第27話 ここからは、私の仕事です



 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 「影離えいり」の“超能スキル”を使い、マリアリガルとの決闘に勝利する櫂。兵を退くとの言質も取り付けたその矢先、今度は城壁と共に崩れ落ちた巨大な“塊人ゴレム”から、新たな脅威が出現するのであった。


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 時間は少しだけさかのぼる。

 かいとエルナを公国軍の眼前に送り届けたあと、ミカゲ・アゲハは城壁を破壊されて右往左往する、都市国家アーチの防衛隊を空から見守っていた。

 もしも櫂の目論見が失敗に終わり、公国軍がアーチに攻め入る様な事態におちいれば、ミカゲは飛竜とともに抗戦する覚悟を決めていた。

 その時、彼女は城壁の片隅で人目をはばかりながら、街から離れようとする人影を発見する。


「――もしかしてドゥリム師?」


 アーチの住民が外へと逃げ出そうとしたところで、ミカゲはそれを止めるつもりもなかったが、相手が自分の知人であり尚且つ連合随一の導師だとすれば話は別だ。

 ミカゲは飛竜を駆り、その人物へと接近する。


「やはりドゥリム師! こんなところで一体どうされたのですか?」


「うひゃあ⁉ 誰かと思えばミカゲちゃん? 君こそどうしてこんな場所に……」


 互いに驚く二人であったが、思わぬ再会に少しだけ声を弾ませるミカゲとは対照的に、ドゥリム・オロチ――鎧亀がいきの民でもある黒髪の青年はバツの悪そうな表情を浮かべる。

 実は戦況が宜しくないので、一人だけこっそり逃げ出そうと考えていました……などとは流石に口に出来なかった。相手が年下のであれば尚更である。


「私はその、術の仕込みをですね? ほら、“塊人ゴレム”もあっさりやられちゃったわけですし」


 ドゥリムが言葉を濁すのは、自慢の術が敵に敗れてしまった事を認めたくない――からではなく、どうすれば一人だけ逃げ出した事を誤魔化せるかと、言葉の裏で考えていた為である。


「ええ、帝国の魔法使いも侮れません。でもご安心くださいドゥリム師、カイが――ああいえ、私の協力者が事態を収めようと動いてくれています」


「はい? 協力者?」


 ドゥリムは生憎と櫂とマリアリガルが決闘している事を知らなかった。ミカゲがそれを説明すると、彼の爪先は自然と城壁の方向に向き直る。


「――ふむ、盟主様が確かに『勇者』と認めた少女ですか。それならば確かに番狂わせが起きるかもしれませんね?」


 だとすれば、このまま逃亡した方が将来的に都合が悪くなるだろうと、ドゥリムは瞬時に考えを改めた。

 

「いや、ありがとうございますミカゲちゃん。それならば一策打つとしましょうか。

 東方の地道、陰星の闇夜より、土塊を地に還し、魄を宿して流転を成す。言命即時我が意の侭に」


 宙空に指で綴った命文を詠み上げると、城壁に背中を預ける様にして崩れ落ちた巨大な“塊人ゴレム”が突然、その身を震わせて蠢き出す。

 すると、巨大な体を形成していた大量の土砂や岩石は、重力に引かれて剥がれ落ちていく。そして地面に落ちた無数の土砂と岩石から浮き上がるように、今度はより小さな“塊人ゴレム”が、次から次へと湧き上がってきた。


「さあ、お行きなさい。我が”塊人”たちよ。目の前の敵を思う存分蹂躙するのです!」


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「全隊、前進せよ!」


 城壁の直下に突如として出現した無数の“塊人ゴレム”に対し、赤狼公国軍は進撃を止めて、その場で迎撃態勢を取る。

 それまで公女マリアリガルの後背で待機していた二千の兵たちは、“塊人ゴレム”が迫りくる前に部隊を前進させた。

 組織的な動きで言えば、無数の“塊人ゴレム”たちは公国軍に遥かに及ばなかったが、土と岩で形成した無骨な体と、何の思念も伺えない無機質な顔に公国軍の兵士たちは警戒を強める。


「――“焔砕刻印ブレイズシール”!」


 迫りくる“塊人ゴレム”たちに対し、マリアリガルが杖を振るい、大地に刻まれた刻印を爆発させる。

 それと同時に公国軍の前衛には巨大な光の盾が横に連なって展開し、爆風と炎を防ぐが、爆発に巻き込まれた無数の“塊人ゴレム”は、文字通り木っ端微塵に弾け飛んだ。

 しかし――砕かれ、撒き散らされた土砂は再び人型を成し、後続の“塊人ゴレム”たちと融合していく。

 そのシルエットを除けば人間とは共通点も薄い“塊人ゴレム”だが、砕かれた破片を寄せ集めて新たな肉体を生み出すと言う所業は、極めて生物的なグロテスクさに満ちていた。


「ダメですわ、これでは近すぎます。ええい――全軍、白兵戦に備えなさい!」


 公国軍を指揮するマリアリガルは伝令にそう命じたあと、小さく舌打ちをこぼす。

 凄まじい破壊力を誇る彼女の紅玉の魔法――“焔砕刻印”だが、それには爆発を起こしたい場所に直接刻印を刻み込む必要があった。

 しかし今や公国軍と無数の“塊人ゴレム”は、互いの顔が見えるまでに接近してしまっている。このまま近接戦闘に移行すれば、公国軍も魔法の巻き添えを喰らうのは必至であり、諸刃の剣どころの話ではなくなってしまう。


「カイ・タクミ、貴女は殿下と共に後方にお下がりなさい。間もなくここで戦闘が起きます。そうなればとても貴女達まで守れません」


 決着の後、マリアリガルにとって櫂は「得体の知れない生意気な敵」から、「守護すべき存在」へと変わったようだ。

 その事実に心の中で感謝を唱えつつ、しかし櫂は首を横に振った。


「いいえ、退くのは皇太子殿下のみです。私はここから攻撃に転じます」


 迎撃でも反撃でもなく、「攻撃」を行うのだと櫂はマリアリガルに宣言した。

 その証拠にと‟超能スキル”の使用で脱ぎ捨てたスーツを再びまとい、両手に構えた黒い蛮刀を構え直す。


「まさか貴女、自ら討って出る気なのですか?

 い、いけません! 相手は小型化したとは言え“塊人ゴレム”です。その刀や槍では、連中の体を傷つける事はできても、断ち切る事は叶わないのですよ?」


 あまりに無謀な行為だと、マリアリガルは櫂を引き留める。

 同じ人間であれば肉体を損傷する事で戦意も戦力も低下し、中には逃げ出す者もいるだろうが、“塊人ゴレム”にはそれがない。自分が壊れて動けなくなるまで、命じられた事を繰り返すだけ。

 いくら動きが鈍重だとは云え、無謀にも討って出れば、命も痛みも持たない土塊たちに押し潰されて一巻の終わりであると、マリアリガルだけでなく長らく諸国連合とも戦い続けてきた公国軍は身をもって知っていたのである。


 しかし、櫂は自分の考えを改めようとはしなかった。

 その琥珀色の瞳は、押し寄せる“塊人ゴレム”の群れを見定めるかの様に鋭く光っている。


「――いえ、私ならばです」


 櫂の瞳が映し出す光景。

 そこには背丈も体格もバラバラな“塊人ゴレム”の合間を縫うように、無数の可能性が赤いみちとして可視化されていた。


「ひとつだけお尋ねします。顔のように見える紋様は“塊人ゴレム”の核と言うか命なのですかね?」


「え、ええ、あれは諸国連合の古いハン(※この世界の表意文字)で、命を意味する言霊と聞いたことがあります。ですからあの文字を消すか頭部を破壊すれば、“塊人ゴレム”はただの土塊に戻る筈です」


「――なるほどなるほど、それは実に都合が良いですね!」


 目に映る可能性を、与えられた情報が理屈として補強する。

 櫂が持つ‟超能スキル”のひとつ「斬命」。それは敵を一撃で絶命させる絶技であり、その可否も可能性の路として視界に提示される事を、櫂はこれまでに何度も経験してきた。


「公女殿下、私はあの町の人達にも、そしてあなた方にも無用な血は流してほしくありません。

 よって――ここからは、私の仕事です。邪魔をするなとは言いませんが、余計な手立ては無用に願います」


 蛮刀を逆手に構え、櫂はわずかに身をかがめる。

 既に意志と言う弦は極限まで引き絞られており、後は己と言う矢を放つだけ。


「カイ、行くの?」


「はい、エルナも来ますか? 私は今から全力でぶっ飛ばすので、置いてけぼりにしちゃうかもしれません」


「大丈夫――カイは好きにして。私も勝手にやらせてもらう」


 それは信頼かそれとも放任か。これまで共に死線を潜り抜けてきた二人は、そう言葉を交わしたあと、どちらからとも無く駆け出した。

 マリアリガルの制止も振り払い、櫂は“塊人ゴレム”の群れに斬り込む。


「ま、待ちたまえカイ――――って、あれぇ?」


 一息遅れて呼び止める皇太子の視界から、不意に櫂はその姿を消してしまう。

 しかしそれは消えてしまったのではなく、もはや視認すら叶わないほど櫂が加速したからに他ならない。

 風よりもはやく、雷光にすら届くかと思われる程の速度に到達した櫂は、その足を些かも止めることなく、先頭に立つ二体の”塊人”の間を駆け抜けた。

 その瞬間、黒い光が閃いたかと思うと、ゴトン――と音を立てて、“塊人ゴレム”の頭部が落下する。

 切断された箇所から、人間のように血液を吹き出す事はなかったが、人型を保っていた土塊はその瞬間、ただの土砂となって崩れ落ちた。頭部に刻まれた「命」を意味する文字は、幻のように消え失せており、まがいものであっても二体の“塊人ゴレム”の生命は既に失われていた。


(なるほど、概念としての『命』が土塊を一個の存在として繋ぎ止め、連動させているのですね。そして概念であっても、この世界に存在して影響を及ぼすのならば――私はそれを断ち斬る事ができる!)


 今も無数の赤い線として視界に走る、可能性の路。

 それを辿るように走れば、櫂は敵陣を駆け抜ける風となり、両の手の刃は死を運ぶ閃光と化す。

 痛みとも恐れとも無縁である“塊人ゴレム”だが、櫂の刃は最小限の動きでその「命」を断ち斬ってしまう。

 無数の土砂と岩を人型に保つ物理的な要を、概念的な生命の核を、二本の蛮刀が無慈悲かつ正確無比に貫き、切断する。

 走りながら放たれる一撃必殺の斬撃は、もはや人間が習得できる「技」ではない。

 鳥が空を飛ぶように、魚が水中を泳ぐように、獣がその牙と爪で人に断てぬものを裂くように、それは肉体に宿る先天的な「機能」とでも呼ぶべき動きであった。


(――相手が人間でなければ、私は思う存分「斬命」を行使できますからね!)


 たちまち櫂は“塊人ゴレム”たちの群れを駆け抜け、それを生み出す巨大な骸――巨大な“塊人ゴレム”の残骸へと到達する。

 しかしその前に、櫂の数倍もの巨体を有する“塊人ゴレム”が立ち憚った。

 知性も意思も持たぬ“塊人ゴレム”であっても、櫂の存在を脅威と感じ取ったのだろうか。

 その巨体で進路を塞ぎ、数十倍の質量で華奢な櫂を押し潰そうとする“塊人ゴレム”。それが櫂の姿を捉えた直後――足下から脳天に向けて、二つの光が交差する様に走り抜ける。

 敵を迎え撃つどころか、ただの一撃で絶命した巨人の頭部を蹴りつけて、櫂は高く跳び上がった。

 そして、城壁を背に預けたままの巨人の骸を駆けあがっていく。


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「――いやいや、お待たせしました隊長さん。ちょーっと仕込みに時間がかかりましてね」


「ドゥリム様? 一体今までどこに――」


 公国軍の侵攻に備え、守備隊の再編成に追われていた隊長のもとに、ドゥリムがひょっこり戻ってきたのは、ちょうどその頃であった。

 味方を見捨て一人だけ逃げ出そうとしていた事などおくびにも出さず、ドゥリムは悠々とした足取りで隊長の前に立つ。


「いやなに新たな“塊人ゴレム”を作り出して、公国軍にぶつけてやっただけです。これで防備を固める時間も稼げるというものでしょう?」


 それどころか自分の戦果をこれ見よがしに誇示するのだが、確かに下を見れば突然湧いた“塊人ゴレム”の軍団に、公国軍は侵攻の足を止められてしまっている。

 本当は自分達を見捨てて逃げ出したのではないかと、隊長はドゥリムを疑っていたのだが、こうなると彼の言い分を信じないわけにはいかない。


「――あ、ありがとうございますドゥリン様。よし、ではこの隙に兵を呼び集めるのだ、急げ!」


「ふふ、では私も奮発して、更なる“塊人ゴレム”を生み出すとしますか」


 再び袖から指を出し、更なる秘術を行使せんとするドゥリム。

 しかし――


「見つけましたよ、“塊人ゴレム”遣い」


 城壁を駆けあがり、その身を更に高く、軽やかに空に躍らせる少女。

 そのすみれ色の髪は陽光を反射して輝き、交差した手に構える刃はドゥリンの楽観を容易く断ち斬ることだろう。


「――さぁ、今度こそ茶番を終わらせるとしましょう」



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