩情をもって民に酒や食事を振る舞った事が始まりとなり、それ以来、建国を祝って大々的なお祭りが催されるようになりましたの。

 それに加えて夏の精霊を送り出し、秋の精霊をお迎えする祭事の時期でもありましたから、やがてそれらが統合されて、大陸で最も盛大な催し物として知られているのですよ?」


「……ええ、全くその通りなのですが、カイ殿はご存知なかったのですか?」


 ベルタは不思議そうに首を傾げる。

 帝国の建国祭と言えば、帝国臣民だけでなく周辺諸国にとっても無視できない催事であるだけに、一般常識として広く知られているのだ。

 端的に言えば、知らない方がおかしいとさえ思われている。


「そうね、カイってば変な事には詳しいくせに、知っていて当然の事は覚えていないのよね」


 ミカゲが笑いながら言うと、エルナも「そうだそうだ」と首を縦に振る。

 櫂としても「まぁ私、記憶喪失みたいでして」などととぼけるが、それは自分が違う世界から転生してきた存在だから――とは流石に口にはしなかった。


「実は今年の建国祭で、我が赤狼公国も大々的な催しを計画しておりますの。

 長らく催されなかった武の饗宴きょうえん――そう『武闘大会』の復活ですわ!」


 マリアリガルが誇らしげに宣告した瞬間、驚きの声が一斉に上がる。

 ミカゲもエルナも、そしてベルタも『武闘大会』の響きに一瞬言葉を失っていたが、櫂だけは「おお、少年漫画と異世界転生ものの定番ですね!」と興奮を露わにしていた。


「あれ? 皆さん、あまり喜んでいませんね?」


「……それはその~武闘大会は見せ物としては人気があるのですが……色々と問題もありまして~」


 それは何かと櫂が渋い顔を浮べるベルタに尋ねると、彼女の代わりにミカゲが返答する。


「端的に言えばね、だからよ」


 ミカゲの率直な説明にエルナも同意を示す。


「武闘大会となると、各地から賞品目当てや自分を売り込む為に破落戸ごろつきが集まる。それに生じて暗殺者や刺客も入り込むから……もう大変」


 エルナの実感が籠った物言いに、櫂は彼女が元々は治安維持を目的とした組織に属していた事を思い出していた。


「祭りの時期に限るとは言え、治安が悪くなるからと帝都の民から顰蹙ひんしゅくを買った結果、ここ暫くは誰も催さなくなっていました~。本気なのですか~殿下?」


 心配だと眉をひそめるベルタに、マリアリガルは「大丈夫」と自信満々に頷く。


「会場の警備や参加者を監督するのは全て、わたくしと公国軍が取り仕切ります。

 実剣と魔術の使用は一部を除いて禁止とし、もしもの為に魔導院からも魔導師を何人か派遣する様に要請致しましたから」


「そ、そうなのですか……それならまぁ、反対する理由はありませんね……」


「でも随分と大掛かりなのね? 連合の天覧てんらん試合だって軍隊を動員するなんて聞いたことないわ……」


 感心したのか、或いは呆れたのかは不明だが、マリアリガルが説明した大会と動員の規模に、ベルタとミカゲは唖然あぜんとしている。


「まぁ抜け目のないマリアの事ですから、元を取る算段はあるのでしょう。

 しかし武闘大会とは楽しみですねぇ、もちろん私は参加できるんですよね?」


 櫂が無邪気に尋ねると、マリアリガルの顔は一瞬にして強張った。


「だ――ダメですわ! 万が一にもカイ様の珠のような美肌に傷でも付いたら一大事です!」


「――え? じゃあ観戦するだけなんですか? 私の実力はマリアも知っているでしょう?」


「それでもダメなものはダメです! お姉ちゃんが許しません!!」


 思わぬ反発を喰らい、櫂は面白くないと口を尖らせる。


「良いですか? カイ様はわたくしが用意する席で最後まで応援していてくださいませ。なにせ大事ななのですから……」


「待ってくださいマリア、今……何と言いました?」


 聞き捨てならない言葉があったと、櫂はマリアリガルに問う。

 するとマリアリガルは――いささかの邪気もない善意100%の顔をして告げた。


です。この武闘大会の優勝賞品――♥」


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「――ロイ、準備はできたか?」


 昼間であっても薄暗い納屋に、ハディンの声が響く。

 するとその奥から一人の少年が姿を現した。


「ああ、待たせたなハディン」


 陽に焼けた顔に無邪気な笑みを称える、赤土色の髪と炎を思わせる赫灼かくしゃくの瞳を宿す少年。彼はその名をロイと言った。

 かばねうじも持たない、ただの庶民である。

 ロイはハディンよりも僅かに背が低いが、その肉体はまるで駿馬の如くに引き締まっている。


「この装具、実に具合が良い。動きやすいし、何よりこいつをしっかり固定できるからな」

 

 ロイはこの時、麻で織られた服の上に革製の装具を巻きつけ、その背には黒いさやに納められた大剣を背負っていた。

 その大剣の柄に手をやり、ロイはハディンに軽く頭を下げる。しかしハディンは愛想なく鼻を鳴らすだけ。


「それは何よりだ。大して値が張るものじゃないが、お前の邪魔にならないのであればそれで充分だろう」


「なぁハディン、この装具、本当にあれしきの銀貨でこしらえた物なのか? 下手すれば金貨一枚に及んだんじゃ……」


 装具の見事な仕上がりに疑問を捨てきれないロイだったが、ハディンは「知るか。あの店主にでも聞くんだな」と話題を一方的に打ち切ってしまう。


「さぁ行くぞ、もうすぐ乗合馬車が来る」


 そう言ってハディンは納屋を離れ、その後を慌ててロイがついて行く。


「あ、ああ――すまない相棒」


「誰が相棒だ。ただの腐れ縁に過ぎないくせに」


 やがて二人は横に並び、その手の甲を軽く打ち合わせる。

 言葉ではどう取り繕うとも、二人の関係性は息の合ったその行為が雄弁に物語っていた。


「帝都の武闘大会――勝つぞ。そしてお前は騎士となれ」


「ああハディン――お前もこれを足掛かりに出世してくれ」


 ロイとハディン。

 何の後ろ盾もなく、ただ可能性だけを頼みに帝都へと向かう二人の少年。

 と刃を打ち合わせるその時にこそ、彼らの運命は大きな転換点を迎えるだろう。

 それを知るのはただ、運命のみであった。


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 名前:ハディン(エインの丘のハディン)

  性別:男性

 年齢:15歳

 クラス:魔術師

 属性:穏和

 Strength (力): 18

 Agility (敏捷): 16

 Vitality (体力): 14

 Intelligence (叡智): 20

 Wisdom (賢さ): 28

 Charisma (魅力): 24

 Luck (運): 10

 保有技能:微娼/翠玉の魔術/天才/精霊通



 名前:ロイ(カルダモしょうのロイ)

  性別:男性

 年齢:14歳

 クラス:第五の勇者

 属性:穏和

 Strength (力): 28

 Agility (敏捷):15

 Vitality (体力): 28

 Intelligence (叡智):5

 Wisdom (賢さ): 8

 Charisma (魅力): 6

 Luck (運): 30

 保有技能:剛体/英雄補正:B

 契約神能:義心ぎしんの臓


 追記:

 もうこいつが『勇者』で良いんじゃない? ダメ? 足りない?

 




 

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