第25話 勇者対勇者



 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 櫂の要求を受け入れず、都市国家アーチを陥とすと宣言する公女マリアリガル。説得に応じない彼女に対し、櫂は実力行使でマリアリガルをいさめようとする――


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 ・

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「では、実力行使の時間です。私が貴女を分からせて、この茶番を終わらせるとしましょう――行きますよ、マリアリガル・フォン・ヴェルアロート」


 腰から二振りの蛮刀を引き抜きいた櫂は、己が得物を逆手に構える。

 それを受けて、赤狼公国公女マリアリガルは、美しい顔に柔らかな笑みを浮べた。それと同時に彼女の右手は、総司令官を守護しようとする衛士を押し留めている。


「まぁ、顔に似合わず物騒なことを仰る。剣を手にわたくしに要求を呑ませようだなんて、それがどのような結果を招くか……よくお考えになることね」


「ええ、熟慮じゅくりょの末にこれが一番手っ取り早くて、あとくされないと判断しました」


 優雅に威圧するマリアリガルに、櫂も不敵な態度で応戦する。

 見るも可憐な少女二人が相対すると、その場の空気は張り詰め、敵意と殺気が周囲の人間の肌を粟立たせた。


「カイ、私も――」


「いえ、エルナは離れて見守っていてください。これは私と彼女との決闘ですから」


 櫂がさとしても、エルナ・ヴォルフは納得が行かないと引き下がらない。

 その愚直な使命感――あるいは忠義を嬉しく思いながらも、櫂はそっとエルナの肩を抱く。


「ここは、私に意地を張らせてもらえますか?」


「…………分かった。でもカイ、必ず勝って? さもなければ許さない」


 エルナとて最初から理解してはいたのだろう。それでも言う事を聞かない心を宥める為には、誰かの言葉とぬくもりが必要だった。

 櫂はエルナから離れると、そのまま歩を進めてマリアリガルと対峙する。


「――――!」


 先に仕掛けたのは櫂だった。蛮刀を構えていた両腕を下げると同時に、一足で加速する。


「――“盾よ“!」


 しかしマリアリガルの反応もまた迅速であった。一気に距離を詰めた櫂の前に、白く輝く光の盾が音もなく展開する。

 初めて視る光の盾に対し、櫂はそれを避ける様に大きく横に飛び退いた。

 とっさの判断であったが、それが正解だったと知るのは、飛び退いた直後に左右に光の盾が展開されるのを目撃した瞬間であった。

 少しでも退避が遅れていたら、今頃は三方向に展開された光の盾に包囲されて動きを封じられているに違いない。


「まぁ勘が宜しいこと。では――」


 マリアリガルは三枚の光の盾を消滅させると、手にした短い杖で円を描き――


「――――“盾よ“! “盾よ盾よ盾盾盾盾盾盾盾盾ッ”!!」


 連呼するや否や、二人の周辺を無数の光の盾が取り囲んだ。

 さながらそれは光の盾の柵――いや闘技場とでも呼ぶべきか。逃亡を防ぎながらも、闘争を阻害しない程度には広い空間である。


「む、堅いですね」


 櫂は好奇心から手にした蛮刀で、自分達を取り囲んだ盾を軽く叩いてみた。

 音こそしないが、刀で打ちつけた勢いはそのままに跳ね返ってくる。


(斥力せきりょくや反発で触れたものを弾くわけではないのですね。あくまで防護用障壁と言ったところでしょうか?)


 櫂にとっては見るのも初めての超常能力であったが、彼女が「魔法使い」であること、そして巨大な“塊人ゴレム”が吹き飛ぶ光景を見聞きしており、当初から彼女の超常的な力に注意を払っていた。

 何より転生前の記憶が、彼(女)に教えてくれていた。


(……まぁ魔法使いなんですから、バリアの一つや二つくらい張るでしょう)


 転生前の櫂が好きだったフィクションでは、魔法使いと称する老若男女はバリアも張れば、杖からビームを放つことも珍しくはなかった。

 実在する魔法使いがどんな存在なのか知らないが、フィクションで得た予備知識が、この場合は図らずとも櫂を助けたのである。


「ふふっ、わたくしの“盾“を打ち砕くつもりなら、大砲のひとつやふたつでは到底足りませんわよ?」


「その様ですね。ならば此処は即席の闘技場と言ったところですか? なかなかに良い趣味をしていますね」


「お褒めいただき光栄ですわ。では――次はこちらから行きますわよ!」


 そう言うと、マリアリガルは手にした短い杖を櫂に向けて振るう。


「紅玉の魔法――“飛火の礫ショット・フレイム”!」


 “力ある言葉スペルワード”と共に杖より放たれたのは、その名の通り炎をまとう石礫せきれきであった。

 一つ一つの石は人間の拳よりも小さいが、問題はその速度だ。

 軽く杖を振るうだけで数個の石礫を放つ――いや、その速度からしてと表現した方がより正確だろう。

 その一撃はさながら長銃の如く、地面をえぐり飛ばす。

 次々と打ち出される石礫の弾丸を、櫂は加速の“超能スキル”を以てかわすが、僅かにでも遅れていたら燃える石に全身を打ち据えられていただろう。


「――ちょ、せめて詠唱とかしてください!」


「何を甘い事を! そちらこそちょこまかとはしっこい!」


 間断なく石礫を撃ち続け、マリアリガルは櫂を追い込んでいく。

 櫂からすれば距離を取って体制を立て直そうにも、周囲をぐるりと取り囲む光の盾に阻まれてしまい、反撃に移る暇も与えられない。


「ほらほら、どうしましたの! わたくしはここですわよ!」


 マリアリガルは櫂を煽りながら、更に石礫を撃ち出してくる。

 しかし、櫂もただ手玉に取られているわけではなかった。


(――やはり。脳が予測した結果を眼が映し出してるのか、それともこれは眼が未来を見ているのか……)


 琥珀色の瞳に映るもの、それはマリアリガルを起点に走る無数の赤い線だった。

 その線は見えたかと思うと一瞬で消えてしまうが、消えると同時にマリアリガルが撃ち出す石礫が、消えた線をなぞるように着弾する。

 それは可能性のみち

 櫂がオークと対峙した際に、一撃必殺を成すための軌道として見ていたものだ。

 時間にして一秒にも満たないが、櫂は事で、マリアリガルの攻撃を完全に先読みしていた。


(そう言えばあの光の盾、触れるだけなら特に危険もなさそうでしたね――ならば!)


 櫂は攻撃を避けながら無数の盾が作り出す障壁に近づき、そこに向かって撃ち出された石礫をかわすために前方に跳んだ。


(――今です!)


 跳躍と同時に身を捻り、垂直に展開した光の盾を櫂は思いきり蹴りつけた。

 しかしそれで揺らぐような柔な壁ではない。盾は自身に加えられた力をそっくりそのまま櫂にお返しし――櫂はその反動を利用して、自らを矢のように撃ち出した。


「――――⁉」


「もらった!」


 不意を突いて一気に距離を詰めた櫂は、そのまま右手の蛮刀を振り払う。

 虚を突かれたマリアリガルは無防備であり、櫂の眼は彼女の首元へと走る可能性の路を捉えていた。


(――いけません!)


 だが、それこそが櫂にとって悪手であった。

 そのまま放てば必殺となる電光石化の一撃を、櫂は寸前で止めてしまう。

 それによって生じた僅かな隙を見逃さず、マリアリガルは叫んだ。


「――“盾よ“!」


 一瞬にして二人の間に展開される光の盾。

 攻撃を強引に止めた櫂は体ごと光の盾に激突し、そして弾かれてしまう。

 櫂は地面に打ちつけられて二転三転すると、蛮刀を杖にして身を起こす。

 しかし――全身に走る痛みが、それ以上の動きを許してはくれなかった。


「――――!」


 幸いだったのは、驚いたマリアリガルの思考にも若干の乱れが生じ、結果として判断をわずかに遅らせてしまう。

 あわてて石礫を撃ち出した時にはもう、櫂は加速の“超能スキル”で攻撃を避けていた。


(……あ、危なかった! ダメですよ私! あの子を殺したりなんかしたら完全におしまいですからね!)


 櫂が持つ“超能スキル”のひとつ「斬命」は、その名の通り一撃必殺の斬撃を無意識に放つ能力である。

 相手がオークのような怪物ならば、櫂は迷うことなく「斬命」を行使するだろうが、相手は同じ人間――それも一軍を率いる公女様プリンセスである。

 もしも櫂が決闘の中であっても彼女の命を奪ったならば、背後に控える二千の兵士どころか国自体が櫂を決して許さないだろう。

 そして公女の命を奪った報いを、櫂だけでなく「敵」と見なした国や民にも受けさせようとするに違いない。そうなれば今度こそ戦争は避けられなくなる。

 つまり櫂が目的を果たそうとするならば、彼(女)は決して命を奪うことなく、なるべくなら傷もつけずに、公女の戦意をくじく必要があった。


(我ながらとんだ無理ゲーに挑んでしまったものです。いや本当にこれからどうしましょう……)


 一度は隙を突いたとは言え、マリアリガルは「帝国最強の魔法使い」の名に相応しい強者だ。

 自由自在に展開できる強固な光の盾で防備を固め、手にした杖からは銃撃にも等しい殺傷力の魔法を際限なく撃ち出してくる。

 一方で遠距離攻撃の手段を何一つ持たない櫂は、強烈無比な攻撃をかいくぐりながら、鉄壁の防御を突破してマリアリガルに肉薄するしかない。

 それはもはや人と人の戦いではなく、人と要塞の戦いに等しい戦力差であった。


「カイと言いましたか貴女。どうやら情けをかけられたようですし、わたくしとしてもここは譲歩を示すべきですね」


 するとマリアリガルは突然、追撃の手を止めてしまう。

 理由は不明だが、櫂の顔に希望の色が灯る。


「譲歩と言いましたか? では――」


 マリアリガルに応じるように、櫂もまた戦闘の構えを解いた。

 しかしその期待は、足元に刻まれた巨大な刻印によって打ち砕かれてしまう。

 巨大な文字を思わせる複雑なデザインの刻印。それは櫂の足下から半径十数メートルの大地に直接刻み込まれており、溶岩を思わせる赤熱のエネルギーで刻印自体が脈打っているようにも見える。


紅炎姫こうえんきエルフリードより賜わりし紅玉の魔法――“焔砕刻印ブレイズシール”。

 解放したら最後、貴女ごと周辺一帯の土地を焼き払い、骨も灰もまとめて吹き飛ばしますわ」


 事も無げに言い放つマリアリガルだが、その言葉が冗談でも何でもないのは、内部に破壊的なまでのエネルギーを貯め込んでいる刻印自体が物語っている。

 しかし――


「そんな事をすれば、貴女も同じ運命を辿るのでは?」


 櫂が疑問を呈したように、マリアリガル自身も“焔砕刻印ブレイズシール”の上に立っていた。

 このまま刻印が内に封じたエネルギーを解放すれば、仕掛けた術者もろとも全てを爆砕するとしか思えないのだが、マリアリガルは首を横に振った。


「――“盾よ“」


 そう呟くと、マリアリガル自身を覆うように無数の光の盾が展開し、三層構造の外殻を形成する。

 それが何から彼女の身を守るのかは、櫂には一目瞭然であった。


「ず、ずるいですよ! 自分だけ助かろうだなんて!」


「あら、ご不満かしら。でも安心なさって? わたくしも問答無用で貴女の命を奪うつもりはないわ。尤もそれは今後の貴女次第ですけど――」


 そう言ってマリアリガルは櫂に選択を迫る。


「このわたくしに未遂であっても一矢報いた実力を買って、貴女に未来を選ばせてあげましょう。

 さぁ選びなさいカイ、このまま無残に焼き砕かれるのか――或いは殿のかを」







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