第24話  NO!タッチ




 内匠櫂たくみ かい。12歳。

 32歳の冴えないサラリーマンであった彼は、異世界に転生した際に何故か12歳の美少女に生まれ変わっていた。

 諸国連合の都市国家アーチを巡る守備隊と赤狼せきろう公国軍の戦いは、帝国最強の魔法使いでもある公女マリアリガルによって趨勢すうせいが公国軍に傾き、城壁を破壊されたアーチは陥落の危機を迎えつつあった。



 それはマリアリガルの魔法によって、巨大な“塊人ゴレム”ごとアーチの城壁が破壊される直前の出来事である。

 北東よりアーチに向けて空を駆ける一頭の飛竜。その背中にまたがるのは三人の少女たち。ミカゲ・アゲハは飛竜の手綱を握り、その後ろには櫂とエルナ・ヴォルフがしがみついている。

 彼(女)たちが諸国連合の宗主国である都市国家オウキを立って、早や二日。

 脇目もふらず一直線に空を駆けぬけた一行は遂に、戦場へと到達した。


「あーーーーーー! ゴーレムが、吹っ飛んだーーーーーー!!」


 落雷にも匹敵する轟音と衝撃が飛竜ごと自分達を揺すぶった時、櫂は城壁よりも頭一つ高い巨人が文字通り吹き飛び、背後の城壁に激突する瞬間を目撃してしまう。

 映画でしか見た事のないような光景に、櫂は興奮を抑えきれなかった。


「あんな大きな“塊人ゴレム”を生み出すなんて、ドゥリム師に間違いないわ。

 なのに“塊人ゴレム”がやられたと言う事は……どんなデタラメなのよ、赤狼の公女様ってのは!」


 ミカゲもドゥリムもその実力を以て栄誉ある姓をたまわった「眷獣司けんじゅうし」と呼ばれるエージェントであるが、ドゥリムは諸国連合にその人ありと謳われた導師どうしでもある。

 その導師の秘術が敗れた事を悟り、ミカゲは戦慄に身を震わせた。


「――ミカゲさん、このまま公国軍の頭上を横切って下さい。私はタイミングを見て飛び降ります」


「はい? ちょ、ちょっと本気で言ってるのカイ? ……いや、あなたならそのくらい平気でやるだろうけど、勝算はあるんでしょうね?」


 ミカゲはそう心配するが、櫂は「ありませんよ」と即答する。


「だから私は、できる事をやるだけですよ」


 根拠も自信もゼロに等しいが、成すべき事をただ成すと言う櫂の確固たる意志だけは伝わってきた。

 だからこそミカゲは、胸に抱えた不安がわずかに軽くなるのを感じる。


「エルナも行くのよね? なら――一瞬だけ高度を下げるわ! 二人とも合わせなさい!」


「わかった」


 エルナの意思を確認した後、ミカゲは手綱を操作し飛竜を一瞬だけ降下させる。

 それと同時に、背後にしがみついていた二人は飛龍の背から飛び降りた。

 そして櫂とエルナの二人は、崩れた城壁に向けて突入の準備に入った公国軍の眼前に、髪をひるがえしながら舞い降りたのである。



「――女の子?」


 突如として眼前に舞い降りた、まだ幼い風貌の美少女。

 崩れた城門からアーチへと侵攻する準備を整えていた赤狼公国軍だけでなく、兵士を搔き集めて迎撃態勢を整えようとするアーチの守備隊もまた、空から割り込んで来た彼女の存在に目を奪われてしまう。

 戦場とは不釣り合いな存在だからではない。遠目からでも人を惑わさずにはいられない妖しさが、戦場に不意のなぎをもたらした。

 そして今正に突入を命じようとしたマリアリガルも、目の前に降り立った魔性の美少女――櫂に意識を奪われてしまう。


「――さて、自分で言うのもキザったらしいですが、私のために争うのはもう終わりにしてもらいますよ」


 細い腰に手を当てて、櫂はマリアリガルに声をかけた。

 しかし見知らぬ少女を前に、マリアリガルは小首を傾げる。


「はて、どちら様ですか? 私の為に争うなと仰られましても――――嗚呼、では貴女が殿下の想い人の……」


「違いますからね! 妾でも付き合ってもないですからね! 

 他人です! 赤の! ただの! 他人です!!」


 マリアリガルはすぐに櫂の正体を察したが、銀鷲帝国の皇太子と自分は男女の関係にはないのだと、櫂は念を押す様に強弁する。


「……そ、そうでしたの。まぁ、わたくしには関係のない話ですが……それより連合に攫われたらしい貴女が何故こんな所に?」


 状況からして、連合が引き渡しに応じたわけではない事は明白だ。

 だからこそ訳が分からないと、マリアリガルは櫂に尋ねかける。


「私の用件はただひとつ。こうして自ら脱出して来たところですし、お望み通り貴女がたに私の身をお預けしますから、直ちに兵を退いてくださいませんか?」


 櫂が改めて要求を口にすると、マリアリガルの顔からは社交用の笑みが消える。

 代わりにそこに立っていたのは、二千の兵を率いる将にして武人の頭領であった。


「――確かにわたくしは連合に誘拐されたという『すみれ色の髪の少女』の引き渡しを要求しました。しかしそれが貴方だと言う証拠は何処に?」


「私はあまり自覚はないのですが、この実に珍しい髪の色は証拠にはなりませんかね?」


「ええ、それだけでは不十分ですわね」


 肩にかかる髪の一房を掴み、これが証拠だと櫂は主張したが、マリアリガルはそれだけでは納得しなかった。

 しかし――


「――カ、カイ!? 良かった無事だったんだね!!」


 対峙する櫂とマリアリガルの元に、今度は馬に乗った青年が駆け寄ってきた。


「「殿下!?」」


 思わぬ人物の登場に、櫂もマリアリガルも驚きの声を上げる。

 その青年――銀鷲ぎんしゅう帝国皇太子ルートヴィム・フォン・ハイデルンは馬から降りると、一目散に櫂に駆け寄ってきた。そして、櫂の手を握ろうととして――するりと身をかわされてしまう。


「え? あれ? 何で逃げるの?」


 予想外の反応に戸惑うルートヴィムであったが、


「当たり前です殿下、一体誰が、何時、あなたの妾になったのですかね?」


 櫂の表情を見た瞬間に、口を閉ざしてしまう。


「……も、もしかしてカイ、怒ってる?」


「はい、殿下でなければ即座にその顔を蹴り飛ばしてやるところでした」


「ひっ……!」


 帝都に居た時は猫を被っていたが、今の櫂には体裁をつくろう必要も意思も存在していない。それどころか「皇太子の愛妾」などと言う風評を、よくも吹聴してくれたものだと怒り心頭であった。

 初めて櫂が激情を露わにする姿を見て、ルートヴィムは顔を青くする。

 すると、そんな彼を守るかのように、マリアリガルが二人の間に立ちはばった。


「カイとか言いましたか貴女? 畏れ多くも皇太子殿下に対しその口のききよう、不敬にも程がありますわ」


「それは失礼。ですが私は生憎と帝国の臣民になった覚えはありません。

 これは私を口実に戦を引き起こそうとする方々への――当然の抗議です」


 勝手に妾だのと吹聴された事だけでなく、櫂を立腹させた理由はそこにあった。


「い、いや僕はね? 別にこんな事をするつもりはなくて――」


「――ええ、全てはわたくしの一存ですわ。不甲斐ない未来の夫の代わりに、帝国の威信を傷つけた者どもに報いを与える。ただそれだけのこと」


「……え、夫? まさかあなたが殿下のその、お嫁さん?」


 突然知らされた事実に、櫂は呆然となった。

 マリアリガルはどう見ても十代前半の少女だが、ルートヴィムは立派な成人男性である。


「はい、わたくしマリアリガル・フォン・ヴェルアロートは、殿下と正式に婚約を交わした許嫁なのですわ」


 誇らしげに語るマリアリガルであったが、その説明を受けて櫂がルートヴィムに向ける目はどんどん険しさを増していく。


「どう見てもJCかJKの女の子が婚約者? み、見損ないましたよ殿下!

 YES!ロリータ、NO!タッチを守らない奴など、ロリコンの風上にもおけませんね! う、羨ましくなんかないんだからね!」


 転生前はフリンという幼い少女キャラを推していた櫂にとって、今のルートヴィムは二重の意味で許せない男となった。

 

「ロリ、コン? い、意味はよく分からないが、何となくそれは違う気がする!

 いや僕は違うからねカイ!」


 言葉は知らなくても軽蔑されている事は分かるのか、必死で弁明するルートヴィムだったが――


「って言うか、思い返せばそもそも12歳の私にも言い寄ってきましたしね?

 エルナも気を付けてくださいね? このロリコン皇子、紳士たる私と違って見境がなさそうですし」


「……よく分かんないけど分かった」


 (興味がないので)一連のやり取りを無言で聞き流していたエルナは、櫂の忠告にとりあえず頷いた。


「……どうやら貴女、本当に殿下が身を案じていた女の子のようですわね?

 ――カイ・タクミ」


「あ、信じてくれました? それは僥倖ぎょうこうです。では私はこのまま貴方がたに付いて行きますので、一刻も早く軍を退いて――」


「いいえ、アーチはこのまま陥としますわ」


 マリアリガルの口から発せられた言葉に、周囲の空気が凍り付く。


「ど、どうしてですか?」


 意味が分からないと櫂は疑問を投げかけるが、マリアリガルは疑問視する時点で何も分かっていないと一笑に付す。


「どうしても何も、ここで手打ちにしてはからですわ。

 帝国の威信に傷をつけたならば、せめて都市の一つや二つは焼かれないと帳尻が合いません」


 そう言ってマリアリガルはあでやかに笑う。

 多感な年頃の少女が物語上の誰かや何かを演じているわけでもなく、露悪的に振る舞っているわけでもない。

 兵を率い、他国を攻め、武を以って身を立てる者達の上に立つ者として、これは当然の判断であると――マリアリガルの顔は雄弁に物語っていた。


「……すまないカイ、マリアについ君の事を話したら――こうなっちゃったんだ」


「確かにこれでは誰も止められそうにありませんね……いえ、殿下にだけ当たるのもみっともないですね」


 何故ならば、火種を自ら生み出してしまったのは、他ならぬ櫂自身だったからだ。

 改めて責任を痛感した櫂は、腰に備えた蛮刀にそっと手を伸ばした。

 説得は最初から無理だったのだろう。

 マリアリガルにとって自分の身上はただの口実に過ぎず、真の目的は潰された面子を保つ事に他ならないのだから。


(――なればこそ、打つべき一手は見えました。ああ、こうなるとは薄々予感していましたが、やはり暴力は全てを解決するのですね)


 二振りの黒い蛮刀を引き抜き、それを両手に構える櫂。

 その意図を理解できない人間は、ここには一人には存在しなかった。


「では、実力行使の時間です。私が貴女を分からせて、この茶番を終わらせるとしましょう――行きますよ、マリアリガル・フォン・ヴェルアロート」





※後書き

 いつも読んでいただき本当にありがとうございます。

 作者多忙により、次回は一回休んで次週の水曜日に公開を予定しています。

 どうかご了承ください。


 2023.8.9 カミシロユーマ



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